第三十九話

(ワイズマン……お前は……お前はアマリア様の敵、だ!)


 零れ落ちる涙が蒸発するのではないかと思う激しい怒りが湧き上がる。お母様との会話に思いっきり動揺していたので怒りの反応が遅れて即応できなかった。その為に生まれた一瞬の空白の時間。

 刹那に『このタイミングが最適』と判断した。

 この面前の男を陥れる策を実行する!


(アマリア様、どうかお力をお貸しください)


「――ワイズマン局長、私の身体を気遣ってのことでしょうか。ありがとうございます」

「貴様……何のつもり――」


 動かない筈の手で毛布を除けると、動かない筈の足を出してベッドの脇に立ち上がった。


「――私の身体を気遣ってのお言葉と思います。心配をかけました。私の身体は元の通りに動くようになっています」

「小娘……」


 ベルナールが作戦を無視した私の行動に驚いている。チラリとハリエッタの方を見ると両手で口を抑えて声を出すのを我慢している。


(二人とも、ごめんね。でも、ここは勝負!)


 ワイズマンの方に柔らかな視線を送りながら一歩足を進める。


「ワイズマン局長、苦労をかけました。私は元の生活に戻らさせていただきます」

「ほほう……これはこれは……」


 聖教騎士をそっと退かすとワイズマンの目の前まで進み柔らかな視線を向ける。ニコッと微笑んでから一礼してみた。


「……お前はただ殺すのは勿体無いのぉ」


 私だけに聞こえる声。


『ハリエッタの言う怖い奴』

 それは

『あの時の修道士』

 もはや決まりだ。紅蓮に燃え盛る復讐の炎を隠してできる限り柔和な微笑みを浮かべ続ける。


「ワイズマン局長、あなたは私の身体に興味があるのですか?」

「おぉ、興味がある。どうやったら――」


 さらりとドレスを脱ぐとスケスケのくせにフリルの一つもない粗末な下着キャミソール姿になった。痩せ細った醜い身体を他人の殿方はおろか両親にすら晒すのは死ぬほど恥ずかしいが……ここを私の人生の剣ヶ峰とする!


「あはは、久しぶりに年端も行かぬ女の匂いにでも興奮しているのか?」

「なんだと?」


 目の前の男からは困惑を感じる。そしてベルナールや両親からは更に大きな困惑を感じた。けどそれは無視して目の前の男のことだけを考える。


(侮辱の仕方が違うの? どうしたら……アマリア様)


 最期の光景を心に思い浮かべると罵詈雑言が湯水のように湧き出てきた。それは、あたかもアマリア様が手助けしてくれているように。


「小娘、お前――」

「――お前のような男はお母様やハリエッタのように女らしい女は怖くて相手にできないだろ? ほら、私の薄い身体が好みか? ははは、初めて女を抱くなら私が手解きしてやろうか?」

「……侮辱するな」


 どうにもこの手の問答に慣れてないらしく小声でブツブツと文句を言っている。では、続けて煽ることにしよう。艶やかなポーズをとってみる……ってアマリア様、合ってますよね?


(えーい、突き進むのみ!)


「あぁ、もしかして私のように針金みたいな女でも怖いのか?」

「五月蝿い! 黙れ売女め!」


 なんと! 公王父親の前で私を『売女』呼ばわりするとは。冷静さを失ってきたので更に煽ってみる。


「――そうかそうか。あはは、その風体だ。どうせ法律書と暗い青春を過ごしたのだろう。どうだ? 熟れる前の若い身体なら頑張れるか?」

「五月蝿いぞ。下賎な売女は昼の街では黙って――」


 に変わって今はよ。公王の娘をここまで蔑むとは無礼討ちされても仕方ないわね。

 さぁ、もう一押し。


「――お前のようなヤツはとも遊んだ経験はないのだろう。あはは、では私が手伝ってやろうか? ほら、ほらっ! 堪らない――」

「――黙れこのメス餓鬼め!」


 とは!

 冷静さを欠き口汚く罵り始めたワイズマン局長。もはや精神に異常をきたしている者のように口角泡を飛ばして喚き散らしている。


(それにまさる暴言を浴びせかける私って……ヤバいかな?)


 それでもアマリア様を思い浮かべると頭の中には見たこともないような品のないポーズが次々と湧き出でてくる。スラスラと詩を奏でるように目の前の男を中傷する言葉が溢れ出てくる。


(アマリア様、手助けいただいているのですか?)


 うん。アマリア様を背後に感じる。だからこの暖かな思いに身を任せることにするわ。


「貴様のような薄汚い売女に興味など――」

「――あははは、以前にも『子持ちと少女を襲うような男に興味はない』と注意されていたのになぁ。あははは。そうかそうか、逆にスレンダーな女や子持ちの熟女を見ると我慢できなくなるのか。仕方ない。可哀想だから私が相手をしてやろうか? どうだ? 堪らないだろ? ほれほれ――」


 余裕なく顔を真っ赤にして怒り散らすワイズマン。小さな膨らみに両手をやって精一杯に艶っぽい……というより下品なポーズを取り続けてみる。

 ふと両親がどう思っているか心配になったので横目で確認。二人とも茫然自失で正体を失っているようだ。


(お母様、お父様、すみません! サーガはまだ純潔を守っています。だから今だけは下品な売女を演じさせてくださいませ)


 ハリエッタもチラリと見ると呆れているのか少しだけ笑顔が綻んでいた。これには勇気百倍よ!


「メス餓鬼め、黙れ! 黙れと言ってい――」

「――あはは、お前こそ、そのメス餓鬼に欲情する童貞なのだろ? ほら、我慢するな。私は優しい。初物の私が粗末なモノの持ち主のお前にも手解き――」

「――下卑た言葉を止めよ。婢女はしためがこの私、を侮辱するなど許されることではない……ぞ」


 一瞬で何か雰囲気が変わった。気圧されるような凄みを感じる恫喝。しかし、その言葉は途中で尻すぼみになっていった。


「……えっ?」「……何?」「……ん?」


 辺りを包む沈黙に続いて私と公王お父様、そして王妃お母様が声を上げた。直後にワイズマンが舌打ちする。


「お前……誰だ?」

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