第三十七話

 ここで冷静になってお母様の顔を見てみる。向こうは向こうで困惑しているようだ。困っているのがありありと分かる。


「そろそろ尋問の続きを……」


 タイミングを推し量っていたベルナールが真っ当な意見を言った。それに続けて公王も咳払いをする。


「んほんっ……二人とも痴話喧嘩はやめて――」


 瞬時に二人の女が父親であり亭主である男にターゲットを移した。


「――あなたがいつも優柔不断だから!」

「そうですよ、お父様。もっとハッキリしてください!」

「えぇっ……」


 妻と娘からの攻撃には一瞬で戦意を喪失してしまうお父様公王。私とお母様の顔を代わる代わる見てくるがすぐに視線を外してしまった。


「あー、お前達の言い分も――」

「――分かるわけないでしょ、男のあなたに!」

「そうよ。軽々しく口を挟まないでくださいよね!」

「あー……んー……」


 もはや出てくる言葉はなかった。ターゲットを互いに戻す母娘。


「あなたは私が精魂込めて選んだ道を見る前に自分で謎な道を見つけてきてしまう。此方のことも考えなさい!」

「はぁぁ? あなたはいつも私の道を潰すことしかしていないでしょうに! お母様が選んだ道なんて『何処ぞの役人のジジイにとつげ』とか『遠くの寄宿舎に入れ』とかそんなモノばかり――」

「――ウィンブルック公国の王弟への輿入れが不満な女がこの世界に存在するか? それを否定していきなり辺境の小国の騎士団に入りたいなどと言うのだぞ? えぇ? 世間知らずの小娘がどの口で反論するか!」

「きーーーっ! なんですってー?」

「あなたの炎の魔導は本当に素晴らしいもの。騎士団に入りたいなら、せめて五大国のフランム王国が妥当な筈。それが何故に軍事国家のナイアルス公国などへくれてやらねばならんのだ?」

「……私にはお母様のような品も才覚もありません。五大国などおこがましいですわ……」

「えっ?」

「えっ?」


 また何か互いに思い違いをしているような……そして、何か大事なことを勘違いしていたような感覚が二人を襲う。


「まだ尋問の途中――」


 ここで新たな生贄が自ら声を上げた。因みに公王は横を向いて黙ったままだ。


「――ベルナール、五月蝿い。母娘の諍いに男が入るな!」


 ここで挫けないのがベルナールという男。


「こ、これは私の仕事――」


 無駄に反論するから余計に攻撃が激しくなる。


「――仕事仕事とホント、男はそればかり」

「そうよ! それが絶対に正しいと思ってるでしょ?」


 ここで二人の標的が自分に移ったことを悟ったベルナール。目が急速に泳ぎ始める。


「あっ……し、仕事は――」


 それでも言い訳を続けてしまう。長い時間を娘や嫁と共にしている公王の賢明さはこの尋問官には無かった。公王が溜息を吐くのと同時に苛烈な攻撃が始まった。


「――だから人間関係の機微も分からないから大事なものを自分の手で壊して後悔するのでしょう」

「そうよ……って、お母様、ご存知で……?」


 私すらお母様がベルナールの個人的な事件など知っているとは思わなかった。故にベルナールにはプライベートで最も触れて欲しくない出来事がこの場で出るとは思いにもよらないでしょう。


「えっ……王妃様……何故……」

「勿論知っていますよ。あなたの後悔も、そして公王の慚愧も。何故一言相談してくれなかったのですか。この大うつけ者め!」


 ベルナールを睨みつけながら厳しくも優しい言葉をかけるお母様。それはこの国のトップを支える存在として威厳と慈愛を盛大に感じる。ほぼ口喧嘩中だけど感動に似た感情が抑えられないわ。

 だから私も言葉が止まらない。


「そうよ、大バカよ! 変態モートンとばかり関わってるからマトモに人と関係が築けないのよ!」


 その言葉に反応する王妃。私に急に振り向くと呆れたような口調で私を叱り始めた。


「あなたも早とちりする癖を治しなさい! モートン公と懇意になったのは娘の一件の後です」


 ベルナールの不満そうな顔と目が合う。公王の方を見ると頷いていた。勢いで口喧嘩に加勢などするモノでは無いらしい。唐突に炎の魔導を初めてお母様に見せつけた時を思い出す。褒めて貰えると思ったら、お母様に浮かんだのは驚き、悲しみ、そして困惑だけだった。

 お母様にはやはり敵わない、改めて思い知らされる。


「そうだな。ベルナール、お前のやっていることは法的には正しい。しかし娘の件は一言相談が欲しかった。この国の民の全員に幸せになる権利があるのだから……」

「公王……」


 感涙を流すベルナール。流石はお父様、流石は公王夫妻です、とこちらも胸がジーンとしてしまう。


「だから、憶測で無闇に人を中傷するべきでは無いぞ、サーガや」


 またもターゲットが此方に向いたのでその場の全員が私を見つめる。優しいお父様の声に頬が羞恥で紅くなったのが自分でも分かる。

 ここでお母様の溜息が聴こえてきた。恥ずかしさに言い訳だけでも試みることとする。


「……そ、そんな細かいこと今はどうでもいいでしょう? 変態のモートンなどと積極的に関わろうなどと思う性根がいけないと言っているのです!」


 もはや間違いだとしても今だけは認めるわけにはいかない。悲劇のヒロインに無様な過ちなど似合わない。


(えーい、こうなれば全員が敵だ。全員斬り伏せて黙らせてから考える!)


「ははは、ベルナール、お前も――」


 ここでワイズマンが楽しそうに語り出した。大変ムカつくので即時の反撃。


「――大の男が横から母娘の諍いに挟まるな、そうお母様に言われていなかったか? 小物は黙っていろ!」


 思わず言い過ぎたが口から出た言葉は戻らない。心なしか聖教騎士二人にも困惑が浮かんでいる気がした。


「……小娘……お前など――」

「――ワイズマン、人の娘を小娘呼ばわりするな。敬意を持って公女として扱え」

「ぐっ……」

「お母様……」


 お母様が一瞬で場を元に戻した。


(チャンス!)


「そうですよ! お父様もお母様も私が腕を折られ拷問を受けているのを何故放置なさったのですか?」

「っ!」

「サーガ……」


 恐ろしく重い沈黙が部屋を満たす。すると、ワイズマンがまたも楽しそうに語り始める。


「ははは、サーガ公女殿下も――」

「――小物は黙れ! 葬儀の場で雰囲気に耐えられず吹き出す不届な輩と変わらんぞ!」


 またもワイズマン局長に強く当たってしまう。側から見ても青筋が浮かび紅潮するのが分かる。


「小娘……我慢しておれば――」

「――小娘を止めろと先程言ったことも覚えられんのか? この痴れ者!」


 ここでお母様が王妃らしからぬ言葉遣いで攻撃。顔を見ると相当興奮しているらしい。ゆっくりと視線がこちらに移動している。私と視線が合うや否や深く息を吸い込む。こちらも息を呑んで嵐に耐える準備をする。

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