第17話 事件の前触れ

 リーゼロッテが俺の攻めによって身を悶えさせた日の翌日――。


「それでは、姫さま、アキト様……私はこれで異世界ゼバルギアに帰らせていただきます。姫さま、どうかがんばってくださいね。そして、アキト様……姫さまをよろしくお願いします」


 そう言い残し、アルマさんは俺の家のリビングで送還魔術の発する淡い光に包まれ、異世界ゼバルギアに帰っていった。今回はアルマさんの提案でリーゼロッテがメイドになったりと、色々と波乱はあったが……しかし、それを踏まえたとしても、本当に礼儀正しいとてもいい人だった。


「やっぱ、ああいう人がメイドに向いてるんだろうな……お前と違って」


 俺は、一緒にアルマさんを見送ったリーゼロッテをチラリと見る。今はもうリーゼロッテはメイド服は着ていない。Tシャツ姿だ。


「そうだな。やはり私はメイドには向いていない。その事を痛感させられた」

「でもその割に、アルマさんにメイド服を返してないよな、お前」


 リーゼロッテは、昨日のメイド服を未だしっかりとその手に持っていた。


「そ、それは……い、いずれ機会があれば君にリベンジしようと思ってだな……」

「いや、もう勘弁なんだけど」

「そ、それより……き、昨日はよくもやってくれたな……っ」


 顔を赤らめ、リーゼロッテが俺に詰め寄ってきた。


「あ、あのような事をされて……も、もう他に嫁に行く事など出来ない……っ。責任を取って私と結婚してもらう……っ」

「ただちょっとくすぐっただけだろ?」

「い、いや、あれはただちょっとくすぐっただけというレベルではなかったぞ……。わ、私は、私は、君のせいで……っ」

「それに、万が一――いや、億が一にも絶対にあり得ない前提だけど、もし俺とお前が結婚する事になったら、毎日ああやってお前にお仕置きしてやるからな。それもいいのか?」

「なっ……あ、あのような事を毎日、だと……!」


 リーゼロッテの顔が、かぁぁっ……とますます赤くなる。


「そ、そんな事をされては……さ、さすがの私も身が持たない……っ。い、いや、だが……あ、あれを毎日……くぅっ♥」


 昨日の事を思い出したのか、両手で自分の体をぎゅっと抱いて体を悶えさせるリーゼロッテ。そんな時だ。ガコン……ガコン――と、何か思い物が触れ合うような音がマンションに響いた。


「何の音だ……?」

「ああ、そういや裏の空き地にマンションを建設する予定だって言ってたな」


 俺達のいるこのマンション、『さざなみハイツ』の裏手には空き地がある。そこに新しく高層マンションを建築するらしい……という話を、俺は2、3日前に赤橋涼子から聞いていた。


「多分、その工事が始まった音だ」


 ちょっと耳につくが、うるさいと言う程の工事音でもない。すぐにこの音にも慣れるだろう。だから俺は、特にこの工事について深く考える事はなかった。だから……俺は、思いもよらなかった。この工事が、俺がこれから巻き込まれる事になるふたつの出来事……その片方の前触れである事を。



 今日は土曜日。学校は休みだ。という事で、俺はこの家にリーゼロッテの部屋を作ってやる事にした。今まではリーゼロッテを俺の部屋に寝かせて、俺はリビングに寝るっていう生活をしていたからな。そろそろ改善しないとさすがに不便だ。


 まあ、部屋を作ってやるって言っても物理的に部屋を増やしたりは出来ない訳で……使われていない親父の部屋を掃除してリーゼロッテに与えるしかないんだけどな。元々親父の部屋には、本棚がひとつと小さな棚がひとつとPCの載ったデスクがひとつ置かれているだけ。ベッドもない(たまに家に帰って来た時は布団を敷いて寝る)。だから棚に入っている親父の私物やらPCやらを押し入れにしまって、本棚はリビングに運び出して部屋の片付けは完了。


「ほら、ここがお前の部屋だぞ、リーゼロッテ」


 俺は、小さな棚とデスクが置かれているだけの簡素な部屋にリーゼロッテを案内した。


「狭いとか文句言うなよ」

「文句などを言うつもりは無い。たとえ馬小屋よりも窮屈な部屋だろうと、私は耐えてみせよう」

「……なんかムカつく言い回しだな」


 まあ、毎度の事ながら悪気はないんだろうが……。


「ん?しかし、この部屋……ベッドがないな。ま、まさか夜はアキトの部屋で一緒に同じベッドで……!」

「んな訳ないだろ。ほら、これだよこれ」


 俺は部屋の隅に設けられている押入れを開けた。そして、その中に入っているマットレスと布団を指差す。


「寝る時はこれを床に敷いて寝てくれ。あ、ちゃんと来客用の布団で、クリーニングに出してる奴だから」

「床に直接敷く……?そうか、アキトの家はベッドを2つ買う余裕もないほどに貧しかったのだな……。すまない、君の家の貧しさに気付く事が出来なくて」

「違うっての!布団を床に敷くのはこの国の文化だ!」


 親父の部屋にベッドがないのは、親父が布団派だったからだ。決して貧乏なせいでベッドを買う余裕が無かった訳じゃない。


「しかし、何にしても……私に部屋を用意してくれた事、感謝する」


 リーゼロッテは恭しく礼を述べた。そして、小さくボソリと呟く。


「ふむ……これはアキトが私との同棲を認めたという事で……結婚まで一歩近付いたと言って良いのではないだろうか……」

「何か言ったか?」

「いや、何も」

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