Epilogue
◇◇◇ 帝国歴 二百八十八年 四月
「ハリエッタ、どう?」
「……はい、右から二人目の男の方。あの方は、い……生きていません。もう死んでます!」
「はぁ? 私? この女の子は何を言って……えっ?」
ハリエッタに指差された中年の男が呆れながら周りの職員に話しかけようとするが皆が距離を取りはじめた。
「ちょっと、悪戯だとしたら悪質ですよ!」
(こんな王宮の奥深くにまで……)
「わかった。皆さん、お願いします」
黒鎧の騎士が駆け出すとハリエッタに指差された文官の男を左右から拘束した。
「何をする! ちょっと……な、何かの間違い……」
ここで男は私の方をじっと見つめていた。心からの戸惑いと恐怖を感じている顔だった。
でも、私はハリエッタの
「アイスバーグ共和国刑法第二条の四項に基づき貴方の身柄を一時的に拘束します。これは法規に則った正式な威力行使であり――」
「――離してください! 間違いだと……う、うるさ……ヴルさい、ヴルサグァァーーッ!」
法律を捲し立てながら男に近づいていくと突然男が暴れ始めた。腐った肉のような匂いがし始めるや否や顔や手が風船のように膨れ始める。
「その男から離れて! 騎士の皆さんも気をつけて――」
「――理解している」
冷気を一瞬感じると、その瞬間に男は大きな氷の塊と化していた。正に瞬きする間もなく終わっている。
「凄まじいわね……」
ふぅ、とため息を吐いていると私の護衛として横で立っていた若い騎士が踵を鳴らして軽く背筋を伸ばした。
「はい、公女殿下。第二連隊は第一連隊より日々の訓練を厳しくしておりますから!」
「何を!」
その隣に立つ若い騎士が声を上げた騎士を睨みつけている。こちらも姿勢を正して大声を張り上げ始めた。
「第一連隊は更に実戦経験も豊富です。第二の奴らよりいざという時お役に立てます!」
「何だと!」
「やるか?」
私を挟んで左右に立っていた若い騎士が二人睨み合っている。血気盛んな若者で実に微笑ましい。暫し眺めていると、戻ってきた其々の上官が自分の部下の頭上に拳を振り落とした。
「第二連隊が後方にいてくれたからこそ第一連隊は敵地奥深くに潜り込めた。それくらいの状況分析も出来んのか?」
「ははは。そうですね。王宮を空にして攻められでもしたら、それこそ沽券に関わる。帝国連邦の全ての国から笑われてしまう」
「しかし……自分の連隊を馬鹿にされて黙っているのは……」
昨年配属の新人と紹介を受けた二人は自らの上官にも不満気だ。何となく『臆病者』とか『弱腰』とか思ってそうな雰囲気だ。
するとしたり顔で上官達が語り始めた。
「これは最高機密で公女殿下もお聞きにはなっていないでしょうが、同時期に
「そうそう。待機中の我々第二連隊にも臨戦指示が出た時は緊張しました。流石に大国同士の本格的な戦役は避けたいですからね」
知らない事実に黙り込む若者達。
「えっ……?」
「そうそう。万一にでも攻に焦って第二連隊が進軍していたら我が国はどうなっていたか。大局を見る連隊長の思慮深さには第一連隊の全員が感心したものです」
上官が格下と勝手に思っていたであろうライバル連隊の隊長を褒め始めたので焦る若い騎士。
「いや、とは言え……ですが、何故にそんなことを秘密に――」
刹那に凄みのある声が響いた。
「――ライル伍長、最初に言ったぞ。最高機密だと」
「……ぐっ……しかし……」
「機密なのを良いことに他国で偽の噂話を振り撒く者もいたという。ノア伍長もそんなモノに振り回されて面倒をかけるなよ」
「えっ! あっ、はい……」
互いに上司から制裁された若い騎士達はまだ納得いかないようで口も開けずに睨み合っている。どうやら連隊同士の確執の大きさは世代間で異なるらしい。
ここは騎士を率いる王族としての責任を果たすとしよう。
「アイスバーグが誇る国家騎士団の連隊同士が喧嘩しているのを見過ごせません。オリオール公息女サーガが命じます。敬意を持って互いに握手しなさい」
「えっ?」「ん?」
顔を見合わせる二人の若い騎士。ムスッとしてどちらからも手を出そうとしない。
(そして、こういう雰囲気をとりなすのは女達の役目よね)
「ほら、ハリエッタ。ボサっとしてないで握手させなさい」
「それも業務ですか?」
「もちろん!」
溜息を軽く吐くと満面の笑みを作ってから二人に近づくハリエッタ。其々の手をギュッと握り締めてから互いの手をしっかり握らせた。
「私に免じて仲直りしてください」
そのまま三人で手を握り合っている。思ったより若い二人は照れているようだ。
(あら、照れてるの? んふふ、ウブなんだから)
「どちらかというと貴女で良かった。僕は肉付きの良い
「あら」
(うわっ、最初の一声がそれ? 性格を疑っちゃう……えっ?)
かなり失礼目なセリフにもハリエッタはしっかり頬を赤くして照れていた。
「それで良いの……? まぁ良いなら良いけど……」
ウチのハリエッタが褒められるのは嬉しいけどムカつくものはムカつくわ!
(腹いせに二人をくっつけちゃおうかな……)
任務中だが変な方向に思考が向き始めたところで壁際からピキピキと音がし始めた。
「ヴルゥサァーー!」
氷の割れる音と共に不気味な叫び声が響き渡る。今の位置では私が一番近くに居た。
「なっ! 完全に凍らせたはずだぞ?」
最も近い私に真っ直ぐ向かってくる。
「ちぃっ! 殿下、下がって――」
「――酷いことを……」
一瞬で距離を詰める騎士。そして、それより早く私の身体からは薄い色の炎が立ち昇る。同時に男の胸の辺りへ拳を振るうと手首までめり込んだ。
「もうお休みなさい」
そのまま炎が男の身体を包むと火災旋風のように炎が渦を巻いていた。勢いが収まる頃には灰しか残っていない。
「氷に閉じ込める対策をミクトーランは取り始めたようです。更に注意しましょう」
棒立ちしている若い騎士。そして既に剣を抜いて突進していた熟練騎士は私が余裕を持って事態を切り抜けたことを知ると安心して剣を鞘に収めた。
「いやはや、ウチの国のお姫様は本当に自慢出来ます。流石はこの国の最高機密の一つですな」
(なんか酷い言いようじゃない?)
「ライルはそちらの娘さんが好みのようだな。積極策は好感が持てるぞ」
後ろに目をやるとハリエッタが劇俳優のように騎士に抱き抱えられていた。頬を赤く染めるハリエッタと精悍な若い騎士が見つめ合っている。
あたかも絵画のよう。
(あらあら? これは『恋するハリエッタ』って感じね……じゃなくて! 私と待遇に差があるんではなくて?)
不満をぶつけそうになっているところで不躾な笑い声が聞こえてきた。
「わはは。ノアはどうだ? 公女殿下の素晴らしさに声も出ないか? あはは」
なんとこちらに熱視線を向ける若い騎士が一人いるではありませんか。早速手櫛で髪型を整えて次のアクションに備えることとする。
「おほほ。お友達からなら――」
「――公女殿下! 素晴らしい戦技です。是非師匠としてご教示頂ければ!」
乙女のように両手を胸の前で組む若い騎士。どちらかというと此方がお姫様抱っこをしなければいけない雰囲気だ。
「思ってたのとなんか違う……」
◇◇
この国に
そう、ベルナールだ。
「私が全て悪いのです。ですから――」
「――ならば死ねー!」
「ひぃーー」
逃げ出すが情けなく蹴躓くベルナール、護衛の騎士が襲ってくる老人を優しく抱き抱えるように抑えている。
「メリッサの仇だー! ゆるさーん!」
「お、お助けを……私は、私は……まだ死ぬわけにはいかんのです!」
「なら娘は何故死んだーー! お前も死ねー!」
「ひぃーーー……」
護衛の騎士が居るので殴られることはあれど命の危険はなさそう。ストレスで死にそうだけど、まぁ、その辺りは自業自得よね。
そっと様子を伺っていると、妹のダイアナが私の背後にちょこんと立っていた。
「ん? ダイアナ、何してるの?」
「お姉様、忙しそうだから。心配してるのよ」
そんな簡単なセリフに最も簡単に籠絡されてしまう。
「ダイアナ……ありがとう。嬉しい!」
こんなこと言われたら抱きつくしかない。
「欲しいものがあるんですけど……」
「なんでも買ってあげるわ!」
「街で見かけた木苺のパイが美味しそうで……」
「全部買ってあげる!」
ころっと操られてる気はするけど気にしないわ。大事な妹ですもの。少し簡素なドレスに着替えてから二人して街に出向くことにした。
そう言えば、少し前から従者には必ず黒鎧の騎士がつくことになったのよ。どうやら『暗殺者が一撃で屠られるのを衆目に晒すわけにはいかない』というのが理由と聞いたわ。
「なんか違う……けど、アビーに比べれば百倍マシだわ」
元専属侍従のアビーだが既に王宮にはいない。私の評判が上がれば上がるほど、彼女の評価は急降下で下がっていった。ハリエッタと変わって別の貴族に仕えたらしいが、従来の小狡い性格が出てすぐに辞めされられてしまったらしい。
「んふふ。それで私も御相伴に預かれるわけですね?」
当然のようにハリエッタもついてきてくれている。因みに彼女には専属の護衛が二人も黒鎧から配属されているのだ。なんでもハリエッタの瞳のことは私より機密レベルが高いとか。
「私より高待遇……」
「えっ?」
「何でもないです」
馬車を降りる女三人と屈強な男三人。なかなかに目立つらしく数回のカフェ巡りで街の住人にはもう顔馴染みだ。笑顔で皆が挨拶してくれる。
故にはっちゃけた行動は取れない。
「サーガ様、ダイアナ様。街の皆さんが見守ってくださるから冒険したくなりますね!」
「そうですよね。お姉様と色んなことしたいです」
私とは考えが違うらしい。
(このお淑やか二人組め……)
お目当てのカフェでお目当てのケーキ達が出てくるのを待つ。穏やかな陽射しと微かに聴こえる通りの賑やかな喧騒。
そっとカップを持ち上げた。それをじっと見つめる。
因みに体内魔導制御は疲れる……というより吐血してしまうので日常的には精霊達の手助けを借りている。
(お母様からも『すぐに魔導を使わず手足の筋肉を鍛えなさい』なんて怒られるけど……疲れるんだからしょうがないじゃない)
「ふぅ……お母様の目が光ってない場所は落ち着くわね」
そう。何をしていても気付けばお母様に監視されている。
(そりゃ昔と違ってすぐに何でも反対する訳じゃないけど……)
何か言いたげに柱の影から見つめられるのも精神的には厳しいものがあるわ。しかも目が合うとそっと視線を外されるのよ。
大きめの溜息を吐くと上品に笑い始めるダイアナ。
「ふふふ。本当にお姉様とお母様は仲が良いですわね」
「はぁ?」
「私とお兄様はいつも良い子でしたから」
「はぁぁ?」
顔を合わせれば喧嘩ばかりの二人が仲が良いですって? 加えて自分達はエリートコースで半端者の落第生は私だけ、とでも言いたいの?
(こんなにこの妹は毒舌だったかしら?)
妹の成長に少し感心。しかし溺愛する妹とはいえ聞き捨てならない台詞。猛反撃の準備をするが標的の悲しい瞳に言葉は口から出てこない。
(あっ、今はアマリア様出てこないでいいです)
懐かしく暖かな気配と共に歳の近い同性に対する悪口が湯水のように浮かび始めた。慌てて退場をお願いすると寂しそうな気配に変わって消えていった。
「私が物心ついた時からお母様はお姉さまにつきっきりでしたから……」
「えっ?」
「結構寂しかったんですよ。私も悪い子になっちゃおうかな……なんて考えたこともあるんですよ」
両手で拳を握り締めて力こぶを作るダイアナ。いや、作ろうとしただけだ。『ふんす』と気合を入れているが少しも盛り上がらない上腕。
しかし、ダイアナがそんなに寂しく思ってるなんて考えたこともなかった。
「それでも、私とお兄様は我慢してしまいます。
「ダイアナ……」
そうか。私が我儘なばかりに二人を悲しませていたのか。喧嘩しあっていがみ合って……でもあの時は私もお母様も真剣でした……何故? 何故真剣に……喧嘩なんか……。
「でも、二人が心から互いのことを大切に想ってるのは周りにも伝わっていましたよ」
「へっ?」
ここでダイアナが笑い出した。もう我慢できないといった感じだ。
「ぷっ! あはは、お母様とサーガお姉様はそっくりですもの」
「ど、どこが……」
全く似ていない。気品溢れるお母様。それに比べて何をやっても失敗ばかりの私。
「んふふ。確かにそうね。王妃様の慈愛溢れる精神、魔力の強さ――」
「――お母様って魔力強いの?」
ハリエッタの呟きにする驚いてしまう。今更ながらに十二歳にもなって母親のことを何も知らない……って、そりゃそうよね。全力で遠ざけていたんですもの!
「お母様はアイスバーグ公国史上でも屈指の魔力の強さですわよ」
「なんと! やはり似ても似つかない……」
そうだったのか。私とは……何もかも違う。激しく落ち込む。似たところがあるとすれば、すぐに大声を張り上げてしまうところだけだ。
我が身を呪って悲劇のヒロインぶっているとダイアナが可愛く怒っていた。
「そういうところですよ! お姉様の『魔力調べ』の
「えっ? バレてたの?」
「えっ? もしかして、バレてないとでも思っていたのですか?」
妹から可哀想な子扱いされてる……。
「お母様、いつも言ってましたよ。何を考えてるのか知らないけど、あの子はわざと少ない量しか検知させなかったって」
この国では六歳を迎えると一生に一度だけ魔力量を調べる。それを『魔力調べの儀』と言うのだけど、その前日にお母様と大喧嘩をしたのよ。
『貴女は
急に将来を決めつけてきたので物凄く腹が立ったのを覚えている。だから物凄く小さな魔力しか検知させてやらなかったの。
「まさか……サーガ様、魔力を計測するクリスタルを騙したの?」
ハリエッタも隣国なので同じような慣習はあるらしい。魔力が検知されなければ教会行きで後は修道女しか道はない。だから貴族に生まれたものは皆、必死に魔力を大きく見せようとする。
「それなりに大変だったわ。気合いを入れて全身の魔力発揮を限界まで少なくしたのよ」
「「……」」
バカにされてる気がする。でも、その通りなのよね。
「フン! どうせ、そのお陰で黒鎧から縁遠くなったわよ」
魔力量が少なすぎる者は騎士団への入団資格を剥奪される。これはアイスバーグ共和国騎士団条項の第二項ね。無理やり入団させて怪我をさせるなんて事件があったらしい。要するに政争に利用されないため、そうベルナールから聞いた。
「サーガ様、もしかして……全て自業自得じゃないですか」
「そうですよ。お母様に言わせると……んほん。『サーガは選択肢があると必ず茨の道へ全速力で突っ込んでいってしまう』ですって。んふふ!」
あまり似ていないモノマネで揶揄ってくるダイアナ。可愛いから許すけど……釈然としない。
「どうせ私は無鉄砲な変な女よ……」
いじけて自分を
「そうよ。お母様が嘆いていらっしゃったもの。『魔力操作なんて高度な技を齢六歳で身につけておいて自分を卑下してばかり。見ていて腹立たしい』なんて感じでね」
「そういえば、私もサーガ様が本気で暴れたら抑えられるかどうか、なんて騎士の方が怯えていたのを聞いたことがあります」
失礼なことを言う騎士もいる……。
まぁ、アマリア様の一件の後に黒鎧と一緒に馬車に詰め込まれた時、確かに本気出せば
因みに暴れたらお母様に怒られるからビクビクしてたの。
(えっ? だったら……だったら皆で虐めなくてもいいじゃない!)
急に悲しくなってきた。もう落ち込むしかないわ。
「ぐすん。それなら理不尽な選択肢も――」
「――隣国の王弟の妃は全世界の女性の憧れです」
「ぐっ……そ、そんなの政略結婚じゃ――」
「――はぁ。本当にそうならサーガ様の意見なんて聞かないですよ……」
ハリエッタも完全に呆れてしまった。その時、通りの向かいの店から熱烈な視線を感じた。視線を向けると周りから完全に浮いたオシャレな女性がこちらを睨みつけている。
「お母様……」
「「えっ?」」
そう。お母様だ。一斉に視線を向けると狼狽えている。こっそり覗くのを諦めたのか、徐にスタスタと早歩きで近づいてきた。
(いつもここで逃げていたのよね……)
変なことを言ってないか怯えるハリエッタ。反対に突然の来訪でニコニコの妹。今日は色々とお母様のことも知れたし、逃げずに話を聞いてみることにしましょう。
「サーガ、あなたはフランム王国のフランツ皇太子妃になりなさい。二人とも若過ぎるから、まずはフィアンセ候補ですけどね」
開口一番、変なことを言い始めた。しかしハリエッタとダイアナの両手が胸まで上がって祈るようなポーズを二人とも取っている。破顔して心底嬉しそう。
「お姉様、おめでと――」
だが、取り敢えず、速攻断ることとする。
「――嫌です。私はこの国で生きると決めたのです。だから他国には行きません」
二人が愕然としている。確かにフランムの皇太子といえばイケメンで有名だけど……私にはやることがあるのよ。
「まだ分かりませんが、私にはこの国でやることが沢山残っています。だから他国の王子には嫁ぎません」
「い……い……」
あら、珍しくお母様が口を濁している……と思ったら机を勢いよく叩いて怒鳴り始めた。
「いい加減にしなさーい!」
本当だ。私にそっくり!
了
プリンセスは筆頭騎士に虹の瞳を見た 〜全てを諦めないサーガ・オリオールという少女の『希望と絶望と逆転の物語』〜 けーくら @kkura
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