ああ、異世界に生まれた栄誉を謳歌しよう

雪野

第1話

 私が目の当たりにしたのは、王子と聖女が仲睦まじく語らう光景。

 公爵家長女である私の婚約者と、学園に特例で入学した平民の。

 過去何度となくプレイした乙女ゲームのイベントが、今目の前で行われていた。

 つまりここは乙女ゲームの世界で、彼等はその主役。ヒロインとヒロインだ。


 とはいえ前世でプレイした頃から王子に魅力は感じておらず、他の恋人候補についても同様。

 だから聖女の周りにその候補達が侍っていても、何の感情も沸き上がらない。

 もっともらしい婚約破棄の理由を公爵である父に申し出て、早々に領地へでも引きこもるとしよう。

「あー、なるほど」

 不意に聞こえてくる、感嘆の台詞。声こそ大きいがあまり感情の伴わない、上滑った感じの。

 それでも聖女は声の主に愛想良く微笑み、すぐ王子へ寄り添った。

「いやー、さすがですね」

 声は先ほどと同じ人物からで、確か私の従兄弟。その父は、公爵家の家臣をとりまとめる立場にある。

「うわー、すごいなー」

 それほど目立つ容姿では無く、王子や他の恋人候補の中に埋もれている感じ。聖女の扱いもそれに準じていて、公爵家の血筋を気に掛けている程度という意志が笑顔の下に垣間見える。

「えー、そうだったんですねー」

 それでも従兄弟は感嘆の言葉を紡ぎ、聖女が愛想笑いをしなくなっても気に留めた様子は無い。取り巻きの中の1人、賑やかしですら無い立場に甘んじている。

 

 いや。そうでは無い。

 これに気付いたのは多分、私だけ。もしかして聖女もかと思ったが、どうやら彼女は転生者では無い様子。

 今での彼の言葉は、この国の言語であれば単なる感嘆であり賛辞。だが本来彼が放っている日本語であれば、その意図はまるで違ってくる。

「驚いたなー」

 この言葉でそれは、確信へと至る。

 我が従兄弟は、「あいうえお」で台詞を構成した訳だ。

 「さしすせそ」の褒め言葉という物を聞いた事があり、それを模したというか雑に組み替えた物。

 目立たないどころかとんでもない食わせ物。そして私の視線に気付いたようで、教室から廊下で出るようジェスチャーをされる。


 彼に促されて辿り着いたのは、人気の無い渡り廊下。それ故、内密の話をするには最適な場所だ。

「聖女へ近付いているのを咎めるつもりかな」

 先ほどよりは感情のこもった口調。ただそれも、そう演じている雰囲気は否めない。

「確かに彼女の王子へ対する態度は思う所もあるが、それでも聖女。この国としても、何より公爵家としてないがしろには出来ない」

「そんな事はどうでもよろしいんです」

「……どうでもとは」

「あいうえお。と言えば、お分かりですか」

「ああ、そっち」

 驚いた素振りは一切無く、感情に乏しい表情も変わらない。私の質問も、初めから想定していたようだ。

「君がどう考えているか分からないが、所詮俺はこの世界の駒。だとすれば、多少の遊び要素は許されるだろ」

「……分かりました。私はまず父上に婚約破棄を申し出るので、後押しをお願いします」

「王子の事は良いのか」

「殿下が聖女と結ばれるのをご希望でしたら、私が止める理由もございません。迂闊に彼等と関わって、王家や教会に疎まれても困りますし」

 これは本心なのだが、彼がどこまで納得したのかは分からない。何より、聖女に侍る理由が。

「あなたこそ、聖女に懸想でもしてるのですか」

「公爵家のためと言ったはずだが。第一彼女に媚びて困る理由こそ無い」

 平然と言ってのける従兄弟。

 聖女というのは単なる呼称や肩書きでは無く、いくつかの細かい条件が必要となる。

 何より人智を越えた魔力の使い手というのが、最大の条件。それをあの聖女は、曲がりなりにも備えている。

「あまり相手にされてはいないようですが」

「だとしてもさ。それに美人のそばに侍って、悪い気はしない」

「それを懸想と呼ぶのでは」

 従兄弟ではあるがそれほど親しい関係では無く、会えば世間話をする程度。無論親戚としての情はあるものの、あの聖女に近付く時点で人間性を疑ってしまう。

 とはいえ聖女の支持者は今や学園全体に及び、教職員も陰に日向に彼女を支援している。中には信奉者と呼べるような者もいて、媚びて困る理由が無いというのは決して間違えてはいない。

 彼女が言葉通りの、聖女であるならば。


 翌日。学園へ登校すると、いつも通りの光景が視界に入ってきた。王子と聖女が寄り添い、その周りに有力貴族の子弟が侍るという光景が。

 男女は慎みをもって接すべしという程の気風は、我が国には無い。それでも節度という物はある訳で、それはこの国に限らず万国共通。どの階層であっても変わらないはず。

 まして国民の範となるべき、皇族に連なる立場なら。

「格好良いなー」

 取り巻きの影から聞こえる、例の台詞。そちらに視線を向けると、従兄弟がおもねった表情で2人を褒めそやしていた。

「気持ち良いですね、ここまで来ると」

 何がかは分からないし、多分誰も彼の言葉は聞いていないはず。いるとしたら、せいぜい私くらいだろう。

「苦しい程に痺れますね」

 どうやら聖女が吟じた詩に対する言葉のよう。私には詩の良さも、彼の言葉の意味も理解出来ないが。

「結構そういうとこありますよね、良い意味で」

 もし今彼のそばにいたら、詰め寄って言葉の意味を問いただしていた所。もしくは扇で頭の1つも叩いただろう。

「困ったなー、もう言葉が無い」

 咄嗟に手で口を押さえ、下を向く。この男、わざとか。


「お加減がよろしくないのですか?」

 顔を伏せている私に、天使もかくやという笑顔で近付いてくる聖女。今何か言えば吹き出してしまうので、手を振って問題ないと伝える。

 聖女はそれでも私の背中に手を回し、さすりだした。多少力を込めて。いや、かなり力を込めてか。

「大事なお体。是非ともお労り下さい」

「ありがとうございます」

 背中の痛みでようやく立ち直り、礼を告げて姿勢を正す。ドレスを脱いだら、背中は赤くただれているかも知れない。

「私は大丈夫ですので、お先に教室へどうぞ」

「では、失礼致します。殿下、行きましょう」

「ああ。まあ、養生しろ」

 投げやりに告げてくる王子。それに一礼し、改めて呼吸を整える。素知らぬ顔で彼等に付いていく従兄弟を睨みながら。


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