戦国大名コンビニ

小瀬 清司.

序章 天正十一年(一五八三)

落城(一五八三年旧暦四月二十四日午後四時 越前)

 その城の命運は、尽きようとしていた。越前北ノ庄城*。城の周りは、四日前の賤ヶ岳での戦で柴田の軍を打ち破った、羽柴秀吉*の軍勢でいっぱいだ。朝から始まった本丸への攻撃で、柴田軍の必死の防戦も力及ばず、すでに天守の下層にも羽柴の軍勢が入り込んでいる。しかし今は攻撃も止み、戦場は不思議な静寂に包まれていた。秀吉の軍勢は沈黙し、偉大な織田の重臣、柴田勝家*の死を待っていた。

 九層の巨大な天守の最上層には、最後まで勝家に付き従った重臣と、勝家の身内衆が集まっていた。その中に、白装束をまとった美しい女性がいた。柴田勝家の妻である、織田信長*の妹、お市の方*である。彼女は窓から秀吉の本陣を見ていた。

(もう、ときの声もしない。どこへも出ることはできない。皆が私たちの最期を待っているのだろう。

 昨日逃がした娘たち。今頃は、猿*が保護しているだろう。まあ、彼奴(あやつ)に託せば、悪いようにはしないだろう)


 お市の方は窓際から離れ、部屋の奥に進む。そこには火薬が詰まった樽が置いてある。

(三十七歳。いよいよ、私も最後か……)

 柴田勝家が窓の外に向かって、何かを叫んでいる。

(思えば、私の人生は、周りに従ってばかりの人生だった。この時代に生まれた女子というものは、男の言うがままにしかならないのか。もう周りに流されるのは嫌だ。最後になって、ここで死ぬという我意を通すことができるとは、皮肉なものだ)


 勝家が泣きながら近づいてくる。

(権六、もう爆薬の準備はできたのだな。わかった。これで最期か。なるべく痛くないように刺すのだぞ。何を泣いている。涙はお前には、全然似合わないぞ)

 お市の方は、両手を合わせた後、勝家に向き合った。勝家は泣きながら左手でお市の方の肩を抱き、小刀をお市の方の白装束の胸に当て、一気に深く刺した。

(痛い! 下手くそ。着物の上からでは、うまく刺せないだろうが。権六の下手くそ……)

 お市の方はゆっくり崩れ落ちた。その視線の先には、切腹しようとしている勝家がいた。


 勝家が切腹すると、残った部下が火薬樽につながった導火線に火をつけた。薄れゆく意識の中で、お市の方は思った。

(終わりだな……。今度生まれてくるのは、どんな世であろうか……。次に生まれてくるなら、男がいいかな。女であっても、自分の考えで生きてみたいものだ……)

 お市の方はこと切れた。


 北ノ庄城の天守は大爆発し、全てを吹き飛ばした。


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*北ノ庄城:現在の福井市にあった城。柴田勝家が一五七五年に築城。九層の天守閣を持つ、当時日本最大級の城。

*羽柴秀吉:のちの豊臣秀吉。 木下藤吉郎(一五三七~九八)。

*柴田勝家:鬼柴田とも言われた織田家の重臣(一五二二~八三)。お市の方の二番目の夫。通称は権六。

*織田信長:戦国時代の武将(一五三四~八二)。尾張・美濃を基盤に、ほぼ天下統一を成し遂げた。

*お市の方:織田信長の同腹の妹(一五四七~八三)。近江の戦国大名・浅井長政の継室、後に柴田勝家の正室。戦国一の美女と言われる。

*猿:羽柴秀吉(豊臣秀吉)のあだ名。

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