死体は水曜日に出してください

 些細な言い争いをしているうちに、友人だった人間を殺してしまった。

 幸い宅飲みをしていたため目撃者はいない。しかし怒鳴り合っていた為、近所には騒ぎがバレるはずだ。

 自首をするつもりはない。今は仕事が順風満帆で、彼女とも上手くいっているのだ。人生のピークと言ってもいい。そんな期間を、こんな奴のせいで潰したくない。

 コイツはいつも俺に金をたかってばかりだった。今日の飲み代だって俺が払った。大学の時には何度も助けてもらい、留年の危機も救ってもらったことがある。しかしその恩を何年も擦り続けて、俺から金をむしり取ろうとする根性がいけ好かなかった。今日の言い争いも、金の事だ。無職でふらふらしている癖に、絶対に当たる投資があるだ何だと馬鹿なことを誰かに吹き込まれて、俺から金を借りようとしやがった。どうせ返すつもりなど無いくせに、当たったら返すなど、ただのギャンブルと何が違うのか。

 兎に角、この死体を何とかしなければ。

 細かく切り刻んでトイレに流して、細かく出来ない部分はゴミの日に……。

 燃えるごみはいつだったか。

 カレンダーを見てみると、明日月曜日が燃えるゴミの日の様だった。よかった、ここでありったけ捨ててしまおう。これを逃すといつになるか……。

 カレンダーをなぞっていた指を思わず止めた。

「死体……?」

 分別欄に、燃えるゴミ、燃えないゴミ、ペットボトル、と続いているが、その中に死体という項目があった。死体は水曜日らしい。

 カレンダーの末尾を捲って、捨てかたを調べる。

「え~っと……黒いビニール袋に入れて身元が分かるように身分証明書、またはそれに準ずる情報を同梱して……いやいや」

 身元がバレてはダメだろうが。何処から捨てたかわかったら自分が殺人しましたと言っているようなものだ。指定のゴミ捨て場周辺に大捜査が掛かってしまうだろう。

 しかし、もし仮に身内に不幸があったとして、ゴミとして捨てるだろうか。火葬をして専用の骨壺に収めるのが一般的だろう。

 ……どういう時に使うんだ。

 スマホをタップして、問い合わせセンターへと繋ぐ。

『はいこちら○×市役所』

「あ、すみません~。少しお尋ねしたいことがありまして。水曜日のゴミ捨てで死体っていうのがあるみたいなのですが」

『はいはい、死体ですね。火葬に出せない事情がある方とか、事情があって死亡した手続きを取りたくないような人が使いますね』

 ……とんでもないサービスだ。そんな事情一つしかないだろう。

「それはえっと、殺人……?」

『そちらについては個人の判断ですので、私共はわかりかねます』

 肝心なところがお役所で助かる。

「でも身元が分かるものを同梱するってあるじゃないですか。これだと個人のプライバシーなんて守られないんじゃないですか?」

『そちらについては○×市は業者を徹底しておりますので。死体が捨てられたこと自体漏れる事はありませんよ。市役所でもその情報は一切管理していません』

「じゃあどうして個人特定しなきゃいけないんですか?」

『リサイクルのためですねぇ』

 おおよそ死体と結びつかない単語が飛び出して、思わずスマホから耳を話して画面を見つめる。ディスプレイされている番号は確かにうちの市役所番号だ。

「リサイクルというのは~」

『そちらも私共はお答えできません。ただ、業者の選別などは責任を持っているという事だけはお伝えしておきます』

「わかりました。ありがとうございました」

 電話を切ってからしばし放心した。身元を特定してリサイクル。これはおそらく、健康状態を確認して内臓など使える物を使う気だろう。そこまでして利益を確保しなければならないほど市政が傾いているのだろうか。しかし、こちらとしては願ってもいない事である。

 さっそく黒いビニール袋(大容量八十リットル! という、あり得ないサイズが黒い袋のみラインナップされていた)を購入し、死体を詰める。

 折りたたむ時に少し中身がはみ出て臭ったが、口を閉めればどうってことない。今は冬場なのでそのまま二重に包んでベランダに保管した。

 水曜日は朝からそわそわしてしまい、何度も回収前にゴミ捨て場の様子を見てしまった。こんな事をしたら怪しまれるとわかっているのに、臆病な男だ俺は。

 無事袋は回収された。

 そして、それから二ヵ月、何の音沙汰もなかった。

 警察の捜査も無ければ、事件としてニュースになる事も無かった。

 年間の行方不明者数から見れば、無職の男の行方不明など事件にもならないのかもしれない。

 そんなある日、黒い袋がゴミ捨て場に捨てられているのを見つけた。

 誰かの死体があの中にあるのだろう。

 何だか後輩の仕事を見ているような気分に陥り、その死体の回収される瞬間を見てみたくなった。

 たまたま通りがかった風を装って、集積される時間に現場に行くと、作業着姿の男二人が、ハイエースから降りてくるのが見えた。普通のゴミ収集車ではないのか。

 こうしてみると生きている人間を誘拐しているみたいだな、などと思いながら眺めていると、作業している男と目が合った。

 その瞬間、俺は稲妻に打たれたような気がした。

 思わず持っていた缶コーヒーを落としてしまう。それを拾う事もせず、ずっとその男を見つめていた。

 作業着の男は確かに殺した友人だった。

 俺が見ているのに気付いたそいつは、にやりと笑ってハイエースに乗り込み、行ってしまった。

 後に残った俺は、そのハイエースが通った道をずっと見つめていた。

 リサイクル……。

 リサイクルか……。

 俺はそれ以上考えないようにした。

 戸締りはこれから一層気を付けた方が良さそうだ。

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