第五話 評定 父・久政との対決

1560(永禄3)年10月上旬

於:近江国小谷城下 遠藤屋敷 遠藤直経

 野良田の戦いから、若様は変わられた。

 もともと大器であると信じておったが、一気に花開いたようだ。戦だけではなく緻密にまつりごとはかりごともお考えになるようになった。

 実に心強い。これなら浅井家は六角家にも他の家にも後れを取りはせぬ。

 お方様を人質に取られ、六角に主人面をされた屈辱の日々もついに終わらせられるであろう。

 次の評定が楽しみだ。いくら久政様は腹芸が得意といっても、ここまで家中で根回しが済んでいては、何もできまい。


於:近江国小谷城 本丸 浅井久政

 そろそろ評定か。あれから家臣たちに会って根回しをしたが、どうも芳しくない。

 新九郎は確かに戦に勝ったが、若さに任せた勢いがたまたま上手く行ったのではないか。

 儂は六角の圧迫を耐えながら、内政を充実させて力を溜めてきた。だいたい、野良田の戦いで兵を揃えることができたのは儂のお陰であると、なぜ家中の者は気づかぬ。

 こうなれば家督を新九郎に譲り、いくさは新九郎、政は儂ということにして立場を保つしかないかもしれぬ。


於:近江国小谷城 本丸 大広間 浅井新九郎

 いよいよ評定の日が来た。前線の佐和山城を守っている武将たちも来ている。

 「皆の者、よく集まってくれた。これから評定を行う。」

 上座に座る父が評定の開始を宣言した。

 当主だから自然な流れではあるが、このまま主導権を握らせるのはよくない。

 俺も発言しよう。

 「評定に入る前に、まずは皆に感謝を述べたい。野良田の戦いでは我らの二倍の兵を集めた六角家に勝利することができた。これも皆が心を一つに戦ってくれたお陰だ。」

 誰が戦場で戦い、誰が後方の城にいたか忘れないようにという意味も込めている。

 「野良田で勝ったのは若様のお陰でございます。」

 「六角に一泡吹かせ、某はうれしゅうござった。」

 家臣たちが口々に話し始めた。

 「皆の者、鎮まるように。」

 宿老の清綱が皆を止めた。

 そして俺に一礼する。

 「若様、失礼いたしました。皆、嬉しかったのです。場をわきまえず話を始めたこと、お許しください。」

 清綱に目礼して、家臣たちに言葉をかけた。

 「いや、皆の気持ちは嬉しかった。謝る必要などない。」

 さすがに清綱は老練だ。俺が浅井家を実質的に率いていると示そうとしたことに乗ってくれた。


 評定では、まず領地に関する様々な報告がなされた。

 日常的な報告が一段落したところで、俺から切り出した。

 「父上、本日の議題は今後の浅井家のことでござる。そろそろ話をしてはいかがか。まずは家臣たちの意見を聞きたいと思うが。」

 「いや、そのことについては儂から提案がある。長政、先の戦の指揮は見事であった。家臣たちがそちを慕ってくれていることも、今日の評定でよく分かった。そこで、家督を譲りたいと思う。」

 家臣たちの総意として宿老の赤尾から家督継承を切り出してもらう手筈だったが、父から隠居を申し出てきたのは予想外だ。何を狙っているのか分からないが、断る選択肢はない。

 「父上、家督を継ぐこと、承りました。この浅井新九郎、不肖ながら浅井家のために微力を尽くしまする。」

 父に礼をしてから、家臣たちの方を振り向いた。

 「皆の者、これから宜しく頼む。」

 家臣たちから歓声が上がった。

 「うむ、家臣たちも意気が上がり、結構だ。ところで、家督を長政に任せる以上、戦のことにはもう何も儂は言わぬ。戦上手のお前のやりたいようにやるが良い。ただ儂もまだ老け込む年でもない。政は経験が必要であるから、引き続き儂が浅井家のために努力しよう。」

 なるほど、そう来たか。自分から家督を譲ると言っておいて、政治は引き続き自分が仕切るつもりか。それでは家督を継いでも、できるのは軍の指揮だけになる。

 ここが勝負所と思い、俺は立ち上がった。

 歴史では長政は身の丈6尺(約182㎝)だったと伝わる。実際には少し話が盛られていて178㎝くらいだったが、それでも当時の男性の平均身長は157cmくらいなので、まさに巨人のような印象になるはずだ。

 「いや、父上の気遣いはありがたいが、家督を継ぐ以上、政から逃げるわけにはいかぬ。私は未熟かもしれないが、ここには祖父の代から支えてくれる頼もしい家臣たちがいる。」

 家臣たちから、「お任せあれ」とか「新九郎様をお支えしますぞ」などの声が上がる。

 家臣たちに手を挙げて応えてから、父に向き直る。

 「父上、ご安心して隠居なされませ。家臣たちに支えてもらい、政も某が担います。そうだ、冬の小谷城は寒い。お体にさわってもいけませんから、暖かい竹生島に館を用意いたしましょう。」

 家臣たちから「良き思案じゃ」とか「新九郎様はお優しい」などの声が上がる。父を島に放逐することまで積極的に支持してもらえるとは予想以上だ。

 「そうか…。それではそなたの言葉どおり、竹生島で隠居することにしよう。」

 父は昏い目で俺を見ながら、絞り出すように言った。

 久政は俺を恨むだろう。

 だが引き継いだ長政の記憶には、身重でありながら六角家に人質に出され、苦労して泣いている母の姿が焼き付いていた。

 これも久政が家族を駒としか見てこなかった報いだ。同情の余地はない。

 「お任せあれ、父上。この新九郎、必ずや浅井家を繁栄させてみせましょう。」

 そう宣言すると、再び家臣たちが盛り上がる。

 「善は急げと申します。早速、竹生島に屋敷を作りましょう。こんなこともあろうかと職人は確保しております。賊の侵入など許さぬよう、警護もしっかり致します。私の近習から信頼できる者をお付けしますので、ご安心ください。」

 屋敷ができるまでずるずる居座られては困るから、実は屋敷の縄張りはもう済ませてある。警護というか監視は俺の信頼できる者に任せる。

 俺を戦に強いだけと侮っていた久政は、事前に準備がなされていて話がどんどん進むことに驚いたようだ。

 謀将の宮部や油断ならない阿閉も、俺を見る目つきが変わったような気がする。

 外見は一五歳でも、中身は大人だからな。あまり舐めてもらっては困る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る