第2話 松ぼっくり

「まつぼっくり?」

「やきいも?」

 

 ナナとルナミがダイニングテーブルに隣り合って座り、しきりに何か言っている。


「なあに? クイズ」


 ルナは寝室から戻ると声をかけた。


「パパだいじょうび?」

「ナナちゃんパパは?」

「二人とも心配かけたね。もう大丈夫よ」


 ルナは二人の座る椅子の間に立ち、それぞれの頭を自分の方に寄せ口づけした。


「ありがとね」

「カズさんの具合どうだ?」


 向かいの席から声がした。


「ヨッシーにもお世話かけて、ごめんなさい」

「謝ることないよ」


 するとダイニングの扉が開き、カズが顔を出した。


「もういいんですか? 顔色もだいぶ良くなったみたいだけど」

「すみません。ご迷惑をおかけしました」

「いや、迷惑だなんて、そんな」


 ナナとルナミがカズのパジャマの袖を引っ張った。


「おお、ナナたん、ルナミたん」

「パパ、だいじょうび?」

「だいじょうびだよ。2人ともありがとな。もうご飯は食べたのか?」

「うん、たべた。パパは?」


「うん、パパはもう少しあとにするよ」


 カズは胃の辺りを押さえ、


「水をいっぱい飲んだからな」

「山根シェフがみんなお腹を空かせてるだろうからってドリアを作ってくれたけど、カズさんはもっと軽いものがいいわよね」

「うん、せっかくだけど無理だな」

 

 ルナはカズの背中を扉の外に押しやった。


「あっ、それじゃあ失礼します」


 カズは振り返って良雄と祐奈に挨拶をした。


「おやすみなさい」


 良雄と祐奈は声を揃えた。


「あの子たちはどこへ行った?」

「地下のシアタールームで映画を観るんですって」

「シアタールームとはまたすごい。ナナちゃんもルナミも行かないのか?」

「たって、ねえ」

「ねえ」


 二人は目を見合わせて、同じ様に首を傾げ笑った。


「男の子チームと女の子チームに分かれるらしいわよ」

 

「ルナミたん、いこ」

「うん」



 二人はデザートのプリンを手に子ども部屋に向かった。


 そこにルナが戻って来た。


「ねえ、シャワーも浴びたし子どもたちはいないし、飲まない?」

「おお、いいねえ」

「まずはビールでしょ」


 冷蔵庫からバドワイザーを取り出した。

 プルトップを開ける音に続いて、3人のグラスを合わせる音が軽やかに響いた。

 

 山根シェフが厨房から顔を覗かせた。


「カズさんのサンドイッチと男の子たちの分も冷蔵庫に入れておきますね。何かおつまみを作りましょう」

「お腹いっぱい。山根シェフ、今日もご馳走様。もう上がってください」


 良雄と祐奈も頭を下げた。

 

 山根シェフはナッツの盛られたガラスの容器をダイニングテーブルに置いた。


「じゃあ、失礼します」

「ありがとうございました」

「ご馳走様でした」


 良雄がカリカリと軽やかな音を立ててナッツを齧っている。


「ヨッシー、食べ足りなかった?」

「いや、お腹はいっぱいだけど口寂しくて」

「サンドイッチ食べる?」

いや、そこまではいらない」

「じゃあ、酔っぱらう前にあの子たちにサンドイッチ届けてくる」


 ビールを飲み干し、良雄が立ち上がった。


「地下のシアター見てみたいし、俺が持って行くよ」

「悪いわね、ついでにシアターの棚にスナックが詰め込んであるから好きなのを持って来て」


 ルナはワインとグラスを出し、チーズを並べた。

「ルナさん、本格的に飲むみたいね」

「うん、祐奈さん、飲もう、飲もう」



 スナック菓子を両腕に抱えて戻って来た良雄。


「おお、やってるねえ。ルナミとナナちゃんも、マナちゃん、エナちゃんのベッドで寝てしまってたよ。ヘルパーのサトリさんが歯磨きさせようとしていたけど無理ですってさ」

「ハハハ。遊び疲れて寝てしまったのね。ヨッシー、ブランディとかウイスキーが良かったらそこの棚にあるわよ」


 ダイニングからリビングに座を移して、ローソファーにそれぞれ寛いでいた。


「ルナちゃん、これヘネシーのコニャックだよ。まだ未開封だよ」

「ママがたまに飲むくらいで誰も飲まないから」

  

 ポンッ

 コルク栓の抜ける音がした。


「わあ、いい香り」

「どら、私たちにも少し」

 

 グラスを差し出すとコッポ、コッポと琥珀色の液体が音色を奏でた。


「氷いるんだったら製氷機から取ってね」

「ルナちゃん、酔ってるの?」

「フワー、気持ちよくなってきちゃった」


 ルナは大きく伸びをした。


「そういえば、あの子たちの言っていた松ぼっくりと焼き芋の正体がわかったよ」

「何、何?」


 ルナと祐奈が身を乗り出した。


「カズパパが溺れてダサい姿をさらしてしまったから昔の彼と、俺のことな」


 ヨッシーは親指を立て自分を指さした。


「やけぼっくいに火がつかなければいいけどって言ったらしいんだ」


 リビングに笑い声が弾けた。


ルナも祐奈も涙を流しながら笑い転げた。 




    【了】




 




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ナナたん ケントくん 4 オカン🐷 @magarikado

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