第十二話
◇◇◇
「あの子はそんなに器用ではありません!」
ドアノブを回す直前だったがお母様のイライラした声が聞こえてきた。ピタリと足が止まる。
(あぁ、お母様は、こんな面倒ごとを引き起こした私に呆れていらっしゃる……)
不安を消してしまうほどの悲しみがサーガの胸を締め付ける。それでも諦めない。息を多めに吸い込み鼻から勢いよく出す。
「負けるなサーガ」
小声で呟くと丁寧にドアを開けた。
「入ります」
「おぉ、サーガ、無事だったか?」
お父様の優しい声。反対にお母様は目を瞑って横を向いている。想像通りの光景に胸が苦しくなる。
「ただいま戻りました……」
その瞬間、お母様と目が合ったが、またすぐに横を向いてしまった。
(やはり……お母様は私のことがお嫌いなのですね)
諦めていたとしても諦めきれないもの、それは親の愛情だと思う。それを振り切る為に国外への出奔を決意したのだ。
それもまた、叶わなかった。
憧れの人の死と共に諦めざる得なかった。
(挫けるな、サーガ。お前のしなければいけないことは、あのクソ野郎を追い詰めてアマリア様の
涙も拭かずに顔をぐっと上げた。今回の事件の核心を伝える。それが私の使命。
口を開こうとした瞬間、何故か両親の心配と、周りの期待に満ち溢れる空気を感じた。あまりの不穏さに口を噤んでいると、お母様がため息を吐いて失望したような顔を覗かせた。
(そうよ、何を怖気付く。さぁ語りなさい、サーガ!)
「ミクトーランと名乗る男に殺されそうになりました。そして、私を護って閃光騎士団の筆頭騎士、アマリア様は殺されました」
そう告げた瞬間、何故かお母様から更なる失望の色が見えた。
「あなたは本当に私の想いと逆のことばかり……」
小声で呟くお母様の声があまりに悲しく聞こえる。
いや、もはやどう思われても構わない。私のやるべきことは、この事実を伝えること。決意を新たにお母様の顔を覗くと、ふと、とても悲しそうな瞳の色が見えた。
今にも泣き出しそうな表情はすぐに横を向いて隠れてしまったが、初めて見る表情に私は驚いていた。
「いま、『ミクトーラン』としっかりと口に出しましたね? 皆さん、お聞きしましたね?」
そんな感情を吹き飛ばすような楽しそうな大声で叫ぶ男。司法局の局長と自己紹介されていた。あまり好きなタイプでは無い。飄々として、何を考えているか分からない。
「はい。アマリア様の
「――やめなさい!」
そこにお父様の怒声が響く。今まで聞いたことがないほどの怒り、無念さすら感じる声だ。
「お、お父様……何故――」
「――サーガ、良いから黙っていなさい!」
有無を言わせぬ口調にただ悲しくなる。瞳に涙を溜めて無言で大人達を睨みつける。そこに感じられた空気は深い悲しみだった。
「さぁ、尋問官を呼ぼう!」
そして、場の空気に全くそぐわない楽しそうな局長。ニコニコとこちらを見つめてくるので気色悪い。
「失礼します……」
部屋の外から声が聞こえてくると、手を打ち鳴らして喜ぶ局長。
「さぁさぁ入りなさい。尋問官ベルナール、仕事だぞ」
「はっ、ただいま……」
すると如何にも法律家といった風体の優男が入ってきた。何が始まるのかと呆然としていると、騎士の一人に後ろから羽交い締めにされた。
「何をする! 無礼であろう」
叫びながら体を捩るが背中の騎士を振り払うことができない。この異常な光景を黙って眺めているお父様とお母様。涙が溢れてくる。
「何故……お父様、お母様、助けてください!」
「助けられん……」
初めてまともにお父様と目が合った。悲しそうな顔、見たこともないほどに悲痛な顔をしていた。そこで初めて何か途轍もなく悪い状況に陥っていることに気づいた。
「何故!」
「法律なのだ。国を納める者として法に逆らうわけにはいかない……」
横を向いて震えているお母様。
それを見た局長が畏まった顔で呟く。
「王妃よ。ここからは貴女が目にするには凄惨すぎるでしょう。立ち会いは王一人で問題ありませんから」
すると、お母様は目も合わせずに急足で部屋を出ていった。
「お母様……」
呆然と見送っていると、木の枠組みのようなものを私の右手に嵌め始めた。
「何を……するっ!」
思いっきり力を入れて振り解こうとするが全く振り解けない。無理矢理に右手の肘から手首迄を木枠で覆われてしまった。そのまま無表情に右手を木枠ごとテーブルに固定すると、無理矢理椅子に座らされた。
「これより聖教律、第十二条に従い被疑者の尋問を開始する」
「どういうつもり? これではまるで犯罪者よ!」
反論しながら腕を動かしてみるが一切動かない。こちらの問いかけには尋問官と呼ばれた男も白い騎士達も何も反応しない。
突然に途轍もない恐怖を感じ身震いする。
「やめてください! 何をするんですか」
尋問官が目の前に椅子を持ってくると、座りながら問いかけ始めた。
「被疑者サーガ・オリオール。お前は『ミクトーラン卿』に操られているか?」
「……はぁ?」
思わず声が上がる。
意味をすぐに理解できないほどにズレた質問。私を殺そうとした男。アマリア様を殺した男。アマリア様が命を懸けて守ってくれた私が
「侮辱するな! 操られているわけあるまい」
私の怒りの返答を聞いても尋問官と呼ばれた男は気にした様子もない。何かをノートに記すとパタンと閉じてから視線を真っ直ぐ向けてきた。
「被疑者への一回目の審問。回答は否定。よって威力行使に移る」
尋問官は淡々と私の腕に取り付けられた木枠のレバーを前後に動かし始めた。カチカチと歯車の回る音がする。
「な、何を……痛い!」
木枠が徐々に折れ曲がると前腕部の骨が軋み始める。
「痛い痛い! 何をする!」
しかし尋問官と呼ばれた男のレバー操作は止まらない。歯車の鳴る音だけが響いていた。
ふとサーガはこの異常な状況の意味に気付いた。
(この人は私の腕を折ろうとしている?)
信じられなかった。何が目的でそんな非道なことをできるのか。恐怖に全身が震える。どうにか逃げようと身体を精一杯捩るが騎士達は私の身体を一分の隙もなく押さえつけている。
慌てて部屋を見回す。そこには困惑した顔をするお父様の顔が見えた。
「助けて、助けてお父様!」
叫ぶが更に悲痛な顔になるだけで止めようとしない。何を叫んでも、誰を見ても、この行為を止めようとする者は居なかった。
「痛い、折れる、痛い、痛いっ……お母様!」
無意識に部屋から居なくなったお母様に助けを求めるが、扉が開いて駆けつけてくれるという奇跡的な光景を見ることはできない。
その時、遂に私の腕の骨は限界を迎え大きな音を立てて手首と肘の間で折れ曲がってしまった。
「あぁっ!」
目の前に盛大な火花が瞬くと、吐き気と共に暗闇が降りてきた。冷や汗が噴き出るのを一瞬だけ感じたが、同時に力が抜けて意識を失ってしまった。
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