2 ガルシア=マルケス『百年の孤独』
ガルシア=マルケスの魅力は「マジックリアリズム/魔術的レアリスム」にある、とはだれもが言うし、私も完全に同意するのですが、その一言で片づけるのでは彼の魅力をちゃんと伝えきれていないと思うのです。
とはいえその魅力を十全に知るためにはやはりマジックリアリズムを理解するところから始めるべきでしょう。
では、マジックリアリズムとはどんなもので、どうしてそれが魅力的なのか?
マジックリアリズムとは――現実にあり得そうにないことが、ごく日常的なことと共存していて、その融合した状態がきわめて自然にあり得べきことのように描かれる文章表現……とでも言えるでしょうか。
例えば『百年の孤独』のなかの「現実にあり得そうにないこと」を挙げると、
・忘却の病に町じゅうの人が罹って、あやうく町全体が死の町になりかける
・耄碌した家長が庭の木に何年もつながれる
・一度死んだ者が甦る、死者がそこらを歩いて生者と会話する
・美少女が白昼、衆人環視のなか空に浮き上がり、文字通り昇天する
・その美少女の存命時のこと、彼女に触れた者には死が訪れる
・十七人の息子が同じ日にそれぞれ別の場所で殺される
・三年間雨が降りつづける
・土を好んで食べる子がいる
・デモに参加した人々が広場で皆殺しにされるが、記憶も記録もされない
などなど。キリがないのでここで止めますが、ほかにいくらでも出てきます。
こんなのが、ごくふつうの生活や出来事(といっても内戦があったり町の興廃があったり盛りだくさんですが)のとなりにぽん、となにくわぬ顔で置かれるのです。それも大量に、執拗に。
するとどんな効果があらわれるのか。
1.読んでいるうち現実らしさと幻想との境目がなくなるような眩暈を感じる、ふわふわ浮遊しているようなふしぎな感覚。
2.まるで神話か年代記でも読んでいるように感じる。
3.現実に起こり得ることまで幻想のなかの出来事であるかのように錯覚する。(上の例に、いくつか実話かもしれない話が紛れこんでいることに気づかれたでしょうか)
上の3つのどれもこれも、同じことを別の言い方しているだけのような気もしますが、、マジックリアリズムの魅力――それはほとんど「ガルシア=マルケスの魅力」と同義です――を知る第一歩はここにあると言えるでしょう。
ガルシア=マルケス以降、マジックリアリズムを目指す作品は山ほど生まれました。作家本人が自覚していないケースも含めて。
ただ、私の知る限り、ガルシア=マルケスに並ぶ作品はひとつもありません。
では、
彼と、他の作家・他の作品とを分かつものはなんなのでしょうか。
それは彼の文体にあるのだと、私は思います。
ガルシア=マルケスの文体は唯一無二です。
翻訳家の腕もあるかもしれませんが、原文が
例えば出だしはこんな感じ。
『長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つはめになったとき、恐らくアウレリャノ・ブエンディア大佐は、父親のお供をして初めて氷というものを見た、あの遠い日の午後を思いだしたにちがいない。マコンドも当時は、先史時代のけものの卵のようにすべすべした、白くて大きな石がごろごろしている瀬を、澄んだ水が勢いよく落ちていく川のほとりに、葦と泥づくりの家が二十軒ほど建っているだけの小さな村だった。ようやく開けそめた新天地なので名前のないものが山ほどあって、話をするときは、いちいち指ささなければならなかった。』
別の作品からもいくつか引用しましょう。
『スペイン王国マドリード、海もなければ川もない、燃える夏と凍える風の遠い都市、その陸地の原住民が光の中を航海する術にたけていたことは一度もなかった。』
『五月二十九日、それ以上生きるだけの息吹も失って、彼女はふたたび雪の降る荒野の窓の夢を見た。もはやカエターノ・デラウラのいない、そして二度ともどってくることもない窓だった。ひざには黄金色の葡萄の房があり、そこには食べればまたすぐに実がついた。しかし、今度はひと粒ずつ実をむしるのではなく、ふた粒ずつだった。葡萄の房との競争に勝って最後の実までたどりつきたいという焦燥感のせいで彼女は息もつかずに食べていた。』
『何レグアも離れたところで交わされる水入らずの親しい会話が聞きとれるほどあたりは静まり返っており、リャーノスの広大な河口で迎えた夜を思い起こさせた。クリストバル・コロンもこのような瞬間を経験したことがあり、「一晩じゅう、鳥が通りすぎる音が聞こえた」と日記に書きつけている。彼は六十九日間の航海の末に、ようやく陸地にたどり着こうとしていたのだ。将軍もやはり鳥のはばたく音を耳にした。カレーニョは眠っていたが、八時頃に鳥が通過しはじめた。』
文章の遠近法とでも呼べばよいでしょうか、現在と過去、現実と幻想、それぞれ別次元のものであればそれとわかるよう書き分けるのがたぶん本道なのでしょう。ところがガルシア=マルケスは、別次元のものを写すのにその都度さっとレンズの焦点をぴったり合わせて同じクリアさで描写する。
彼が書くのは、遠近法を無視した文体なのです。
ルポルタージュ的に、クリアに事象に近づくことができるのは、ひとつには、彼が新聞記者をしていたことが影響しているかもしれません。(とはいえ、彼が学業を中途で抛り出して口に糊するため記者の道を歩みはじめた頃には既に小説も書いているし、やはり彼の天才あってのことでしょう)
彼の文体のなかで私が好きな要素のひとつは、その独特な比喩/形容です。
いま、「比喩」と断定せず、「形容」を付け足しました。例えば上の、「……会話が聞きとれるほど」。
これは「静けさ」を示すための比喩と受けとることもできそうですが、文法的にはおそらく比喩とは呼ばず、「あたりは静まり返って」を形容する言葉と呼ぶのが正しいのかもしれません。それに「何レグアも離れたひそひそ話が聞こえる」のは一見現実らしくないですけれど、もしかしたら事実を記述しているのかもしれない。彼のマジックリアリズムな世界に慣らされたおかげで読者はどんな奇天烈な事態も受け入れる準備ができてしまっている、だからこそ効く表現です。
(冒頭でもいきなり、「名前のついてないものを、いちいち指さして話す」なんてのがあって、よくよく考えると、え・本当?? と言いたくなるような)
彼の文体に限りませんが、なにを叙述するか・どう叙述するかというのは、作家と世界との繋がり方/作家が世界をどう見るかを表すものだと思います。その意味で、比喩には作家の世界観が表れるものです。
ガルシア=マルケスの「比喩」を通して見えてくる世界は、迷宮じみて眩暈を感じずにいられません。
例えば「スペイン王国マドリード」ではじまる一文も、この一文だけ切り取ると、なにかの比喩とか象徴とか、深い意味が隠されているのでは……と深読みされるかもしれませんが、私にはこれは単に事実を述べただけのように思えます。ことさら比喩を用いなくてもこれだけ滋味のある表現ができるのが、ガルシア=マルケスの凄さです。
そして比喩を用いるときは、その比喩でなくてはその空気を出せないだろうという必然性がある。というと買い被りすぎかもしれませんが……ただ、有名な作家でも往々にして「比喩のための比喩」、つまり必然性のない、技巧を見せつけるためのような比喩が鼻につくことがあるのに対して、ガルシア=マルケスにはそれがない――ように思えます。
(「比喩のための比喩」は、私たちも注意して避けるべき陥穽だと思います。もちろん比喩を使うことで鮮やかにシーンを思い浮かべられるなど、比喩は文章に生命を与え色づかせる働きをしてくれます。文章訓練のためにもいろいろ試してみるのは良いと思いますが、不用意に濫用している文は往々にして文章のうつくしさを毀損しているように、私には感じられてしまいます)
もうひとつ、
ガルシア=マルケスの文章に香気を与えているのは毎ページふんだんに挿入されているいくつもの逸話で、めくるめく迷宮に引きずり込まれる読者は眩暈がするほどです。執拗に繰り出されるエピソードに溺れるのも、ガルシア=マルケスを読む愉しみといえると思います。
彼の魔術的世界はどこから生まれたのでしょうか。すべては彼の豊かな空想力の産物なのか?
彼の自伝『生きて、語り伝える』を読むと、あの驚嘆すべき物語世界は彼にとっての現実を記述しただけだったんじゃないかと思えてきます。それほどに、自伝というより幻想小説を読んでいるかのような、まったくガルシア=マルケス的な世界が展開されています。
「そうか、『百年の孤独』は彼にとって実話だったのか」と私は納得してしまいました。
彼は、現実世界のはざまに存在する幻想世界を確かに見ることのできる偉大なビジョナリスト、だったのでしょう。
コロンビアの歴史をかるく押さえておくと、『百年の孤独』=実話ベース説にも肯けるかもしれません。
ながらく自由党と保守党の対立があり、それは時に独裁政権や反政府軍という形をとることもありました。血と死の匂いに満ちた事件がそこらじゅうに転がっています。ガルシア=マルケスの学生時代にもそんな衝突はあり、彼はキューバのカストロの下に身を寄せたこともあります。
彼の文体についての彼自身の重要な証言も、たしかこの自伝に書かれていたと記憶しています。
それによると、『百年の孤独』を書きはじめるずっと前から物語は頭にあった。でも物語に相応しい文体が見つからなくて、ずっとあたためていた。そうして辿りついた「相応しい文体」が、あのマジックリアリズムの文体でした。
(ところで『生きて、語り伝える』は未完の、カクヨム風に言うならエタってしまった自伝です)
最後に。
ガルシア=マルケスの代表作が『百年の孤独』であることには一点の疑問の余地もありませんが、彼にはほかにもたくさんの魅力的な作品があります。
おそらく第二に名を上げられるのが『族長の秋』。ほかにも『十二の遍歴の物語』『愛その他の悪霊について』『悪い時』『コレラの時代の愛』あたりが私としてはお薦めです。
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