つばめ去り月の彼方に…

神楽坂ニケ🐈‍⬛

5月編

5月編1話 私のダイアリー ①

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【燕去月(つばめさりつき)】


日本の旧暦における8月を指す言葉。

つばめが南へ旅立つ季節であることから名付けられた。


【燕の習性】


ずっと同じ場所にはとどまらず、季節とともに移動していく。

前年に作った巣や、その周辺に繰り返し戻ってくる。

パートナーの絆が強く、相手が生きている限り同じ個体同士でつがいになる。


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──これは……彼と私のロマンのカケラもない出会いと、それに続く日々の記憶の物語だ。


そう、あの日から始まった宝物のような4ヶ月間があったからこそ……私は。




▶▶ 乃寿美のすみ高校 昇降口 放課後


 ゴールデンウィークを過ぎた校内に、新緑がみずみずしく輝いている。校庭では、夏の大会に向けて気合を入れる野球部員の声や、金属バットの音が鳴り響く。


 私は一人、編入手続きを終え、下駄箱でスニーカーに履き替えると外へ出た。


「まぶし……」


 視界を白く染める5月の陽光に手をかざし、赤いフレームの眼鏡越しに目を細める。


 柔らかい風がセーラー服のスカートをひらりと揺らして通り過ぎ、私はスカートの裾をそっと押さえた。急いで新調したばかりのこのセーラー服、少し丈が短い気がしてまだ慣れない。


 編入手続きが終わったことを母にメールで伝えると、私はほっと息を漏らした。



──どうか、どうか──


──なぎの海のように、何も起こらず……



 そう願いながら、携帯電話をカバンにしまおうとした、そのとき。



「あ、つばめ?!」



 背後から生徒の声が響き、私は「えっ?」と咄嗟に振り返った。


 見ると、教室の窓際に集まった生徒たちが空を指差している。その視線の先には──青く澄んだ空を自由に舞う一羽の小さな鳥。


 私は陽光を遮るように手をかざし、視線でその鳥を追った。青空の中を旋回し、風を切りながら校門の方へ飛び去るつばめ


 まるで空そのものと一体化したかのような軽やかさだった。



──ああ、そうか……そうだよね……。



 少し肩の力が抜け、そっと地面に目を落とす。そんなわけないよと自分に言い聞かせるように、イヤホンを耳に押し込んだ。 大好きな女性アーティストの曲を再生して、自分の世界に浸る。


 歩き出しながら、さっきの担任との会話を思い出していた。



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「──しかし凄いね、お母さんの仕事……国の研究員?中学生の頃から転校を繰り返しているのか?」


 赤いジャージ姿の松田まつだ先生は、私の転校履歴の資料をめくりながら、興味深げに私を見た。


「──いえ、小学生の頃からです」


 私は視線を合わせず、淡々と答える。


「ほぉ、すごい数だな……引っ越しはいつも突然なのか?」


「はい、母から毎日メールで定時連絡が来るんですけど、いつもその時突然……明日、引っ越しするから、と」


「前日か……友達に挨拶あいさつする暇もないじゃないか……」


 松田先生は腕を組み、日焼けした顔の眉間にシワを寄せて、私をじっと見つめた。


「いえ、大丈夫です。どうせ挨拶するほどの友達なんてできませんから」


 私は機械的に答える。まるで、これまでの学校でも言われ続けてきたセリフに対する、定型文のように。  先生はしばし沈黙した後で口を開いた。


「それは悲しいな……例え短い時間でも、友達は大事だと思うがなぁ」


 そう言いながら、彼は木製の三角定規で自分の肩を叩いた。


「そうだ、先生は小説を書く活動の顧問をしているが、もしよかったら覗きに来ないか?いや、みんな気のいい奴ばかりだぞ」


「ご心配ありがとうございます。でも、お構いなく……友達を作っても、どうせ転校したらすぐに忘れ去られるので……」


 私の言葉に、先生は深いため息を吐いた。


「お構いなくって、そんな悲しいことを言うなよ……まぁ、何かあればいつでも声をかけてくれ。お母さんにも話しておくからな」


「ありがとうございます。ただ、母は仕事で忙しくて……私のことで学校へ来たことはありませんから」


 先生は何か言いかけた言葉を飲み込み、再び複雑な表情で私を見つめた。私はその視線から逃げるように、窓の外、高く澄んだ青空を見上げる。さっきの燕はどこかへ翔び去って、もういない。


──先生に話すことじゃないよね……あのことだって。どうせ話したって、何も変わらない──



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



▶▶ 乃寿美高校 正門前


 イヤホンから流れる音楽に身を任せ、帰路につこうとしていた私は、校門近くでふと目に入った看板に足を止めた。


「──探偵部部員……募集中?」


 その看板を持って立っていたのは、一人の眼鏡の男子生徒だった。


 彼は通りすぎる生徒たちに声をかけることもなく、ただ静かに立っていた。看板には「探偵部部員募集中」と書かれていたが、彼を気に留める者は誰もいない様子だった。


「何あれ……」


 思わず呟く。 この時期は新学期の部員勧誘も一段落し、新入生はあらかたどこかの部に入ってしまっている。


  夏の大会や早めの文化祭に向けて、どの部員も頭がいっぱいであろう。 


 そんなタイミングでの部員募集……それもニッチそうな……探偵部?一体誰が入るのだろう?


 彼の意図を聞いてみたい。 


 こう見えて実は、私のひそかな唯一の趣味が人間ウォッチングなのだ。ここは、研究畑で生きている母の知的好奇心という名の血なのだろう。 


 私は両耳のイヤホンを外し、赤いフレームの眼鏡をずり上げてから、看板を持っている彼にじりじりと近づいた。


 そして2メートルの距離まで行くと、彼の顔をそぉっと見上げる。 彼は眼鏡をキラリと光らせ、ゆっくりとこちらに顔を向ける。目と目……いや眼鏡と眼鏡が合い、一瞬腰が引ける。が、好奇心が勝った。


 しばらくお互いに眼鏡を光らせながら、睨めっこ状態になる。彼は私を見たまま一言も喋らない。


 ──下校する他の生徒たちが、奇異なものを見るような目で私たちを見つつ通りすぎていく。


 『何だろうこの人…動いたら負けとでも思ってるのかしら?って、剣の達人じゃあるまいし』 


──ついに私から動いた。根比べに付き合ってはいられない。私はただ、彼の意図を知りたいだけなのだ。


 「あの?」


 「……」


  彼はこちらを向いたままじっと黙りこくっている。


 「あの……探偵部の募集をしているのよね?」


 「……」


 「ちゃんと声かけしないと部員集まらないと思うけど……」


 「……」 


 彼は相変わらず、口を閉じたまま微動だにしない。可愛くないやつだ。  そのまま通り過ぎても別に良いのだが、今日の知的好奇心をそそる対象が目の前にいる。


 とりあえず一言だけでも何か言わせたいと思う。 


「えっと、あれですか?実はそうやって人間ウォッチングしながら、人の反応を見て楽しんでいるとか?」 


私がそう言うと、彼はニヤリと笑い、低い声で呟いた。


 「興味深いね……キミは見込みがある」 


「わ、喋った」


「統計的に言うと、この看板を見て声をかけてきたのは過去に3回、計5人。冷やかしは数に入れない」


「は?」


 何だこの人は?まさか、私と同じように人間ウォッチングをしていたとは……それもかなり理系寄りに。


 私はうかつにも心を動かされ、気づけば話に乗ってしまっていた。


 「何それ?あ、それでも5人はいたのね?」


 「そう5人。ただし全ての奴が探偵部の活動内容を聞いてきた」


 「え?……それはそうでしょうね、看板に募集って書いてあるし、……」


 「そう、だ」 


 彼は私の言葉に被せるように話す。


「君も、この看板を見て話しかけてきたが、しかし活動内容は聞いていないな?」


 確かにそうだ、と私は思った。探偵そのものには興味なんかない。ただ、彼が気になっただけだ。


「ええ、あなたに興味を持ちました」


 私が素直に認めると、彼は途端に饒舌に語り始めた。


「そうか、やはりキミは見込みがある。探偵にとって大切なのは、表面だけでなく、もっと深いところに隠された【真実を見極める力】だ。それが探偵の魂、この部活の核心なんだよ」


「真実を見極める……力?」


 彼の目は、無邪気な子供のように輝いていた。


「そうだよ。たいていの奴はこの看板を見ても、ただ単に何をする部活か知ろうとするだけだ。しかし、俺が興味があるのは、もっと深いところにある真実なんだ。探偵部は、その奥深い部分に挑む部活だ……」


 なんだろうこの人は、話し始めると止まらないみたいだ。しかも話の内容がわからない。


 その情熱に少し圧倒されながらも、私は何かひっかるものを感じだ。


 あ……?


 長年の人間ウォッチングで培った洞察力を働かせ、一つの結論を導き出す。


「熱弁中に失礼するね……」


「何だよ?人が気持ち良く話してるのに」


「それはごめんなさい。気になったことがあって」 


「それは何だ?興味深いな」


「聞くけど、この部にいるのは、あなた一人じゃないの?」


「……」


──暫しの沈黙。


 私の質問に、しかし彼は怯むことなく、むしろ不敵な笑みを浮かべて答えた。


「俺が認めるやつ以外は要らないよ。だから、一人でも全然構わない」


 わかりやすい程にビンゴである。 清々しいほど堂々としている彼がほんの少しだけ眩しく見える。この人は自分に忠実なのだ…… 正直、羨ましい。



 しかし同時に、これ以上深入りするのは危険だと直感した。彼の情熱が私を引き込もうとしている。これは私にとって危険な毒……そう、毒だ。


 とりあえず話してはっきりしたのは、この人は私とは正反対……つまり対極の位置にいる人間だということだ。


「──真の探偵に必要な要素はあと3つある。これは全部話すと30分はかかるけどな……」


 そろそろ潮時だ……彼の話が長くなりそうだと察し、私は大きく息を吸い込む。


「そうなんだ、キミはなかなか面白い人だね……でも、私は……」


 私がその場を離れようとしたとき、向こうから駆けてくる人影に気づき、思わず足を止めた。


「え?あれは……?」


視線を横に向けると、看板を抱えた彼が少しだけ表情を固くした。その反応に、私もつい彼と人影を交互に見てしまう。


「──げ、あれは松田?!」


「──あ、さっきの、松田先生……?」


 息を切らしながら、先生は眼鏡の彼に話しかけた。


「おぉ、探偵部……ここにいたのか」


「あ、センセ!どうも」


 彼は松田先生が苦手なのか落ち着かない様子だ。慌てて会釈する彼につられて、私も頭を下げる。先生は驚いたように私を見る。


「オマエ……なんでコイツといるんだ?」


「え、ハイ……えっと、あの……」


 私が返答に困っていると、松田先生は再び探偵部の彼に向き直った。


「まぁ、良いか。実は急ぎで頼みたいことがあるんだ」


「た、頼みごと??」


「B組の岡林のが行方不明らしいんだよ……涙ながらに頼まれてな、探してほしいんだが……見つけたら例の件は帳消しにしてやるからさ」


「ラファエル?帳消し?」


 思わず私は口を挟んだ。彼は目を輝かせて即答した。


「わかった、探偵部の出番だな!」


「ラファエルって何?」


 私が何気なく訊ねると、彼はちらりとこちらを見て目を光らせた。


「キミも手伝ってもらえるよな?」


「って……ちょっと?なんで私が?」


「だから、言っただろう?って!」


 私は一瞬戸惑ったものの、彼のキラキラとした笑みと勢いに押され、気づけばコクンと頷いていた。


「ふふふ、ワクワクしないか?──じゃあ、二手に分かれて探そう!俺は校舎の外を見て回るから、君は中を頼む」


「ちょ、ちょっと待って!一体、ラファエルってなんなの?」


 私が聞くと、彼はニヤッと笑い、一言。


「……ハムスターだ」


 何でも、2年B組に岡林おかばやしというちょっと変わった生徒がいて、いつもゲージの中にラファエルを入れて一緒に登校していたらしい。


 転校は星の数ほど繰り返してきたが、登校初日にハムスターを探すことになったのは初めてだ。


 果たして、この学校で静かに目立たず、次の転校に向けて粛々と生活が送れるのだろうか──?



5月編2話 私のダイアリー②へ続く




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