第三十八話

「サーガ、私が何もしていないと思うのか? そんなわけあるまい。全ての権力と知力を使ってどうにかしようと動いていたわ!」

「王妃よ、あまり興奮――」

「――興奮もします。我が娘にこうも信じて貰えないなど母親失格です。私の苦労を――」

「――苦労だと? あははっ、両手両足を折られる苦痛に勝る苦労だとでもいうのか!」


 大声でお母様の話を遮る。しかし、向こうも止まらない。


「この小物ワイズマンの上に会ってどうにかしようと思っていた。しかし法律を傘に着せて『なんともならない』しかあの大臣は言わなかった!」

「……大臣から相談があったぞ。お前を抑えてくれと――」

「――はぁ? だったらあなた様がどうにかしてくれれば良かったのに! 気弱過ぎます。優しいのは結構ですがもう少し……命を懸けるような熱意が足らないのです」

「……あー、いや、あの……」


 お父様は冷や汗をかきながらタジタジですわ。完全敗北ね……あら、戦意が消え失せたお父様からベルナールに視線を移したわよ。

 凶悪な視線にピクリと痙攣するベルナール。


「お前もだ、ベルナール。自らの娘を自らの手にかけておいて、またも繰り返そうとしていたのだぞ?」

「私は法律に――」

「――そうだろう。お前はもはや法律に縋るしか無いものなぁ。法律が間違っていることを認めれば、我が子を死なせた過去のお前が過ちを犯したことを認めてしまう。はは、それはできないだろうなぁ」

「ぐっ……」


 もはやお腹を見せて降参した犬のように俯いた。両腕を組んで鼻息荒いお母様。悪役じみた迫力があるわ。

 お母様、素敵です!


「私は法律が……」

「えぇい、法律法律と五月蝿い。それしか言えんのか? お前は鸚鵡おうむか何かなのか? 少しは自らの頭で考えてみろ!」

「……」


 顔が青白くなり茫然自失としたベルナール。こちらも全面降伏ね。ある意味すぐにでも娘さんの後を追いそうよ。いつの間にか聖教騎士二人もお母様と視線を合わせないように頑張ってるわ。怒り沸騰中のワイズマンは言葉が出てこないみたいだから、ならば次の標的は私。

 そろそろ私の精神の堤も決壊寸前よ。だからこそ覚悟も出来ています。

 こうなれば最終決戦よ!


「サーガ、あなたも――」

「――いい加減にしてもらいたい。私も忙しいのだから――」


 母娘がこの口喧嘩のフィナーレに向けて覚悟を決めたその瞬間、この最悪のタイミングでワイズマンが苛立ち声を上げた。

 殺気を伴った視線をお母様と同時に向ける。


「「――小物は黙っていろ!」」

「ぬぅ……」


 タイミングもセリフも重なった。これには何故かもの凄く精神が高揚するわ。少しだけ感動に打ち震える。

 ここでふとお母様を見るとこちらをじっと見つめていた。視線が合うとそっと横を向いてしまう。


(あぁ……何故に……何故にお母様は私のことを疎んじられるのか……)


「やはり……手足が不自由なら……やはりこの塔で暮らす方が……」

「お母様! 何故にそのようなことを……仰るのですか……」


 もはや泣くしかない。両手を動かすわけにはいかないので涙がポロポロと零れ落ちるのに任せていた。

 メソメソ泣いているとお母様が狼狽えているように見える。『もう要らない子なのよ、あなたは』と突き放してから演技されても……ねぇ……って、演技なんてお母様するかしら?


「ちょっと、サーガ! 誤解しないでちょうだい」


(なんと、まだ私が悪いと言うか?)


「酷い! 塔に押し込めて――」

「――せめて政略の生贄や駒にされるより近くで穏やかに暮らして欲しいから……えっ? サーガ、あなた、まさかあなたのことを疎んじているとでも――」

「――見せ物か生贄……えっ?」


(今更言い訳……って思ってたけど……あれ? 食い違ってる?)


 あたかも私の身体を労っての言葉みたいに……じゃなくて労ってくれてるの? もしも……もしそうなら……今までの発言が急に恥ずかしくなってきたわよ!


「……み、見せかけの優しさなんて要りませ――」

「――いい加減駄々っ子の演技をやめてこちらの話を聞きなさい!」


 反射的に身体が硬直する。そう、いつも私達の喧嘩の最後の言葉。いつもいつも私の話を聞いてくれないお母様。

 やはり泣ける。この台詞を聞かされると涙が自然と溢れ出る。


「うわーん……お母様が虐める!」

「サーガ、口喧嘩に負けたからって大声で泣く振りをするものじゃないわ」

「負けてない! あと……うわーーん、泣く振りなどしてない! 泣いているだけだ! そっちこそ心配するフリなど――」

「――我が娘の心配をしない母親がいますか!」


 ここまで話が噛み合わないと悲しくなる……本気で悲しんでいるのを心配する振りなどで誤魔化して。


「サーガや、心配する振りなどとは失礼ですよ……あなたこそ泣き真似ばかりやめなさ――」

「――うわーん、ほ、ほん、本気でな、泣いて……ひぐっ……泣いてるだけなのに……心配する振りなんて悲しいよ……うわーん」

「……本気で心配しているに決まっているでしょ? あなたこそ……本気で泣いているの?」


 優しい声。ここ最近お母様とは顔を合わせれば口喧嘩ばかりしていた気がする。


(もしかして……二人で誤解しあっているだけ?)


 お母様の顔を見つめる。同じような顔で瞳孔を開いて震えている。もしかして、今、ここで、同じ結論に辿り着いたの?


「お母様……」

「サーガ……」


 ここで『私のことは嫌いではないのですか?』と問い掛けたい強烈な欲求。しかし同時に現れる恐ろしい程の恐怖。二人の関係がただの親子に戻るか、それとも引導を渡すことになるのか。


「……」

「……」


(何か分からないけどお母様も葛藤なさってる?)


「あの……」

「ねぇ……」


 二人の言葉が同時に発せられたその瞬間。


「いい加減にしてもらおう。暇じゃないと――」


 またも無粋な声に遮られた。そして最悪のタイミングの声掛けに最も重要なことを思い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る