第二十一話

◇◇◇



 気付くといつもの粗末なベッドに寝かされていた。部屋の外からベルナールの若干慌てる声が聴こえたので、そんなに長い間気を失っていたわけではなさそうだ。安堵のため息を一度吐くと寝返りを打とうと力を入れる。しかし、何故か手首と足首をベルトのようなもので縛り付けてある。

 その事実に気づいた瞬間、冷や汗が流れる。


「ベ、ベルナール! もう拘束しなくて良いわよ!」


 返事は無かったが、少し遅れて扉が開いた。


「ベルナール、私はもう落ち着いて……お前か」

「お久しぶりです。公女殿下」

「ワイズマン局長……だったな」


 嫌な予感だけが残る嫌味な笑顔。


「早速で悪いが、この拘束を外してくれないか? 暴れることもないと思うし……」

「いえいえ、少し今から尋問したい事がありまして」

「はぁ?」


 ここで聖教騎士団が三人ほど部屋に入ってきた。ワイズマンは私の顔の横に。寝ている私の右側、左側、足先に位置を取る三人。不審極まりない。


「私への尋問は聖教律の第二条第四項に従い全日程を終えている。これ以上の尋問は法から外れている!」

「公女殿下、尋問中に関わらず勉学に励んでいたという噂、本当だったんですね。いやぁ、全く感心な――」

「――ワイズマン局長、は要らないので拘束を外して欲しい」


 喋るのはやめたがニヤニヤ笑顔変わらず。


「それはこの尋問が終わったら――」

「――いい大人が法も守れないのか? 追加の尋問行為は許されていない。追加の容疑があればそれなりの手続きを――」

「――小煩い……」


 この状況に神経が昂って口調が強くなる。しかし、それを遮る小声の悪態。


「えっ、今、何と……?」


 ちょっとした煽りに苛立ちを隠せないらしい。


(これは悪い兆候だ……このパターンは良くないぞ)


 ニコニコの小太りのオッサンが可憐な美少女の前で徐々に苛立ってくるなんて、今度のシチュエーションは陵辱モノの導入部そっくりだ。両親に隠れて怪しげなポルノ小説なんて読むんじゃ無かった、と後悔するけどもう遅い。

 どうにか状況を打破しないと。


「あー、ベルナールが来るまで――」

「――やれ」

「えっ?」


 両手で胸を守るイメージだったが、もちろん拘束ベルトに邪魔されて何もできない。

 すると、両手に鋭い痛みが走った。


「ぎゃっ! 何を、痛いっ!」


 鋭い刃物で切り付けられたような痛み。顔を上げると私の両手にナイフか何かで切りつける聖教騎士が見えた。


「何を目的でこんな、痛い! 痛い、やめて!」

「小煩い小娘には、まず躾をせんとな」


 ワイズマンに向き直すと大層愉快そうにこちらを眺めていた。


「ほれ、手を止めるな。もっと深くまで刺さねば――」

「――何を言って……ぎゃーー! 痛い痛い痛い、やめてーーー!」


 明らかに今までと違う。終わりが見えない。涙が溢れ出てきてワイズマンのニヤケ顔すら見えなくなってくる。


「やめて……痛い……やめ……」


 手の甲や指に感じるあまりに熱くあまりに深い痛み。その痛みに意識を失う直前、急速に痛みが引いていった。


「……えっ? 何?」

「ははは、教会の回復術式は如何かな?」


 顔を上げて確認すると、ナイフを持つ逆の手をかざしている。術式の影響なのか仄かに光が見える。


「な……何が目的なんだ……?」


 祝福の光と血の滴るナイフを呆然と見ながら呟くと、ワイズマンがクスクスと笑い出した。


「いえ、噂の公女殿下もまだまだ子供。どうですか? 聖教騎士団に加入しませんか? 加入すれば半年間の幽閉も免除されますよ?」


 突然に馴れ馴れしい口調で勧誘し始めた。しかし……回復してくれたことだけでキモいオッサンが七割り増しでイケおじに見える。


「罪人に罰を与える聖職です。断る理由はないでしょう? ほら、喋れないなら首を縦に振るだけでも良い。寝たままの体勢でも不敬に問わず許してあげましょう」


 首を数回振って正気に戻ると、いつもの吐き気がするほどの嫌味な顔に戻ってきた。


(よし。まだ私は冷静よ)


「ふざけるな。法に背いての狼藉、許さんぞ! 何が聖職だ。何が罪人か! たかが幽閉、たかが尋問。その程度で偽の罪を認めて懇願するとでも思ったか。三流のオスが勘違いするな!」


 調子に乗って酷い言葉遣い。でも、溜飲は下がったのでヨシとする……と思ったが目の前の男の怒りは限界っぽい。これは……ダメかもしれないわね。


「やはり下品なメスには躾が必要だな……もはや首を縦に振る程度では許さん。心から屈服させてくれるわ!」

「いえ、あなた方の行為は――」

「――やれ。手加減抜きだ」


 その瞬間、身体の全身が痙攣し、全ての神経がおかしくなったように悲鳴のような激痛が溢れ出した。


「ぎゃーー! 痛い痛い、何をする! うがぁ、痛い、やめて、やめて!」


 顔を上げて自らの手足の惨状を見てしまった。ナイフは深く刺さり、乱雑に前後に動かされていた。しかも、斬った側から回復させるので、麻痺してしまうようなこともなく鮮烈な痛みが連続して続いていた。


「うはは、どうだ小娘。叫び声を上げるのははしたないとは思わんのか? 小汚いメスの悲鳴には情緒もないのう……あはは」

「や、やめて、やめてーー!」


 地獄のような時間。爪を剥がされ指先に刃を入れられて、手足の指を切り落とされる。それを瞬時に回復してまた繰り返す。所々で完全に回復させられるので気絶もできない。


「さぁ、手足の先で遊んでいるうちに懇願した方が良いぞ! ほれほれ、お前達、手加減はするなと言ったろ。股でも腹でも顔でも構わん。もっと苦痛を与えよ。生きているのを後悔するほどの痛みを与えるのだ!」


 頭の中では『生命の危機』と言う名の鐘が鳴り響く。どうせ死ぬなら、と炎の魔導で反撃する為に魔力を指先に集める……が集まらない。

 と同様に精霊を感じられなかった。


「や、やはり無理なの……か?」

「魔導など使えるわけあるまい。小娘は頭が悪いのか何度も同じことをする。ははは、さぁ、遠慮するな!」


 その瞬間、ドレスごとお腹が横一線に裂かれたのが分かった。恐ろしいことに身体の内側で直接外気を感じる。


「あぁっ! ぎゃーー! 何をする、やめて……やめ……」


 血の気が一気に引いて瞬時に気絶しそうになる。しかし聖教騎士に内臓を引き摺り出されると痛みが上回った。自らの目に映る自分のはらわた。気絶できないほどの苦痛が襲う。

 徐々に痛みを感じなくなり、意識を失う直前に、それを乱暴に腹の中に詰め込まれたのを感じた。

 すると、痛みが急激に引いていく。お腹の上で光り輝く奇跡の真光まひかり。教会の回復術の凄まじさは恐ろしいほどで、明確な死を感じた身体は完全に復活していた。

 目まぐるしく変わる痛みと恐怖と回復の悦楽。身体中の神経が焼き切れそうだった。

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