三匹目?

 あー、すっきりした。トイレ、混んでなくて良かった。

 そう思いながら、私はトイレから出た。はずだったんだけど……。


「あれ……?」


 あんなに賑わっていた神社。何故か、誰もいなかった。


 ……え、何で? おかしくない?

 まぁ、お姉ちゃんだけ居なくなって、私を驚かすために隠れている、とかなら分かる。けど、お父さんもお母さんも、皆んな消えちゃうなんておかしい。


──まさか、これが、神隠しってやつ?


 国語の時間に読んだ小説を思い出す。男の子がおんぼろ神社で悪さをして、神隠しに遭う話。確かこんな感じで、気づいたら誰も居なくなっていて……。


 ……いやいや、そんな「非現実的」なこと、起こるはずないじゃん。私はそんなことを考えながら、とりあえず誰か居ないか探そうと思って、屋台の辺りをうろうろした。


 そしたら、居た。焼きそば屋の前で、勝手に焼きそばを食べてる人が。真っ白な髪に、真っ白な肌。お正月だからか、綺麗な着物まで着てる。お父さんより背が高い、男の人だった。

 でも、でもさ。私は思った。この人、誰も居ないことを良いことに、勝手に焼きそば食べてるよ? これって、「無銭飲食」だよね? 私、こういうことする人嫌い。だから怖かったけど、恐る恐る声を掛けてみた。


「あのぅ、勝手に物を食べたら、犯罪ですよ?」


 男の人は、私の顔をちらっと見る。切れ長な赤い目。「吸い込まれそうな瞳」って、こういうのを指すのかな。

 その人はもぐもぐしながら、だけどはっきり聞き取れる声で、私に言った。


「ふむ、今年は小娘か。まぁ悪くはない。無難なものだ」

「はい?」


 男の人は勝手に一人で納得して、また焼きそばを食べ始める。さっきから、もの凄い食いっぷりだ。


「あの、だから! あなたのやってること、犯罪ですよ!」

「犯罪? それは人間の基準だからな、私には関係ないのだよ」


 男の人は偉そうに、私に向かってこう言った。


「いいか、小娘。この神社は私の領域なのだ。だから貴様にどうこう言われる筋合いなどない」


 ええ? どういう理屈? 私は思わずムッとする。


「それより、貴様も食べてみろ。中々美味だぞ」

「いいえ、結構です!」

「つまらん奴だな」


 別に、つまらなくても良いもん。大きな口でバクバク食べる男の人を、呆れて横目で見ていると──。


「うっ!!」


 ──次の瞬間、その人は大きな声を出して、その場に膝から崩れ落ちた。麺を啜りながらベラベラ喋るから、具を喉に詰まらせたらしい。


「み、水……!」


 え、水? 慌ててリュックの中を見ると、昨日から入れっぱなしのお茶が入っていた。

 これ、渡して良いかな。と言うか、これしかないけど。


「これで良いなら──」

「ごほっ、かたじけない!」


 言うや否や、男の人はペットボトルを引ったくる。

 いやいや、「かたじけない」だって。一体、いつの時代の人? ひいおじいちゃんだって、そんな言葉、使わないよ。

 そんなことを考える私なんかお構いなしに、その人はペットボトルのお茶を一気に飲み干した。


「すまないな、小娘。感謝申し上げる」

「え、別にいいけど……」


 ……なんかこの人、いちいち大袈裟なんだよな。ちょっとウザいかも。


「それより、ここはどこだか知ってますか?」

「どこって、神社だろうが」

「いや、それはそうなんですけど……」


 男の人は、ポリポリと頭を掻く。


「うぅむ、そうだな……。まぁ今回は、恩に免じて帰してやるとしよう。さもなくば、恩に仇を返す者として、私が裁かれてしまうからな」

「はぁ」


 男の人は勝手に話を進めると、私に向かってこう言った。


「よく聞け、小娘。先ほどとそっくり同じ手順で、便所に行って用を足せ。そうすれば、全て元に戻るぞ」

「えー、さっきと同じになんて、できませんよ。トイレだって、したばっかりだし」

「ええい、良いからさっさとやれ。時間が経つほど不都合だぞ」


 どん、と強く背中を押されて、思わずよろめいてしまう。仕方なく歩き始めると、男の人はペロッと舌を出した。


「ではな、小娘」


 何でだろうな。

 その仕草が、神社の蛇に似てる気がしたのは。

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