ぬれ鼠
オカワダアキナ
ぬれ鼠
正月にねずみ相撲という行事があった。まわしのうしろにねずみのしっぽをつける七歳までの子ども相撲で、ふつうの相撲のルールに加えてしっぽを引っこ抜かれたら負けというものだった。
相手をひっくり返すか、土俵の外に出すか、しっぽを奪うか。
しっぽはおのおの自由に作ってよく、どんなに頑丈にしてもいいとされていた。つまり試されていたのは親だった。しっかり縫いつけておく、片手で引っこ抜けないくらい重く太くしておく、油を塗って相手に掴ませないようにする……。自分の子どものためにどれだけ献身できるか、親たちの知恵と工夫が問われ、競わされていた。
引っ越してきてはじめての正月だった。
おれの母親はばかだから、しっぽをどうやって作ればいいのかわからなかった。母なりにいっしょうけんめい考えたのか、新聞紙を雑巾みたいにぎゅっと握って、これをしっぽにしようねと言った。
おれは新聞紙のしっぽなんて嫌で、だってクラスメイトたちはみんなもっとちゃんとしたしっぽにするはずだから。ちゃんとしたしっぽがどういうものだかおれは説明できなかったけど、新聞紙をしわくちゃに握った棒状のものはぜったいにちがう。これはうんこみたいだからちがう。
じゃあどうすればいいのと母は苛立ち、拗ね、むすっとした顔で残った新聞紙をチラシの束と一緒に押し入れにしまった。押し入れに袋があって、いつもそこに溜めてからまとめて捨てていた。
そこにはたまに父親が買ってくるスポーツ新聞も重ねられていた。父が競馬をやるためだったが、そうだ、その後、おれが小学校五年生とかそのくらい、そういう新聞には風俗のレビューとか不倫の体験談とかそういうのも載っていることを知って、こそこそ漁るようになった。オットセイが汗を垂らし、鼻息を荒くして、やる気まんまん、その漫画でおれは精通した。そうして何か学校の行事とか体育とかで誰かが「やる気まんまんだね」みたいな言葉を口にするたび、内心ちょっと興奮するようになった。
母はばさっと大きな音を立てた。ふすまを閉める音もパン!と高く鳴った。おれをぶつ代わりにそうしたのだと思った。
棒状の新聞紙はまだテーブルの上にあった。
自分のしたうんこを見るとき、このときの棒状の新聞紙を思い出すことがたまにある。
母はおれをぶったことはなかった。家中の物をぶっていたからぶたれたような気がしていただけだ。
じゃあ靴下にしようよとおれは言った。おれもおれなりに考えて言った。靴下に詰め物をして膨らませたらしっぽみたいに見えるかもしれない。そこに針金を入れたら、ねずみのしっぽみたいに細長くてくるんとするかもしれない。本物のねずみを見たことはなかった。絵本のねずみのひゅるっと長いしっぽを想像した。
針金なんてないよと母は言った。
どこに売ってるのかもわかんない。母の声は苛立っていた。じゃあ、ハンガーでいいよ。おれは言った。ハンガーどうかな。ハンガーを引っ張って伸ばしたらいいよ。おれは言い、なかなか名案だと思った。きっとうまくいくと思った。必死で言ったのだ。
スポーツ新聞の漫画。
サラリーマンの男が部下の女に言う。「ゆうべ寝タバコで燃えちゃって、もう、あわてて消したらびしょ濡れ濡れで」。吹き出しの中で、「寝タバコで」と「あわてて消したら」の部分がカッコ書きになっている。だから男のせりふは「ゆうべ燃えちゃって、もう、びしょ濡れ濡れで」だ。男は寝タバコの話をしているつもりだけど、女は顔を赤くし、「最低!」とどこかへ行ってしまう。
コボちゃんみたいな絵柄だけどエロい話をしているのはわかった。燃えるとか濡れるとかいうのが何かいやらしいことなのだとなぜかわかった。
そうして、その話題をふって「寝タバコで」と「あわてて消したら」の部分を言い忘れる、あるいは省略するなんてことあるわけないんだけど、エッチな話の漫画だから、そういうことがあるんだろう。そういう暗黙の了解をこそ、おれは学んだのかもしれない。
びしょ濡れという語で、この漫画を思い出すことがいまだにある。
こういう漫画や、やる気まんまんとかで、父は笑っていたんだろうか?
そうしてしっぽは、実際やってみたらハンガーはうまく伸ばせなかった。思い通りに曲がらない。靴下に入れてみたがハンガーの折れ曲がりに沿って靴下の布地もひっぱられ、ジグザグともでこぼこともいえないようななんともいえない平べったい形になった。そうだよなと思った。おれの想像はぜんぜんだめだった。
大人になって、いつか刀削麺を食べたとき、この不恰好なしっぽを思い出した。
当日、当然、ほかのみんなはもっと素敵なしっぽだった。
おさみのはグレーの布地で、中には綿と針金が入っており、ちゃんと細長くてきれいにカーブしていた。こういうのだ。おれが靴下とハンガーで作ろうと言ったのも、こういうふうになるはずだったんだ。
おかあさんが作ってくれたと言った。おとうさんの古いトレーナーで作ってもらった。おさみのしっぽはズボンにしっかり縫いつけてあり、ズボンが破れないように補強の布もしてあった。
ハンガーじゃない本当の針金。
おれはおさみのことを親友だと思っていたので、針金ってどこに売ってるのと恥をしのんで尋ねたのだが、おさみは「家にあった」としか言わなかった。
うんこみたいな新聞紙のほうがまだしっぽだったかもしれない。
おれは作ったしっぽをつけることができなくて、しっぽを忘れましたと言った。だからねずみ相撲には出られなかった。クラスのみんながのこったのこったとやっているのを騒ぎながら見た。相撲に出ていないのをばれないように、必死で騒いだ。
あのとき母はどうしていたっけ。
アスファルトに寝そべり、冷たい夜空を見上げていた。初めてダイインに参加した。イスラエル大使館の前で、たぶん五十人くらい集まっているとのことだった。
あたりはものものしい警備で、大使館に向かってちょっとなにか叫ぶとすぐさま取り押さえられる。黙って寝そべっているだけだとどうだろう。歩道は三角コーンがずらりと並び、黒と黄色のバーでごちゃごちゃ仕切られ、明らかに妨害されていた。妨害されるようなことをしているのだと意識する。ちょっとどきっとする。でもそのことに興奮しているわけでもないなと思う。
もっと興奮するかと思っていた。抗うこと、体制に従わないことに、自分はもっと高揚するかと思っていた。
殺されたガザの人々を模し、体を白い布でくるんで寝そべっている。
どうして急にねずみ相撲のことなんか思い出したのだろう。
さっきゆたかさんとはお茶だけで解散した。とおるくんに紹介してもらった男で、とおるくんとちがって既婚者ではない。余計なお世話だと思ったけど送ってくれた写真が格好よかった。ものすごいタイプというわけではないけど、四角っぽい顔とか、押しの強そうな表情とか、いいな、素敵だなと思った。彼氏とかセックスとかじゃなくてもなんか話してみたかった。
待ち合わせは十六時だった。道玄坂のカフェに十六時。お茶でもしましょうとのことだったけど、場所も時間もそのあとがあればあるかも?という感じで、いくらなんでもわかりやすすぎるだろと思った。でもまあおれとしてもそういうわかりやすいのは気楽というか、ゆたかさんみたいな顔の男がわかりやすい感じだと、わかりやすいっていいよねと思った。
おれには軸ってものがない。
今日は十八時半からダイインがあるから早め解散ならそれはそれでよかった。イスラエル大使館は麹町だから、渋谷からだと何分くらいだ? 半蔵門から歩いてもすぐだよな。チーズケーキをつつきながら考えた。べつに十八時半にちょっと遅れてもいい。だいたいでいい。行っても行かなくても、行けるときに行けばいい。殺された人たちを模して道端に寝そべるデモ。スタンディングは何度も行っているけどダイインは初めてだった。
初対面の男とセックスするか、道端に寝そべるか。
おれはどっちでもいい二択、どっちでもいいYの字のまんなかにいた。
リュックの中。ダイインに使う布。プラカード。コンドーム。替えの下着。どれを使うことになるだろう。ぜんぶってこともあるかもしれない。内心笑った。替えのパンツ持ってきてるの面白いよねととおるくんはいつも可笑しそうに言う。結婚して子どももいて、それでも男をとっかえひっかえしているあんたも面白いよとおれは思う。
バスクチーズケーキって初めて食べましたとゆたかさんが言った。こってりしてる。コーヒーと合う。おれより二個年上の人。甘いの好きですかとか、今日寒いですねとか、冬と夏だったらどっちが好きですかとか、かなりどうでもいい話をした。これはダイインになりそうだなと思った。
「のりひさくんって呼んでいいですか」
ゆたかさんはニコニコしていた。下の名前でくん付けで呼ぶみたいなのに憧れててと言った。アイドルみたいですねとおれが言ったらあんまりぴんとこないみたいだった。
「なにぬねのの名前って好きなんです」
優しそうな感じがして……とゆたかさんは言い、気を遣ってくれているのかほんとにそう思っているのかいまいちよくわからない。
中学のとき、沼田くんは「ぬ」と呼ばれていた。ぬから始まる名前は沼田くんだけだったから、ぬだけで誰だかわかるということだった。同じクラスの西島さんが、西島ですと自分の名前を言うときに、なんか「ぬすずま」とちょっと訛ったふうで言ってみたことがあり、そういうおどけかただったのかなんだったのかわかんないけど、以来西島さんも「ぬ」と呼ばれていた。「ぬ」とか「ぬー」とか。沼田くんとおそろいでおれはちょっとうらやましかった。おれもぬになれないかなと思ったけど、たぶんキャラ的にちがった。ねずみ相撲に出なかった奴。
十八時前に解散した。やっぱりなと思った。
店を出て駅へ向かいながら、また会ってくださいとゆたかさんが言った。これも社交辞令なのかなんなのかわからなかったが、別れ際、改札まで来たところでゆたかさんが「ぼくこうやって誰かと会えるの冬だけなんです……」と言った。
「富士山の山小屋で働いてるんですよ」
登山シーズンはずっと山小屋で、シーズン終わりまで下山しないんです。ぼく、ずっと富士山にいるんです。
富士山?!
おれはけっこうびっくりして、その話をもっと聞きたかった。頂上に近い小屋ほど給料が高いですね。下山するととりあえず寿司を食べます。山に生モノはないですからね。おれは九合の山小屋で……。
「のりひさくんは富士山にのぼったことありますか?」
「ないです」
おれは言い、ゆたかさんはですよねと言って微笑んでいた。
また会ってください。
ゆたかさんはもう一度言い、おれはさっきより深くうなずいていた。まんまとのせられたような気がしたけど、たぶんそういう打算もあったし、ほんとにタイミングがへたくそなんだろうなとも思った。その話もっと早く言えよ。冬と夏のどっちが好きですかじゃないだろ。あんたの夏の話をもっと聞きたかったよ。
おれはそう言ったわけではなかったけど、ゆたかさんは恥ずかしそうに笑っていた。ちょっとあざといな。でも面白いな。
デモに行くんですっておれも言えばよかったかな。
何線ですか。半蔵門です。このあと予定あって……仕事とか友だちとかではないんですけど……。という会話をしたとき、大使館の前でダイインをやるんですって、おれは本当は言いたかった気がする。
体を白い布でくるんで寝そべっている。殺されたひとびとの体がこんなふうに転がされているんです。おまえたちが殺したひとびと。
おれたちが殺したひとびととも言える。
みんな布に赤い血糊をつけている。おれはシーツにくるまっていて、血糊はない。白いままの布だ。絵の具を買えばすぐできそうだったが、なんか恥ずかしい気がしてやらなかった。いや、このシーツはあとで使うだろうからと思ってしなかった。か? もったいないと思ってやらなかったか?
わからない。
恥ずかしいような気がしたのも本当だと思う。
血糊をつけてきた人たちのことを恥ずかしい奴だとは思わない。真摯な気持ちでそうしているのだと思う。でも自分が「死体を模す」ということをやろうとするとき、それがハロウィンの仮装的な創意工夫をやろうとしている気がして、なんとなくできなかった。布にくるまることも内心かなり葛藤があった。ねずみ相撲のしっぽ。
そうしてべつに布にくるまらずにそのまま地べたに横になっている人もおおぜいいた。おれもああすればよかったかなとちょっと思う。
こういうふうに考えること自体が、仮装の創意工夫だろうかとも思う。
地面は冷たくて固かった。人が死ぬこと、殺されることを想像しようとしてうまくできない。冷たい地べたに自分が広がっていくような感覚。あたまの奥がしんとする。知らない人の靴がすぐそばにある。ニューバランスのスニーカー。ニューバランスはボイコットの対象だったろうか。たぶんちがう。
ねずみ相撲のことを思い出したのは必然だった気がしてくる。
しっぽを持ってくるのを忘れましたとおれは言った。しっぽがなければ相撲には出られなくて、律儀にそうしていたのは一応神事だったからだろうか。周りのおとなたちはかわいそうだと思わなかったんだろうか。子どもたちはねずみの耳のかぶりものをし、顔にひげも描き、テレビの取材もきていた。大村くんがテレビに映った。
誰かしっぽを貸してくれてもよかったのに。その場で誰か即席で作って与えてくれてもよかったのに。
でも誰もそうしてくれなかった。
目をつぶる。
人が死ぬこと、殺されることをやはりうまく想像できなくて、ちがうことを考えている。けれども、いつもよりちょっとは考えていると思う。じゃあやはりおれはデモの場に来ることが必要だと思う。道ゆく人に見せる、語りかけるものであり、やっている自分のためだとも思う。
殺された体。生きているおれがそれの真似をするのは、いいことなんだろうか。悪いことのような気もしてくる。でもそれはそう考えてみている、考えることもできるってだけで、おれはともかくここに体を横たえている。
体の力を抜く。抜くようつとめる。
ゆたかさん。富士山。さっきの会話を反芻する。
体の上にSTOP GENOCIDEと書いたプラカードを乗せている。ネットプリントで印刷した紙を段ボールに貼った。風はほとんど吹いていないのにプラカードはしばしばフワッと浮いて、おれはそれを手でおさえている。体の力を抜きながら、手の重さみたいなものはある。考える。もう片方の手は地面にふれていて、小さい石や砂粒が肌にめりこんでいる。
寒くて鼻水が垂れる。啜る。シーツを頭までかぶる。布の中に塩辛いようなにおいが漂う。自分の股のにおい?
母のむすっとした顔。
そういうとき、思いきり口角が下がった。それをおれに見せつけつつ、おれと目は合わせず、母は目だけで下の方を見て、そのまま泣くこともあった。ひどい顔で、昔話のびんぼうなおじいさんみたいな顔だった。おれは母のそういう顔が不気味でおそろしかった。おそろしいとそのときはわかってなくて、なんだかよくわからず不安だった。
そんなことを言うのは優しくないだろうか。
また鼻を啜る。これも塩辛いような気がする。
ねずみ相撲をやる神社はしめ縄でも何か有名らしくて、いつも季節になると町の広報に大きな写真が載るし、やはりテレビ取材も来ていた。参道に掛け渡す太い長いしめ縄。子どもの腰より太かった。これは男の手だけで作るものと決まっていて、地域のおじさんやおじいさんたちが集まって保存会というのをやっていた。
おれの父親は参加していなかった。うちはよそから引っ越してきたからだろうか。でも、おれよりあとから引っ越してきた旗野のお父さんは参加していた。
よくわからなかった。
いまもわからない。
保存会の男たちがオーッオーッと掛け声を出して縄を綯い、綱引きみたいな眺めだった。軍手の人も素手の人もいた。チクチクして痛いだろうなと思った。汗がしみこむだろうなとも思った。
あのころから男の体に惹かれるのはすごくわかっていた。
父親のスポーツ新聞をこそこそ読み、そこにはゲイ的なものはいっさいなかったが、たぶんおれはそこに書かれていたエロそれ自体ではなく、それを見つめてよろこんだりふざけたりする男を想像し、興奮していたのだと思う。男たちの暗黙の了解。
ダイインに行くんですってゆたかさんに話せばよかったな。もしかしたら一緒に来てくれたかもしれない。初対面でそれはないか? でもそういうこともあるかもしれない。
ないよ。
さすがに。
十九時半にダイインは終わった。知り合いの既婚者、とおるくんじゃない人から、いまからどうかとLINEがきていた。かずまんさん。大丈夫ですと返信した。ラッキー。
それでっていうわけじゃないけど帰り際に募金した。募金箱を持った人がどうもありがとうございますと言ってステッカーをくれた。FREE PALESTINEと書いてあるステッカー。
「じゃあもうちょっと払いますよ」
おれは言い、千円札を一枚追加した。
冷えた体はすぐに温まった。かずまんさんと抱きあう前、シャワーを浴びたとき、いや、地下鉄に乗ったときから、ぜんぜんもう寒くはなかった。
すごい濡れてるねとかずまんさんが言う。
汁が出てることをいつもそう言う。おれの羞恥を煽ろうとして? おれのちんこはとても小さくて、余った皮の先っぽのところに汁がたまる。だぶついた皮のところに指を入れて自慰をする。セックスのとき、かずまんさんも指を入れてくれて、太い指にそうされるとたまらない。
濡れちゃったとおれも言う。女みたいに言う。女の人がそのように言うわけじゃないかもだけど、男のための暗黙の了解の中の女のせりふはそうだった。
ゆうべ燃えちゃって、もう、びしょ濡れ濡れで。
びしょ濡れじゃなくてびしょ濡れ濡れという言い方のほうがエロいと、あの漫画を描いた人は判断した。
さっき、もうちょっと払いますよって言い方はおかしかったな。飲み会の割り勘みたいな言い方だ。募金とかドネーションにそういう言い方は変だ。
恥ずかしくなってかずまんさんに強く抱きつく。かずまんさんのペニスを強く吸う。おれが恥ずかしくなっている事情をかずまんさんは知らないわけだけど、その結果としての行動がかずまんさんにいく。
おれのとぜんぜんちがう大きなちんぽ。かずまんさんが赤く張り詰めた先っぽでおれのをいじめる。おれのだぶつく皮にくわえさせる。ちんこなのにまんこだなあ。かずまんさんが笑う。おれは汁を垂らして媚びる。
かずまんさんはおれとするときタチっぽくふるまってくれるけど、本当はタチは苦手らしい。ウケがしたいらしい。でもおれもタチはできない。そしておれはウケっぽい感じでするけど尻はほとんど感じない。くわえたり舐めたりでじゅうぶんだ。こすりあわせるのが好きだ。だからほとんどコンドームは使わなくて、一応持ってきてるだけ。
口でするときも本当はつけたほうがいいんだけどねといつかとおるくんが言った。まあつけるわけないけどさとも言った。
このあいだとおるくんとしたとき、妊活中だと言っていた。二人目ほしいからがんばってる。排卵日に合わせてしてる。でも上の子が風邪ひいたりとかで狙った日にできないことはあって……。その日はがっつりおれの尻を使った。性欲処理みたいにしてごめんねととおるくんが言い、たぶんおれはそういうシチュエーションに興奮していた。
お願いして中に出してもらった。
帰ってから国境なき医師団に寄付した。次の日のデモでシオニストが絡んできたので、でかい声でカウンターに加わった。
べつに罪ほろぼしをしているわけではない。でも順繰りに話すとまるでそんな感じだ。
母親からLINEがきた。
オトンが今度手術することになった、オカンも風邪気味……。
スタンプ。スタンプ。
ぜんぜん関西の人ではないのに母は自分をオカンと言う。いつからかそう言う。テレビとかお笑いとかの影響だと思う。おれはそれがすごく恥ずかしい。
冬の澄んだ空に富士山がくっきり映えている。
富士山から東京タワーが見えるんですよとゆたかさんが言う。
「東京タワーもスカイツリーも見えますよ。うまくすると写真も撮れます」
まあそうか。こっちから見えるってことは、向こうからも見えるってことだ。
神さまみたいですねとおれが言ったら、いやいや……と照れた。照れるの変だろと思った。
夏になってこの人が富士山に帰ったら、おれは富士山の方を見て、あそこにいるんだよなあとか思うんだろうか。あそこからこっちも見えてるんだよなあとか思うんだろうか。
ゆたくんとまた会っている。またケーキを食べている。
ゆたかさんがくん付けにしてほしいというので、ゆたかくんと呼んでみて、ちょっと言いにくい気がしてゆたくんになった。
ゆんたくみたいですねと言ったらゆたくんはやはり首をかしげた。沖縄の方言ですよ。民宿で知らない人同士で飲むときにゆんたくって言われました。とおれが言ったら、「沖縄行ってみたいなあ」とゆたくんは笑った。
……それっておれと旅行したいってことですか。
そんなわけないのにおれはそう言いたくなっている。
「子どものころ、ねずみ相撲っていうのがあったんですよ」
おれは言い、ゆたくんは興味深そうにうなずく。それぞれしっぽを作るんですけど、このしっぽって要するにちんこですよね。親に作らせるんですよ。おれと母親は引っ越してきたばかりで、ぜんぜんじょうずに作れなくて……父親はそういうときいつもいなくて……。
おれはせりふを考える。
母親とも父親ともうまくいっていないという話もしてみるか? このあと本読みデモっていうのに行くんですよという話もしてみるか?
このあいだもらったステッカーはスマホケースに貼ってある。ゆたくんに見えるようにテーブルに置いてみる。
ぬれ鼠 オカワダアキナ @Okwdznr
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