第二十六話
「えっ、良いんですか? ありがとうございます!」
笑顔が溢れる。可愛い女の子の喜ぶ様は同世代の同性でも見ていて嬉しくなるものよ。
「嬉しい。私、貴女のお母様に助けられたのよ!」
「えっ?」
少し自慢げに微笑んでいる。
「結局、私は扱いに困った文官に街の遊郭へ売られようとしていたの。そこを引き取ってくださったのが王妃様なのよ」
「まぁ!」
(流石はお母様。まずはその慈愛に満ちた行いを誇りに思います!)
今は両手を胸で組んで祈るように上を向いている。可愛らしい人。盲目という不幸を背負っていても、幸せを見つけられる人なのね。
「本当に感謝しても――」
「――では、あなたが私に紅茶を飲ませなさい。そうねぇ、スコーンも少し食べたいわ」
「えっ、あの……私が飲ませるんですか?」
だから、少しだけ意地悪したくなってしまう……じゃないわ。これも大事な訓練よ。
ハリエッタは眉間に一瞬皺を作って困惑した後で、紅茶と私の顔へ交互に視線をやっていた。すると、覚悟ができたのか小さく頷いた。
「は、はい。それでは不詳ハリエッタがサーガ様のお口に紅茶を運ばせていただきます!」
「んふ、よろしくね」
あたふた困るのを見て喜ぶ性癖は無いけど面白いモノは面白い。思わずニヤケながら見つめてしまう。
(んふふ、カップに顔を近づけたり私の顔に近づいてきたり、色々と大変そう。さぁさぁ試験に合格してね……って、あれ?)
カタカタと揺れるソーサーとカップには熱々の紅茶。それを持って四肢の動かない私に近づけてくるのは盲目の少女。
(えっ? この状況、サーカスの演目か何かなの?)
真剣な面持ちに今更やめてとも言えない雰囲気。急に冷や汗が額に滲む。ベッドの横に
「熱っ! ハリエッタ、そこで止めて!」
「えっ……あっ、はいっ!」
少しだけ唇を尖らせて紅茶を啜る。甘くて美味しい。
「ふぅ……落ち着いたわ。紅茶入れるの上手いのね」
「良かった。砂糖にも
嬉しそうに喋るとティーカップがフラフラと揺れている。また熱々のティーカップが唇に触れた。
「あ熱、熱いって! 自分で啜るから動かさないでね。流し込まれたら大火傷よ」
「あっ! すみません!」
おっかなびっくりだけどティーカップを安定させてくれた。部屋の中から紅茶を啜る音以外が無くなり静寂に包まれる。
というより熱い紅茶で火傷しないよう集中しているだけだ。ハリエッタも同じらしく、ティーカップの角度だけに集中している。
「では、侍従よ。サーガの世話は任せた。何かあれば連絡をよこしなさい」
いつの間にかベルナールは部屋の扉の前に居た。少し慌てるハリエッタ。
「は、はい、畏まりました」
「何かあればハリエッタを通して私に伝えなさい。法律の講義は朝食後から昼食迄の半日で良かろう」
「はい。ご苦労様です」
一応は家庭教師兼、保護責任者だ。愛想良く振る舞っておくことにする。ベルナールは軽く頷くと、そそくさと部屋から出ていってしまった。
「「ふぅ……」」
何となく、家庭教師の居なくなった自室の雰囲気を思い出す。二人してほっとため息をすると、思わず顔を見合わせた。私は吹き出し、ハリエッタは少し恐縮したようだった。
「では、これから半年の間、よろしくお願いします」
厳かに頭を下げるハリエッタ。礼儀は大事。
「そうね。これだけ美味しい紅茶が毎日飲めるなら、ここの生活にも耐えられそうよ」
できる限り楽しそうな声色で返事をしてあげると、嬉しそうに微笑んでくれた。
「飲み方には工夫のしがいがあるわね。ハリエッタの持つカップ、プルプル震えてたから怖かったわ」
ツンと上を向いて冗談っぽく言うとハリエッタは笑ってくれた。
「んふふ、では明日から哺乳瓶を用意しておきますね」
悪戯っぽく微笑んでいる。同じ年頃の娘、気を張らなくても襲われないと言うのは嬉しい。
「やめてよね。私、赤ちゃんじゃないわ」
「そうですよね。赤ちゃんは紅茶飲まないですものね」
どうやら口は私より達者かもしれない。少し辟易していると、ティーカップをトレイに置いてスコーンを手に持ってニヤニヤしている。
「はい、サーガちゃん、スコーンはどうですか?」
「だから赤ちゃんじゃないわよ!」
強めの口調で言ってもあまり気にしていない。私が妹にイタズラする時みたいな顔でスコーンを口に近づけてくる。
「あらあら今日は怒りん坊ですねー。ほーら、お腹いっぱいになってお眠しましょうねー」
こちらを無視してスコーンをニヤニヤしながら唇に押し付けてくる。甘い香りが鼻腔をくすぐる。文句を言う為に口を開いたら三分の一くらいが口に入り込んだ。あら、美味しいスコーンね。
それはそれで置いといて、文句を言う為に噛み切って顔を捩る。
「むぐぐ……こら、スコーンを口に放り込むな」
「あらあら、お腹いっぱいでちゅか〜」
楽しそうな顔に少しだけ苛立ったので、ハリエッタの細い指ごと口に入れてスコーンを奪い取り豪快に咀嚼してやった。
「むぐむぐ……はい、美味しいスコーンね……」
「あら、はい。お粗末様でした……」
ハリエッタも指ごと咥えられるとは思っていまい。何となく引き分けな雰囲気があった。二人して澄まし顔をしていたが、徐々に楽しい気分を抑えられなくなった。
「……ぷっ! あははは、指ごと食べたの初めてよ!」
「……ふふふ。あー、可笑しい。こっちだって指ごと食べられたことなんてないわよ。んふふ、お粗末様でした」
同世代の同性と話をするのも一ヶ月ぶりだ。夜を明かしても話題は尽きないだろう。しかし、疲れがどっと出てきた、寝ているのに眩暈がする。
「さて、そろそろ体力の限界よ。このまま眠らせてもらうわ」
「……」
何故か返事をしないハリエッタ。
「ん? どうしたの?」
「あのー……良いですか?」
何か言いづらいことがあるらしい。しかし、どうせ二人だけなのだから、何でも伝えてほしい。
「何でも良いわ。何を言われても怒らないから」
「……本当ですか?」
しつこい。少し不安になるが、もう少し真剣に伝えてみる。
「オリオール家の長女としてハリエッタ、貴女の次の言葉では絶対に怒りません。これを誓います」
ここまで言うと、やっと心を決めてくれたのか、力強く頷いた。顔を真っ直ぐこちらに向けてくれた。
「サーガ様、臭いです」
「えっ?」
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