失われた尊い寿命

 ある朝、目が覚めると寿命が盗まれていた。

 俺は慌てて盗んだ野郎を追いかけるが、奴はとんでもない逃げ足の早さで町から町へと飛ぶように逃げる。舌を出す余裕すらあり、憎たらしい。

 文字通り俺も死ぬ気で追いかけるのだが、いつもすんでのところで逃げられた。

 奴は行く町で俺の寿命をちょっとずつばら撒く。

 都会から駆け付けて来る息子を待つ危篤の老婆に二日の寿命を押し付けた結果、死に目に間に合った息子が泣く。

 雪の中で倒れた乞食の少女に三日の寿命を押し付けた結果、命の炎が消える前に貴族に拾われて民を想う女傑となる。

 ある物理学者に一年の寿命を押し付けた結果、死の間際に物理学の根底を覆す大発見を成し遂げる。

 俺は盗人を追い続けた。

 このままいけば、俺はもう半年後には死んでしまうだろう。

 盗賊はその間もばらまき続ける。

 世界が少しだけ、変わり続ける。

 とうとう盗賊を捕まえた俺は、残っている寿命が半分になってしまった事を知る。

 あと大体二十五年らしい。

「もういい。ばら撒いたものはもう知らない。だから残った寿命を返せ」

「本当に返さなければいけないのか」

「当たり前だろう」

「お前は人でなしだ」

「何を言う、盗人が」

 俺は寿命を返してもらい、家に戻る。

 部屋に戻ると、点けっぱなしのディスプレイが闇に浮かんでいた。

 俺は椅子に乗っているスナック菓子のゴミを床に落として座る。

 マウスをクリックすると、再生しかけの動画の続きが流れた。その動画を見ながら、批判的なコメントを書き込んで『いいね』が付くか見守る。

 動画の合間に転職サイトの広告が流れ、舌打ちと共に消した。

 まぁ、でも、と思い直す。

 せっかく寿命が戻ったんだ。真面目に仕事を探してみるか。

 明日から。

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