第四十一話
「相手にしてられん。先に公王から殺せ!」
「はっ、お父様!」
聖教騎士の一人が駆け出すと、そのままの勢いでお父様に斬りかかった。しかしその剣はしっかりとお父様の剣に防がれていた。
「この私とて騎士の端くれ。魔導など無くても……簡単に倒せると思ったら大間違いだぞ!」
「あなた……」「お父様……」
思わずお母様と叫びがハモってしまう。お母様と視線が合うと何となく二人とも頷いた。
「やはりカッコいいですわ。流石は公王、流石は私の心を奪った人……」
「本当です。いざという時に剣を振る姿、お父様、見直しました!」
「お、お前達……ふっ、はっ!」
二人の熱い言葉に照れながらも聖教騎士の二撃目、三撃目を受け流すお父様。しかし、徐々に息が切れてきたようだ。
「お父様! がんばって!」
「ほら、だからもっと身体を鍛えなさいと」
ここで冷静なお母様のツッコミ。流石です。
「はぁはぁ、な、なんと……昨晩もこのふっくらしたお腹が可愛いと言っていたではないか?」
「こ、こここんな時にそんな瑣末なことを言うでない!」
あら? 焦るお母様も可愛らしい。これには微笑ましくなってしまうわ。
「んふふ。お父様、お母様、まだお熱いことで。また弟か妹が増えてしまうんでは?」
「サーガ! 実の母親を揶揄うんじゃありません!」
「へへへー」
連続で正確無比な斬撃を繰り出す聖教騎士に押され気味のお父様。しかし剣技は確かなものらしく一方的に崩れることはなさそう。
(それにしてもお父様が剣を振る姿なんて初めて見た……)
感心しているとミクトーランが悔しそうにこちらを見つめている。目が合うといやらしく微笑み返してきた。
これはキモい。
「ならば小娘が横で斬り捨てられるところを見ているが良い。騎士よ、斬り捨てよ!」
「サーガ、逃げ……くっ!」
お父様の焦る声、そして声にならないお母様の息遣い。先ほど『要らない子』扱いされていたので心配されるだけで小躍りしそうになる。
そんな機嫌が良さそうな私を訝しむように睨みながら此方に向かって歩みを進める聖教騎士。
「命により……斬り捨て御免!」
上段に振りかぶると、またも躊躇無く剣を振り下ろす。
「サーガ!」
私が逃げればまずベルナールが斬られるだろう。それは別に良い。しかし次はお母様がターゲットになってしまう。
「そんなこと……許されるわけがない」
自らを斬ろうと迫る剣を見つめながら呟くと、体内の魔力を意識して
すると、私の身体から薄っすらと炎が立ち上った。あたかも達人のように半歩だけ身体を捻り最低限の動きで剣を避ける。勿論こんなことはいつもの私ならできない。しかし、今は周りの空気の動きすらゆっくりに見える。
剣が床を叩く音を聞きながら右手に持っていたナイフを左手に持ち替える。そして右拳を騎士の胴体に叩きつけた。
(アマリア様……)
同じ技を繰り出すことができた。それに感激しながら拳を確認すると胴鎧に深くめり込んでいる。
「小娘……下賎な技を――」
「――違うでしょ。これは
「まさか……体内魔導制御、サーガ、いつの間に習得したのだ!」
(お父様もびっくり。んふふ、確かに人間技じゃないわ……って、あら?)
拳を引き抜く。すると別の意味で少しだけ驚いた。
「あら……」
「きゃっ! あ、あなたの拳……」
お母様が悲鳴をあげるのも無理はない。銅鎧に穿たれた大きな穴からは、血塗れでグチャグチャに潰れてた拳が出てきた。
(痛い……けど何故か耐えられるわね……なら今のうちに)
鎧を貫いた右拳は体内魔導制御で強化されていたとはいえ打撃の威力に耐えられず砕け散っていた。ところどころ骨が皮膚を突き破って見えている。そんな拳だったものを見つめながら図鑑の絵図を思い出すことに集中する。
骨、肉、血管、神経、皮膚と順にイメージしながら体内に巡る魔導を流すと、瞬時に元の形に戻ってくれた。
「えっ? サーガの手、治った……の?」
「んふふ、私の方がまるで魔王か何かみたいね」
自らの回復術に感心していると拍手が聞こえてきた。
「素晴らしい。まるで不死者のようだ。小娘、興味が湧いたぞ!」
ミクトーランが目を輝かせている。
これは不快だ。
その時、またもすぐ近くにアマリア様を感じた。刹那に口から罵詈雑言が滑るように出てくる。
「どうだ? 私にその身体を提供――」
「――前にも言われなかったか? 子供や子持ちの女に興味を抱くな。だから青年時代に満足に女性と付き合えんのだ」
「な、何だと……小娘!」
思いっきり呆れた視線を送ると、今までで一番たじろいだ気がした。
「全く……先ほど大人しく服を脱いでベッドに上がればよかったんだ。そうすれば私の初モノに穴を穿てたんだ。あはは。折角の機会を無駄にして……もう自らの胴体に大穴を穿たれるしかないぞ? あははは」
「……」
声も出さず怒りに顔を真っ赤にするミクトーラン。アマリア様も近くで笑っている気がした。
「えーい、聖教騎士よ! もう倒れるなら崇高な使命に殉じて小奴等を道連れにしろ!」
「御意……」
ミクトーランの謎の叫びに呼応するように兜を脱ぎ捨てた。そこには崩れゆく人の顔があった。ギョッとしていると次の瞬間それは不気味な音を立てながら脹れ始めた。
「何が……えっ?」
何となくアマリア様が教えてくれた気がした。『酷く悪いものを撒き散らすつもりだ』と。そこで、騎士の胴体に右手を向けて穴の中に残る自らの血液に最後の指示をする。
「ならば……燃えなさい!」
小気味よく指をパチンと鳴らすと刹那に胴体の穴から炎が上がった。紅蓮の炎は騎士の身体をものの数秒で燃やし尽くしてしまう。
(よし。雫一つ漏らさず燃やし尽くした自信があるわ……さて)
燃え崩れた騎士から視線を移してミクトーランを睨みつけると狼狽えているのが丸分かりで非常に清々しい。
「次はお前の番――」
「――えーい、私を護れ!」
脅しの言葉を遮られて少しイラッとする。
(まぁ悲鳴混じりのみっともない声に騎士が慌てる様を眺めるのは胸が
お父様との斬り合いをやめて私の前に立ちはだかる。こちらの戦力を掴みかねているのか斬りかかってくるような気配もない。ただ、隠れてゴソゴソしているミクトーランが何をしているのか見えないのが不審極まりない。
「……全く呆れるぞ……仕方ない。王族を操るのは
ブツブツ独り言を言っているようだが手元が見えない。身体を左右に傾けてミクトーランの手元を覗き見ると右手には小さなガラスの瓶が握られているように見えた。
「ん?」
「サーガ様! あの赤い液体はダメです!」
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