第三十五話
(まさかな……先ずはこの場を切り抜けることだけを……)
「ははは、そうだ。小娘は怯えて震えているのがお似合いです。何処かの阿婆擦れも大人しくしていれば死ぬこともなかったかもしれない」
瞬時に思い起こされるアマリア様の最期の戦い。アマリア様の勇姿をも侮辱されているように思えて血が沸騰するかのように怒りで熱くなる。
「何故……何故に小娘……いや阿婆擦れは死を目前としながらも大人しくしていなければ――」
「――サーガ。法律には敬意を持ちなさい。これは正式な尋問だ」
勇敢な女性もいる、目の前の失礼な男にそれだけを反論しようとした所でお父様から少しだけ呆れるような口調の叱責が飛んだ。その瞬間、私の心の中には冷たい冷風が吹き荒び声が出なくなる。
どうにか家族からの期待に応えたい。怒りと恥辱を理性で抑えつけた。
(ダメだ……騒ぐな、暴れるな。どうせ暴れさせて聖教騎士が斬る魂胆だろう。今は冷静に……)
魔導が使えれば瞬時に燃やし尽くしている。殺気にも似たドス黒い感情が溢れ出す。口には出さず、睨みつけるだけで我慢することにした。
すると、少しだけ驚いたような顔をすると、ニヤリと微笑んだ。
「おやおや、昔よりは我慢強いということですかね。まぁ無駄なことはしないで下さいよ。この場では魔導は使えんと
刹那に『何度も』という言葉が心の中をリフレインする。
(何度も……とは、どういう意味だ? 二度目……いや、二度も三度も、という口調だったぞ?)
更に『小娘』、『阿婆擦れ』という言葉の選択も気にかかる。呆然としながら局長の顔を始めてまじまじと見つめる。
すると、トカゲのような目を細めてニヤリとほくそ笑んだ。あたかも『やっと気づいたのか?』と小さな悪戯を仕掛けて気付くのを待っていたかのように。
(いやいや……まさか法務局の局長だぞ? 本当に……)
判断がつかない。まずは相手の挑発にだけは乗らないように、そう心に誓ってから深呼吸をする。
「……貴様……何を言っている?」
一旦過去の惨劇とワイズマンの関連性には全く気付けていないフリをすることにした。すると唐突に呆れるような、失望するような表情に変わった。
「ふん……全く鈍い小娘だのう」
刹那にこの目の前の男の背後にドス黒い何かが見えた気がした。その瞬間、ハリエッタがまたもやトレイを手から落としてしまう。
「す……すすみません……」
最早ハリエッタに拾う気力は残されてこといない。か細く消え入りそうな声を出すのが精一杯のようだ。
反対に過去に見知った気配を感じて疑念だけが強まった。
「何をしている? 尋問を続けなさい」
不穏さが張り詰め部屋の温度を数度下げるような空気が満たし始めたところで公王が声を上げた。ハッとしてそちらへ振り向くと逆から声が響く。
「では尋問を続ける。お前は被疑者本人か?」
「……」
この尋問の意味を考えながら何も応えずに尋問してくるベルナールを睨みつける。すると、少しだけ動揺した顔を見せた。
「まだ名前を聞いているだけだ……お前の名前は何だ?」
「……」
この尋問の目的は、要するに私の口から
(だからこそ煽ってくるのだろう。何なら逆に煽るにはどうすれば……)
「小娘、黙っていれば過ぎるものではないぞ! ベルナール、何なら腕の一本くらい折ってやっても良いのでは?」
「局長! 法で最終尋問に拷問は無いと決まっています」
「……ふむ、まぁ、この場で斬られるか、解放かの二択だからなぁ……」
それも知っている。この国の法律の全てを学んだのだから。昨日、まずはこの場をどうにか切り抜ける事だけを考えよう、そう三人で作戦を立てていた。
ハリエッタには礼節を。
ベルナールには職務を。
「そして私には冷静さを……」
「サーガ? 名前ぐらい答えなさい!」
ここでお母様が苛立ち混じりの声を上げた。突如心が乱れて涙が出そうになる。未だお母様の呆れるような視線を受けると言いようもない寂しさと悲しみが襲ってくる。
「私はサーガ……アイスバーグ共和国のオリオール公爵が息女、サーガ・オリオールと申します」
「はい。さぁ、もう尋問は良いでしょ? さっさと娘を解放しなさい!」
ふと、社交ダンスの試験なんかで何十回と繰り返した挙句に一回だけ成功したステップで合格にしろ、と騒ぐ父兄と姿が重なる。愛情は感じたが『面倒だからそれで良いでしょ』と言っているようにも聞こえた。
それだけで心臓に薔薇の棘が巻き付くような暗く苦しい気持ちが支配する。
(私がもっと器用なら……兄や妹のように期待に沿える良い子なら……)
自虐の心に目頭が熱くなる。それを誤魔化す為に俯いてしまいそうになるのを我慢する。そんな心の内を察知されたのか更に苛立ちを強くするお母様。
「早くしなさい! この子はあまり器用ではありません!」
いつも言われていた叱責。それを聞くと手足の筋肉は石に変わり、瞳に溜まる涙で視界が揺らぐ。それに堪えて冷静なフリをするのがいつも精一杯だった。
「お母様、お手を煩わせて申し訳ありません……」
少しだけ声が震える。そんな姿をキッと睨みつけられるのを感じた。とても視線を合わせられない。
また少しだけ俯いてしまう。
「あなたは……いつも……一人で――」
「――痴話喧嘩はやめてくれ。尋問官、すまない。
お父様も焦っている。いつも冷静な顔には汗が浮かんでいる。そんな姿を何度も見せられた。
(やはり私が不出来なばかりに……だからこの国を離れなければいけなかった……)
徐々に暗い感情が心を満たしていく。
「では、被疑者サーガ。これから幾つか質問する。全て正直に答えるんだ」
「……」
また部屋を重苦しい沈黙が満たしていく。すると少しだけ場違いに愉快そうな声が響いた。
「小娘、無駄なことをするな。魔導は使えんぞ」
魔導など使う素振りなど見せていない。使おうと心の中で思ってもいない。その台詞に思い起こされるのはアマリア様の悲痛な最後の時だけだ。
(やはり……煽っているとしか思えない)
私に
その一言で逆に冷静さが戻ってきた。
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