第30話 過去最大にやばいらしい

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 エルド達がいつもどおりの日常を送っている中、リノイ村の入口には何年ぶりともわからない来客が訪れていた。

 

 厳密に言えば、顔見知りの来客は毎月毎月訪れている。 魔王軍現代理魔王ウィルバード。

 

 彼とは五年前に交渉をしており、魔族領の特産品であるコーヒーと、ディアナの牧場で取れた乳製品を交換し、交易をしている。 そのついでではないが、毎月毎月リノイ村に来るたび危険人物であるエルドの経過観察をしているのだ。

 

 ついでに双子が元気でやってるかも見に来てくれている。 意外と面倒見がいいと言うかなんというか、魔王軍のトップのくせにマメな男なのである。

 

 そういった顔見知りの来客を除くと、初めて目にする来客というのは実に二年ぶりと言ってもいいだろう。

 

 門番のキースは、改めて来客してきた面々の顔を見て、暇つぶしのために読んでいた新聞をひらりと落としながら硬直した。

 

 目を見開き、しゃがれたカラスの鳴き声のような動揺の呻きを上げている。

 

「うぇ、マジかよ……」

 

「どうされたのですか? 新聞を落としましたよ?」

 

 硬直するキースに首を傾げながらも、落ちていた新聞を拾ったのは、リノイ村へ訪れていた金髪碧眼の若者。

 

 その姿かたちは、今現在キースが落としていた新聞に記載されている写真と全く同じ容姿をしていた。

 

「そら言ったことか。 騒ぎになるかもしれねーから念の為変装しろって言っただろう?」

 

「そうかな、こんな辺境の村にまで、僕達の活躍が届いているとは思わないからね」

 

「なにを仰るのですユージーン様。 あなたはこの国、セオドリク帝国が誇る至宝、勇者なのですから。 現にその方が落としたそちらの新聞、あなたの最近の行動が一面に載っているではありませんか」

 

 純白の法衣を纏った背の低い女性に、渡そうとしていた新聞を指さされ、ユージーンと呼ばれた金髪碧眼の若者は視線を落とす。

 

「勇者一行、新たな仲間を求めてアシュタラの街へ来訪。 後方から援護ができる凄腕のサポーターを募集しているもよう……なるほど、新聞社は情報が早くて困るね」

 

 爽やかな笑みを浮かべながら、固まっているキースに視線を戻すユージーン。

 

「はじめまして、僕はユージーン・フレッチャー。 この国が誇る、聖騎士団特殊行動部隊の団長を務めている。 まあ、俗に言う勇者という者です」

 

 この国最強と謳われている勇者一行が、リノイ村に足を踏み入れてしまったのだ。

 

 わざわざ記載するまでもないが、キースは困惑している。

 

(なんで勇者様御一行がこの村に? 五年前魔王が失踪した事を今頃調査しに来たのか?)

 

 魔王失踪からすでに五年の月日が流れている。 魔王が不在になった魔王軍相手に、未だ人類の戦線は優位を保つことができず。

 

 むしろ力でゴリ押しスタイルだった今までの魔王軍と違い、現在の魔王軍は狡猾に戦略を構築するスタイルへと変わった。

 

 緻密な計略で戦線を翻弄された当時の人類軍では、逆に危機に立たされたことも多くない。 それに、魔王失踪後は最高権力者と思われる代理魔王が指揮を取っているらしいが、先代魔王と違いやつは最前線に現れない。

 

 先代魔王の頃は魔王が最前線に来れば、聖騎士団特殊行動部隊を出して足止めすればどうにかなったのだが、現代理魔王が指揮する戦場では、力のある魔王軍幹部が人類の構築した陣形の中から弱点をつけるよう、いやらしく配置されている。

 

 先代魔王と現代理魔王の戦術は全くの別物なのだ。

 

 逆に言ってしまえば、先代魔王との戦いの際は聖騎士団特殊行動部隊は最前線に残り続けなければよかったのだが、現代理魔王との戦いでは、バランスよく戦線を敷かなければならない。

 

 それはつまり、聖騎士団特殊行動部隊にも休暇という休みを設けることができるようになったと言うわけである。

 

(前線に貼り付いてなくても良くなったから、魔王失踪の秘密を探りに来たのか?)

 

 キースの脳内では、ありとあらゆる可能性が錯綜する。 この男、意外にも判断力が高いできる男なのである。

 

「これはこれは失礼を。 まさか勇者様達がこのような辺境の村にいらっしゃるとは思ってもおらず、歓迎するための体勢が整っていません。 どうかご容赦を」

 

「別に構いませんよ? 僕達は歓迎されるためにこの村に来たわけではないですから」

 

 礼儀正しくお辞儀をしてくるユージーンに、キースは意外と話が通じそうな若者だと一安心する。

 

「寛大なお心遣い、恐悦至極でございます」

 

「そうかしこまらないで下さい。 僕のような若輩者は、貴方がた年長者から教えを乞う立場なのですから」

 

 謙虚で礼儀正しく、その上物腰柔らか。 しかも、なにを隠そうこの男……

 

(何だこの煌めきマックスな爽やかスマイルは! 男の俺でも惚れちまいそうだぜ!)

 

 超絶なイケメンなのである。 キースはうっとりしていた。

 

「ところで門番さん。 僕達がこの村に来た理由は他でもありません」

 

 頬を紅潮させているキースから視線をそらし、ユージーンは村の様子をなめるように伺う。

 

「僕達は新たな仲間を招き入れるためにこの村へとやってきました」

 

 その一言を聞き、一瞬にして青ざめるキース。

 

 背中を嫌に冷たい汗が伝い、一瞬にして緊張の糸を張り詰めさせる。

 

 ぶっちゃけた話、キースやウェインなどの、勘が鋭い村人たちはこの状況を危惧していた。

 

 なぜなら、五年前失踪したと噂されている元金ランク魔物狩人マーセナリーラヴィニアは、勇者一行からスカウトを受けているほどの実力者。 二年前のアシュタラの街騒動でもラヴィニアは発見されており、情報が漏れていてもおかしくはない。

 

 だが、それはあくまで可能性の話。 本命はおそらくそのアシュタラの街で語り継がれている伝説の方であろう。

 

「この村には、エルド君という少年がいるという噂を聞いたのですが? どうでしょうか?」

 

 狩人のような鋭い視線を向けられるキース。 全身から不自然なほど多量の冷や汗がこぼれ、身動きが取れなくなる。

 

(時間がある時はラヴィニア嬢に鍛えてもらってたから、おいらも少しは強くなった気でいたが……)

 

 ゴクリと喉を鳴らし、ユージーンから向けられている鋭い視線を感じてキースは直感する。

 

(こいつぁーマジでヤバイ。 人類で理解できる強さの次元をとうに超えてやがる!)

 

 首元に剣を突きつけられているような緊張感を感じながらも、キースは震える喉を揺らした。

 

「うちの村には、そんなガキはいませんぜ」

 

 わずかに震えながらも、否定した。 エルドを守るため、この村の人々は誰でもこう答えていたことだろう。

 

 門番であるキースは、たまたま尋ねられやすい立場にいたと言うだけだ。

 

 キースの答えを聞いたユージーンは、残念そうにため息を付きながら、視線を村へと戻す。

 

「そうですか、それは残念ですね」

 

 次の瞬間、キースは違和感を覚えた。

 

(右腕が……熱い?)

 

 右腕から感じた違和感に戸惑いながら、ちらりと視線を移動させると……

 

「う、うわあぁぁぁぁぁ!」

 

 右腕が遥か彼方へと飛んでいる光景が目の当たりになり、脳がそれを理解したと同時に、おびただしい量の血が噴射される。

 

「僕はセオドリク帝国を代表する聖騎士団特殊行動部隊の団長だ。 それはつまり、王命を受け、魔王を倒すために最善の行動をする許可が出されているということ」

 

 キースは尻餅をつきながら、慌てて出血部位を圧迫し、止血を試みる。 しかしユージーンは、そんなキースの姿へ憐れむような視線を送りながら、いつの間にか抜いていた聖剣ユースティアをキースの首筋に添えた。

 

「もう一度聞きますよ門番さん。 今度こそ嘘は無しだ。 なんせ、あなたのくだらない嘘が通用するのは、手足の数と同じ四回までしか許されないのですから」

 

 慈悲も何も無い冷徹な瞳で見下されたキースは、総毛立って後ずさる。

 

 しかし、そんなキースへ問答無用に問いかけるユージーン。

 

「念の為言っておきますが、僕へ虚偽の報告をするというのは、それすなわち魔王軍への助力と同義。 人類への裏切り行為です。 それを踏まえたうえでもう一度問いましょう」

 

 バタバタ足を暴れさせながら後ずさっていくキースへ、ゆっくりとした歩調で、それでいて確実に歩み寄っていくユージーン。

 

「いるはずですよね? この村に。 エルドという名の少年が?」

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