毒見です、毒見
運ばれて来た料理が明らかに少ない。
皿に盛られたライスは円盤のように薄く皿と同化してるし、肉に至っては半分しっかり消えている。ナイフで切った跡もある。隠すそぶりも見せない、いっそ清々しいフォルムである。
そのクセ、サラダには嫌がらせのようにブロッコリーがうず高く積まれている。バベルの塔を見ているかのようだ。見ていると不安になるバランス。
俺の隣には、配膳を終えたメイドがすまし顔で立っている。
「いかがされましたか」
その口はもぐもぐと動いていて、端には玉ねぎソースが付いている。
「美味いか? 肉」
「肉?」
目を丸くして首を傾げるメイド。
それで誤魔化せると思っているのだろうか。未だに咀嚼している癖に。
「シェフが腕に縒りをかけております故、美味しいと思いますよ」
「俺はお前に聞いてるんだ」
「わかりませんねぇ……」
「……口の中見せてみろよ」
「えっちですね。軽蔑します」
「いいから見せろ。雇い主の命令だ」
「そうしましたら、ちょっと待ってくださいね」
そしてメイドは急ぐ様子も無く、たっぷり一分噛み続けた後、肉を呑み込んだ。
口の中は当然、空である。
「満足ですか、破廉恥様」
俺は持っていたナイフとフォークを置き、メイドの正面に向き直る。
「いいか、よく聞け。厨房からここまで監視カメラがある。死角は無い。お前がさっきまで口に入れた物が、監視カメラに映っていたらどうなるかわかるな?」
「私の感想でしたね。美味しいですよ、お肉。どうぞ召し上がってください」
身を翻すのが早すぎる。
さぁさ、と言いながら俺のエプロンを直し始める。まだ一つも食べていないのだから乱れているわけないだろうが。
「お前、それで誤魔化されると思うなよ」
「いえ特に誤魔化すつもりはございません」
「じゃあつまみ食いしたのは認めるんだな?」
「いえあれは毒見でしたから」
次から次へと出任せがよく出てくるメイドだ。
「毒見で半分も行く奴があるか」
「万が一ということもありますので、少しでは不安です。……あ、そうです。不安だから多めに食べないとなんです」
急に鼻息が荒くなったかと思うと、メイドは俺の目の前の肉を素早く口の中に入れた。
「おいおいおい! え、何してんの!?」
「毒見です」
「見過ぎだ馬鹿!」
「私も心苦しいのです。でも主様。これではっきりしました。この肉は安全です……!」
とても達成感のある顔で頷くメイド。馬鹿じゃねぇのかこいつ。
俺が睨みつけているのもどこ吹く風、少し口の中をさっぱりさせたかったのか、米を掻きこみ始めた。もはや怒りを通り越して呆れて来る。
「……どうだ」
「美味しいです!」
「違うわ。毒の方だよ」
「ああ……無いですね」
自分で言いだしたことなのだから、せめて体裁くらい保ったらどうなのだ。
俺は溜息を吐いてメイドの顔を見つめる。
嬉しそうにご飯を食べるメイドはとても可愛い。それはムカつくが確かだ。メイドに向いていないだけで、こいつにはもっといい役職があるのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は積み上げられたブロッコリーを一つ口に入れた。
途端にぐにゃりと歪む景色。
視界に広がる赤色。俺の口から止めどなく噴射される――。
椅子から転げ落ちる。
視界の端に慌てたメイドがしゃがみ込むのを見たところで意識は途切れた。
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