第28話 いざアシュタラの街へ〜其の四〜
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「さあさあアシュタラの街に住む民達よ! これよりこの街には救世主様が救いの手を差し伸べるであろーう!」
「まだ歩ける人はー、ちゅーおー広場しゅーごー!」
どこから持ち出したのか、ディアナとラヴィニアはメガホン片手に街を歩き回っている。 そんな彼女の言葉に、病で床についていた住民たちはなにが起きたのかと窓や扉の隙間から顔をのぞかせている。
「どこの街のもんだあいつら?」
「熱で気分が悪いってのに、近所迷惑な人たちだね」
「どうせどっかの行儀悪い
突拍子もない呼びかけに、街の人達は顔をしかめていたのだが……
「おーいみんなー! このお二方が言っていることは事実だぞ! 俺も救世主様に病を治してもらったんだ!」
「エルド君はねーすっごい優しいし、すっごく頭がいいんだよー!」
ディアナ達が起こした騒ぎを聞きつけ、すでに病を完治させていたセレスト一家が二人の呼びかけに呼応する。
「あれは、発明家のサミュエルか?」
「二週間前くらいに病に伏せたって聞いていたが?」
「もしかして本当に完治したのか?」
実際に病から回復したセレストの父、サミュエルの姿を見た街人達は目の色を変える。
その様子をちらりと確認したディアナは、小さく頷きもう一度メガホンを口元に寄せる。
「まだ動ける人は中央広場へ! 動けない人がいる家庭は、後で回りますのでそのまま安静に!」
ディアナの呼びかけを聞いた街人達は、わらわらと家の中から姿を表し、すがるような思いで街の中央に足を向けていた。
中には病が進行し、手足の先が動かなくなっている人や、真っすぐ歩けないため建物に体を寄りかからせながらもつらそうに歩く人々もいる。 病が治る可能性が砂粒程度の確率だったとしても、街人達はその可能性に人生を掛ける思いだった。
それほどまでにこの街は追い込まれていたのだ。
瞬く間に中央広場には感染者が集まり、その中央広場の中心に木箱を積んでステージを作り上げるディアナ達。
騒ぎを聞きつけたエルドが中央広場へやってきたのは、ちょうどディアナが木箱で作った簡易ステージを完成させたときだった。
「エルド様! お待ちしておりました! 街の清掃が終わったと予測し、感染者を一箇所に集めておきましたよ!」
「おーおー、病が進行してる連中はまじでヤバそうだね。 体の硬直が指先から始まって、あれが体の芯まで進んじゃうともう助からないタイプのやつかな?」
ステージの上で、瞳に生命力を集中させていたラヴィニアが集まった人々の様子をうかがう。
ウイルスが全身を蝕み始めている人もいれば、軽い発熱で済んでいる人もいる。
「エルド様、セレストさんの両親に伺ったところ、幸いにもまだ死傷者は出ていません! 一刻も早い施術が必要になるかと思います!」
施術とは言っても、エルドの場合は感染者のウイルスが生命力の力で視認できるため、ウイルスがどこまで侵食しているかを目視すれば即座に施術は終了するだろう。
体内に入ったウイルスを転移させてしまえばほとんど完治する病だ。 病が進行してしまっている人の場合、神経や筋肉に後遺症が残る可能性は否めないが、少なくとも延命させる程度のことはできるだろう。
仕事が早いディアナの行動に舌を巻きつつも、エルドは苦笑いしながらステージに登壇する。
すると、ステージに上ったエルドへ感染者達の視線が集中した。
中には疑い半分でやってきた感染者もいるため、まだ子どもにしか見えないエルドを見てやはり冷やかしだったかと毒を吐くものもいれば、この病から開放されると信じてすでに涙するものもいる。
様々な声が上がる中央広場の真ん中で、エルドは真剣な表情で集まった人々の様子を確認し、
「思ったより動ける人が多くてよかったよ」
ボソリと一言呟いた。
そして数瞬の沈黙を挟み、ステージ下から感染者達が近づかないようボディーガードのような佇まいで仁王立ちしていたディアナへ、エルドは優しい笑顔を向ける。
「ディアナお姉ちゃんがみんなを集めてくれたおかげで、この流行病はすぐに収まりそうかな」
「って事は、すでにこの場に集まった感染者達は……」
「もちろん、全員完治したよ」
二人の会話を近くで聞いていた街人達は、なにをバカなことをと言わんばかりに鼻を鳴らす。 しかし、広場のそこかしこから驚きの声が上がり始める。
「嘘だろ? 昨日まで動かなかった足が動くようになったぞ!」
「なにかしら? 熱がもう引いてしまっているわ! 吐き気も全く感じない!」
「治った、治ったぞ! 腕が普通に動かせるぞ!」
すでに体調が改善したと実感できた感染者達が、涙を流しながら動くようになった手足を掲げ、熱や吐き気に苦しんでいた人たちは明るい表情で登壇したエルドを見上げる。
「そう言えば、ゴミの臭いが無くなってないか?」
「ゴミだらけだった裏路地がキレイになっているわ!」
「おい見てみろ! ゴミ捨て場に大量のゴミが積み重なっているぞ!」
異変に気づいた街人達は、今まさに起きた軌跡を目の当たりにし、涙を流しながら声を上げていく。
次第に、エルドを怪しんでいた感染者達も自らを蝕んでいた病の苦痛が消え去っていることに気がついていき、信じがたい状況を前に目をまんまるに見開いていた。
小さかった歓喜の声は、瞬く間に街全体を揺らすほどの大歓声へと変わっていく。
「奇跡だ! 奇跡が起きたんだ!」
「あの小さな子が、俺達を救ってくれたのか!」
「救世主様だ、この街に救世主様が光臨なされたんだ!」
両手を高々と上げ、誰からともなく万歳合唱を始めるアシュタラの人々。
「バンザーイ! バンザーイ!」
「有難うございます救世主様!」
「この街を救ってくださった救世主様に、最大限の感謝を!」
街の人々は息を合わせたように、喜び涙を垂れ流しながら両手を掲げる。
「救世主様バンザーイ! 救世主様バンザーイ!」
エルドはその様子を前に、なんと答えればいいのか分からず、とりあえず手を振っておいた。
すると、手を振った方角にいた街の人々がさらなる歓声を上げる。
「いま、わたしに向かって手を振ってくださったわ!」
「救世主様がこちらに手を振ってくださった! 俺は今、救世主様から加護をもらったんじゃないか!」
「大変だ! 救世主様に手を振ってもらったと勘違いした娘が気絶したぞ! 担架もってこい!」
騒ぎがピークに達してしまい、さすがのエルドもあわあわしてしまう。
頃合いを見たディアナは満を持してステージへと上がっていき、エルドの隣に並んで貫禄のある表情のまま大観衆を総覧する。
「静まれぇぇぇぇぇい! これより、救世主エルド様のありがたいお言葉がある。 心して聞くがいい!」
なんでだか知らないがものすごく声が通っているディアナに若干引き気味のエルドだが、先程までお祭り騒ぎをしていたアシュタラの元感染者たちは、キラキラした目でエルドの言葉を待っている。
生まれてこの方こんな大観衆に見られたこと無いエルドは緊張してしまった。
「あの、その、えーっと。 皆さん、ままままだ動けない患者さんもいると思いますので、ででできればお静きゃに。 こっ、これから動けない患者さんの下を回りますので、えーっとえーっと、案内していただけると嬉しいでしゅ」
そりゃー初めて大観衆に見られてる中でスピーチをすれば、誰でも噛むだろう。 それも、全員が全員エルドに対してキラキラと眩しいほどに煌めいた瞳を向けているのだ。
プレッシャーが半端ない。 しかしながら、恥ずかしがっているエルドは年相応の姿をしていたようで……
「エルちゃん噛んじゃったのかー、きゃわわー!」
「救世主様が噛んでしまわれたわ!」
「噛んでしまっても愛くるしい!」
「緊張して震えている姿もかわいい、可愛いよ救世主様ぁぁぁぁぁ!」
黄色い声援がこだましていき、お姉さん世代の元感染者たちはラヴィニア顔負けの勢いで体をクネクネさせ始めてしまった。
「静まれぇぇぇい! エルド様は静かにするようおっしゃられたのだぞっ! 心を沈めて静まれ皆の衆ぅぅぅぅぅ!」
そして黄色い声援に対しすぐさま怒号を轟かせるディアナだったが、隣に立っていたエルドは顔をしかめてしまう。
「ディアナお姉ちゃんが一番うるさいよ」
エルドは耳をふさぎながら、ボソリと不満を漏らすのだった。
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