エロ本を救出せよ!
大ピンチである。
俺の秘蔵のエロ本が、幼馴染のカヅキが座る座布団の下にある。
放っておいたのをすっかり忘れていた。
エロ本の一つや二つ普通だ! バレても笑い飛ばせハハハ! と思うかもしれない。しかし思春期の男子高校生にとって、女子にエロ本を見られるのは死を意味する。全然余裕で切腹出来る。
そのうえ、今回の本の表紙を飾る麗人の乳はかなりでかい。
カヅキは去年の夏休みに友達とプールに行った帰り、俺の家に放心状態でやって来た事がある。
「大きいとか、小さいとか、関係無いよね」
曰く、彼女を取り囲む五人の友人全てが立派な代物を持っていたらしく、相対的に自分の胸が凹んでいるように見えたとの事である。悲しい相対性理論である。
そんなデリケートな部分に俺がコメントしてもいいものかと悩みに悩んだが、玄関先で崩れ落ちている幼馴染を見て何も言わずにいるのも可哀想だと思い、つい「むしろ大きすぎるのも考えものだよな!」と明るく声を掛けてしまった。もちろん、その一言で途端に機嫌が良くなるかというとそうでもなく、その日は事ある毎に同じ質問をされた。すなわち俺は「乳は大きすぎず慎ましさを持ってこそ美しいのである」という胸即ち足るを知る、的な事を何度も何度も真摯に唱えたのである。聖人が過ぎるあまり、もう少しで聖書を抱えるところだった。
さて、そんな事があっての、カヅキの尻の下である。
先ほど俺は、見つかったら武士の恥で切腹を致すと言ったが、その暇は無いのかもしれない。切腹よりも早く、カヅキ怒りの介錯が俺の首を飛ばす。
間違えて買ったなどという言葉は信じてもらえないだろう。
何せ表紙を飾るセクシャルエースは胸をこれでもかと強調するポーズを取っているのだから。裏切りのユダはかくも豊満なのである。
「喉乾かないか? もっと飲め、ほら」
半分ほど残っているグラスにオレンジジュースを継ぎ足す。一回トイレに行ってくれれば、その間に回収できる。
「あんまり喉乾いてないよ別に。何、急に?」
「いや……乾燥してるからさ、この部屋」
「湿度五十パーあるけど」
壁に掛けられた温湿度計は二十三度、五十パーセント。極めて理想的な環境だ。
「それよりさぁ~。スプラやろうよスプラ。何処にあったっけゲーム」
カヅキは這い這いでテレビ下の棚に寄って行く。
――チャンス!
この隙にこっそり座布団の下のエロ本をベッドの下に
「あった! これだよね!」
カヅキが振り向く。見つけるのが早い!
「……何やってるの?」
俺は床に寝そべって手を伸ばしている状態だ。座布団の下にはまだ手が届いていない。まだ誤魔化しは効く。
「クロールの練習しなきゃなと」
「もうすぐ冬だけど」
「冬の基礎トレが大事だから」
「リツト君、水泳嫌いじゃなかったっけ」
今年から好きになったとか適当に言い訳する。
「まぁいいや。スプラスプラ。時代はスプラだよ。もうちょい近くにしよっと」
カヅキが自分の座布団をテレビの前に移動させようとする。
「あああ! ちょっと待った! いい! カヅキは今日動かなくていいから! テレビ近づけてやるから、お前は偉そうにポテチでも食ってろ。偉そうに」
「何、どうしたの急に? 誕生日は先月で終わったよ?」
誕生日はカヅキのダラダラに一日中付き合うのが定番となっていて、おやつの用意やゲームの用意も全部俺がするというクサレ姫待遇をするのが常だ。テレビを移動させるなんてその日くらいにしかしたことが無い。俺もこんなに面倒臭い事をしたくはない。しかし背に腹は代えられないのだ。
「こういう日もたまにはいいだろ」という俺の爽やかな笑顔を、カヅキはじっとりとした目で見つめて来る。口を若干尖らせるのは、腑に落ちていない時によくやる仕草だ。
「怪しい……。リツト君は理由も無くこんなことをしない」
とても鋭い指摘である。俺は基本的に面倒臭がりなので、率先して自分からコイツの為に動くことは無い。
たらり、と背中に汗が流れるのを感じた。
カヅキは俺とテレビを交互に見比べ、部屋を見渡す。ベテラン刑事が殺害現場を見る雰囲気とよく似ている。犯人としては生きた心地がしない。
「テレビを動かす……私が近くに行っちゃダメ……。私が動かない方が都合がいい……ってこと?」
微妙に近いし、微妙に遠い。
「……わかった!」
ポン、と手鼓を打つカヅキに俺の心臓は破裂した。バレたか!?
「ここに何か隠してあるんだ!」
そう叫んでカヅキが駆け寄ったのは、テレビ横にある雑多箱だった。雑多箱とは捨てようか迷っている物を適当に入れておくだけの、ゴミ箱予備軍のような箱だ。
俺は破裂した心臓が徐々に回復していくのを感じた。――よかった、座布団の下というのはバレなかったようであ
「これなに?」
カヅキが雑多箱から取り出したのは、二冊のエロ本だった。
嗚呼、そうだ。そこにも隠していた。
切腹確定である。
しかし、その二冊はそんなに立派な乳ではないので、幼馴染の介錯は免れそうである。
首の皮は繋がった、というところだろうか。
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