第9話 間一髪

 こんな事が慣れたりするのだろうか?


 毎朝、霊を連れて歩いている人なんかいるの?


 佳浩は、どんよりと重い足取りで学校に向かっていた。


 なんか、何もかもどうでもいいや。

 考えるのめんどくさい。


 佳浩を何人かの生徒か追い抜いて行く。


 学校まであと少し。


 校門に先生が見える。


 目の前の横断歩道の線が、真っ白で、最近塗り直したのだろうか。

 佳浩が、真っ白な線に足を乗せると、大きな声がした。


「佳浩!」


 佳浩が顔を上げ横を見た時、急ブレーキの音がした。

 急に車が目の前に現れたと思ったら、地面に飛ばされていた。


 一瞬の静寂。


 佳浩が、飛び起きた。


 京崎が、地面に倒れていた。

 頭から血を流し、体がぐったりと。


 辺りが、急に騒がしくなり、どこからか明浩が現れていた。

 へたり込んだ佳浩に、明浩の声が聞こえる。


「佳浩、大丈夫か?」

 佳浩は、只々倒れている京崎を見つめていた。


 誰か、京崎を助けて。


 佳浩は、恐怖で声が出ない。

 死んでしまう、京崎が死んでしまう。


「良かった。大丈夫そうで、救急車一応呼びますか?」


 先生の声が、頭の上で聞こえる。


 誰か、京崎を助けて!

 口を開けているのに、言葉が出てこない。


「京、京崎……。」

 やっと出た小さな声に、明浩が答える。


「京崎くんは、向こうだ。」



「京崎!どうした?」

 明浩の声に、先生が驚いて走って行く。

 佳浩は、まったく違う方向に走って行く先生を見た。

 確かに京崎が倒れている。

 もう一度、道路を見ると、やっぱり京崎が頭から血を流して倒れている。


「えっ、京崎が2人いる?」


「京崎、大丈夫か?」

 先生の大声で、佳浩はまた先生を見ると、そこにはずっと佳浩に憑いていた霊が、倒れている京崎を見ていた。


「京崎!」

 佳浩は、起き上がろうとしたが、体が強張り上手く立ち上がれない。


「こっちだ、こっちに来い!」

 佳浩は、ずっと、どこかに消えてほしいと思っていた霊を呼んだ。


「ダメだ!京崎は止めてくれ!」

 佳浩を明浩が抱きしめる。


「大丈夫だ。兄貴がいるから。」


「えっ」

 佳浩は、霊に手をかざす貴浩がいる事を、今気がついた。




 先生は、京崎の横に座り込んでいる。

 その側で、傍から見れば何もない方向に手をかざす貴浩がいた。


「ダメだよ。この子は君になれない。君の体じゃない。」


 貴浩には、黒い塊にしか見えないので、表情が分からない。

 怒って睨んでいるのか、悲しい顔なのか分からないが、何となく霊が納得してくれたように感じた。


「兄貴。」

 貴浩は、近づく明浩と佳浩を見た。

 すると、黒い塊が消えた。


「おい、気がついたか?」

 京崎が頭を擦りながら起き上がったが、佳浩の顔を見て、ほっとするようにまた倒れた。



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