第三十六話
「そろそろ私の娘を小娘呼ばわりはやめてもらおう。それにサーガは思慮深く聡い。魔導封じがどんなものかは知っている」
公王が自らの娘である私を庇ってくれる。申し訳なさに今すぐ消え入りたい程の羞恥が襲う。しかし、それから逃げる術はない。四肢は動くとしても、この場から立ち去ればお父様とお母様に恥をかかせることになってしまう。
「ははは。散々骨身に染みているという訳ですな。ははは」
公王に対して弁解するフリをしながら更に匂わせて追い打ちをかけるワイズマン。未だ此方をチラチラ見ながらほくそ笑んでいる。
(何が楽しいのか……)
「
唐突に『あの女』という文脈に合わない言葉。もはや無理矢理にでも私を怒らせようとしている。心の中はアマリア様を侮辱された怒りで激情しそうになり、同時にこの小物の浅はかな
ただ俯いて時が過ぎるのを待つ、そんなフリを続ける。
「何を喋っている? 早く尋問を再開してくれ。私も王妃も暇では無いのだぞ」
ワイズマンが何を言おうと無視することは出来る。しかしお父様とお母様が何か口を開くと、その言葉に反応してしまう。
(忙しいのに……不出来な娘のせいで……こんな場所に……)
演技では無い悲しみが顔に出てしまう。すると、それを見たお母様が苛立っているのを感じてしまう。それは小さな時から最も恐れていること。
この世界の全ての少年少女達に『親の愛情を失う』こと以上の恐怖などあり得ない。
「ははは。この少女は尋問後の回復術中に暴れた為、両腕の肘から下、両足の膝から下が全く動きません」
「何と!」
(まだ伝えていなかったの?)
事前情報で娘の私が歩くことすらできない、と伝えていると思っていた。しかし、二人はこの場で両目を見開き驚愕しながら私を見つめている。
今は何とか歩ける程度には回復しているが、それは黙っておくことにした。その方がことを有利に運べると踏んだからだ。しかし、こんな両親の顔は見たくなかった。
「おおっ……サーガや……可哀想に……」
素直に憐憫の情を見せる公王に対して王妃は一瞬の動揺から回復すると目つきが更にキツくなった。
「あなたは……だから私の言うことだけを聞いていればこんなことには――」
「――お母様! すみません。いつもサーガが不出来なばかりに……恥を……かかせて……す、すみません」
涙が溢れる。視界が歪んでお母様の表情が良く見えない。
(お怒りよね。公女としての役目を果たせないですもの。でも、必ず回復してみせます。恥ばかりかかせません)
悲痛な決意に溢れる涙を隠そうとせず胸を張る。すると、お母様の消え入りそうな声が聞こえた。
「……どうして……あなたは……いつも自分だけが悪いと……」
「えっ……?」
真意を尋ねるか悩んでいるうちに嫌味な声が聞こえてきた。
「残念です。未来ある公女殿下が静かにしていれば良かったんですが……痛みに弱いんでしょうな。暴れてしまったので治療が上手くいきませんでした」
「なっ……お前が――」
これは事故ではない。自らの行為を正当化、とかそう言う問題じゃない。この男が私の手足の神経を切り裂いたのだ。睨みつけると此方の視線に気付いたのか、哀しそうな顔が含み笑いに変わった。
「――痛みと治療で錯乱していましたからなぁ……未だ混乱が続いているのかもしれません」
(つまり私が何を説明しても『混乱されています』で無かったことにされる訳だな)
怒りの中だがやり口の巧妙さに感心してしまう。腹立ち紛れに思いっきり逆の演技をすることにした。
「ワイズマン、その際は苦労をかけました。痛みはありません。もう心配無用です」
「……」
軽く舌打ちが聴こえたので、ほんの少しだけ溜飲が下がった。
「この後の処遇については此方で考える。さぁ、尋問を続けてくれ。終わったなら連れて帰るぞ」
お父様が急に私の手を握って摩り始めた。四肢が動かない演技をしているので反応したらおかしい。触られていることに気づかない演技をする。
「おぉ……このように細くなってしまって……可哀想に……」
優しく撫でられる自らの手の甲に親の愛情を感じる。
(お父様、すみません。サーガは嘘をついています。お父様の掌からは
ただ無表情にじっと顔を見つめるだけで涙が溢れそうになる。それを必死に堪えていると、お母様の瞳にも涙が溜まっていることに気づいた。
「これでは……これでは満足な結婚も出来ないでしょう……いっそこのままここで生きる方が――」
「――お前、
このやりとりに全身が一瞬痙攣する。最も恐れていた台詞。
『お前など嫌いだ』
『産まなければ良かった』
『何処かに早く行ってしまえ』
そのどの言葉も自らの醜悪な心が作り出した邪悪な紛い物だった。
(しかし今のはお母様から発せられた本物の言葉。まさか……そこまでお母様が私をお嫌いだとは思っていませんでした……わ)
震えるだけしかできない私。悲劇のヒロインとして泣き崩れるなら今しかないタイミング。
しかし、溢れ出る感情は全て怒りだった。
「サーガ? 今の言葉はあなたの考えている意味では――」
「――ならば、何故
激情に流されるしかない。もはや濁流に巻き込まれた笹舟のよう。激流に巻き込まれる間の刹那の時間だけでも、
「いつもいつも私にだけ厳しく――」
「――ならば
「はぁ?」
突然の反撃。この幕のヒロインは間違いなく私。お母様は責められて最後には喚き散らして泣くだけの敵役の筈。ヒロインの見せ場に反論など許されるわけがない。
これには心のたがも外れるというものだ。もはや覚悟を決めた。リミッターを外すこととする。
「……」
「……」
母娘の睨み合い、いや、
「いつもいつも突っ走って迷惑をかけて、何様のつもりですか!」
公女の立場を傘に着ていつもやりたい放題……は仕方ないじゃない! しかし少なくないダメージを負う。挫けず即応。
「あなたこそ母親という立場を使って私のやりたいことを邪魔してばかり! 私がどれだけ泣きながら道を掻き分けて進んでいるか知らないのでしょう!」
ここで王妃が半歩だけ後ろに下がった。私が悲しみの中で苦渋の選択をしていること、よもや知らなかったとは言わせない。更なる追撃を開始。
「あなたが狭めた人生の選択肢から……お父様とお母様に恥をかかせない選択をするしかなかった! あなたの娘はどんな気持ちで夢や希望を切り捨てていたかご存知ですか? えぇ?」
更に半歩後退させることに成功。しかし、お母様の真に悲しみに打ちひしがれる姿を見るのは初めてよ。
少しだけ辛くなり一瞬俯いてしまったので追撃が遅れた。
「あなたはいつも私に逆らってばかり。何故に私が必死に考えた選択肢の斜め上ばかりに進もうとするのか? 何故に逆らう――」
「――逆らいますよ。兄や妹とああも差別されれば――」
「――才覚をああも発揮されれば特別扱いもしたくなります!」
「えっ? 差別……?」
「えっ? 特別……?」
二人とも目をぱちくりして二の句を継げない。話が噛み合っているのか噛み合っていないのか分からなくなってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます