第二話 浅井家の家臣たち
1560(永禄3)年8月 於:近江国小谷城大広間 浅井新九郎
小谷城の大広間に一族や重臣が揃っている。
俺が倒れたことで戦勝の宴も開かず、家臣たちは領地に戻らず城に詰めていたらしい。
まあ、もし俺が死んだら嫡男になる弟に、いち早く取り入ろうという思いもあったのだろうが。
「父上、ご心配をおかけしました。」
「無事に回復したようで何よりだ。」
上座に座っている父の久政に挨拶をすると、熱のこもっていない言葉が返ってきた。
無理もない。久政は六角家との争いを避け、内政を充実することを目指してきた。
その意に逆らって家臣たちと俺が六角と戦い、勝利した。戦に加わらずに城にいた父が面白いはずがない。
「さて、若様も無事に回復なされた。皆の者、六角に対する勝利を祝おうではないか。」
宿老の赤尾清綱が宴の開始を告げると、膳と酒器が運ばれてきた。
小谷城は山城だが琵琶湖に近く、魚も膳に載っている。
国名が近江なのは都に近い淡海があるのが理由らしい。ちなみに遠江は都から遠い淡海である浜名湖があるから付いた名前らしい。
「若様、無事の回復、何よりでございます。」
宴が始まると早速、遠藤喜右衛門直経と三田村左衛門が寄ってきてくれる。直経は
「ありがとう、皆に心配をかけて済まぬ。だがもう大丈夫だ。流れ矢ごときでこの新九郎は倒せぬ。」
慣れない台詞だが、戦国武将ならこれくらいのことは言うかなと思ったんだ。上手く言えただろうか。
「さすが剛毅な若様らしいお言葉。誠に頼もしく存じます。」
家内きっての猛将である磯野善兵衛員昌が喜色を浮かべて応じてくれたので、ほっとする。
善兵衛は俺の知る歴史では六角戦で活躍し、信長との戦いでも奮戦した。最後は織田軍に包囲されて降伏するが、長政が寝返りを疑ったせいだとも言われている。
善兵衛は武人らしい顔つきをしていて、裏表があるようには見えない。俺は最後まで信じよう。
「若様の武勇は諸国にも鳴り響き、これで浅井家が軽んじられることも無くなりましょう。」
やはり喜んでくれている安養寺三郎左衛門尉氏種は、浅井家の外交を担当している。
周囲から浅井家がどうみられるかを考えるのは、外交官らしい思考だ。
久政は戦が下手で、妻を六角家に人質に出すなど気概がないとして他家から侮られていた。どうやら、そのことを氏種は悔しく思っていたようだ。
さて、ここからは微妙な家臣たちだ。
「さすがは新九郎様。見事な武勇でござった。」
近寄ってきたのは
「新九郎さま。お味方の勝利、無事のご快復、執着至極にぞんじます。」
次に挨拶に来たのは子どもだった。名は堀秀村といい、数え年でまだ4歳だったか。家老の樋口直房が後見役として付いてきている。
一生懸命台詞を言っている感じは可愛いものだ。堀家は浅井家の領土の中では南に位置する坂田郡に大きな領地を持つ。しかし、史実では鎌刃城の城主に取り立てられたものの、織田家との戦では真っ先に寝返ってしまう。
どう対応するか悩ましい相手だが、ともあれ今はきちんと応対しよう。
「うむ、幼いのに丁寧な挨拶、痛み入る。傅役の直房がよく育ててくれているようだな。」
「勿体なきお言葉にございます。」
頭を下げた樋口直房は兵法をよく知り、内政の手腕も優れていると家中で評判の男だ。しかし、史実では竹中半兵衛が近江に来たときに親しくなり、その縁で半兵衛に調略される人物だ。
堀家を寝返らせないようにしたいが、それ以上に天才軍師と名高い半兵衛は何とかうちの家臣にしたいものだ。
次にやってきたのは頭を丸めた僧形の武将だった。
「若様。戦勝おめでとうございまする。若様が突撃なさったのは敵の虚を突く絶妙な時機でござった。この善祥坊、感じ入りましてございます。」
この善祥坊と名乗る坊主は宮部継潤。能力は高いが、史実では秀吉の調略で寝返ってしまう。
先入観もあるせいか、謀将らしい油断できなさそうな顔立ちに見える。
その後、浅見対馬守と名乗る重臣も挨拶に来たが、この男も史実では後に裏切る。
こうして家臣たちに会ってみると、重臣クラスに織田家に寝返る者がゴロゴロいることを痛感する。浅井家は祖父の代に国人領主のまとめ役から戦国大名化したので、もともと同格だった家臣たちの忠誠心は高くないのかもしれない。
先行きは大変だな。できるだけ信頼できる武将を取り立てることにしよう。それでも、これだけ史実で裏切る重臣が多いと、すべてを冷遇するわけにもいかないだろう。彼らが裏切る状況をつくらないようにすべきなんだろうな。
やれやれ、大変だ。溜息が出てくるな。
そういえば、浅井家の武将といえば「雨海赤の三将」が有名だ。しかし、どうやら江戸時代に書かれた「浅井三代記」の創作らしい。重臣として記録に残っているのは赤尾氏だけのようだ。海北氏も雨森氏も、もしかしたらこの場にいるのかもしれないが、話す機会はなかった。
何にしても、浅井家の歴史を少しでも知る者としては、戦勝の宴といっても楽しく酔える場ではなかった。
「兄上、無事に回復されて、良かったです。」
宴が終わる頃、弟がやってきた。3歳年下の弟で、母親は違うものの、長政の記憶によれば兄のことを慕ってくれている。父と兄の仲が険悪なのを知っていて、どう振舞えば良いのか困ることが多いようだった。
今も、酔っぱらった家臣が多くなり、父の久政がいなくなってからようやく俺のところに来られたようだ。
「ああ、どうにか回復したよ。心配をかけたな。」
つい手が出て頭をぐしゃぐしゃと撫でると、弟はほっとしたような笑顔を浮かべた。
まだ子どもなのに不憫だな。長政から受け継いだ記憶の影響か、本当の弟のような気がしてくる。
弟の名は浅井政元、幼名は竹若丸。あまり歴史に名前が残っていないが、長政を裏切ることはなかったようだ。
受け継いだ記憶によれば、長政は母を六角家の人質とした父を嫌っていた。俺も身重の妻を人質に差し出すような男は好きになれそうもない。
父と相容れない以上、せめて弟とは仲良くしたいものだと思った。
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