第2話 アレスからの逃走

研究所で育った俺は、生まれた時から能力者だった。アレスが開発されてからは、彼ら彼女らを率いてダンジョンを攻略することになった。


当然、何体ものアレスが無惨にも破壊され、散っていく姿を見た。だがしばらくして、アレスの記憶にバックアップが作成され、破壊されても新しい素体に引き継ぐことで実質的にアレスの死は回避されるようになった。


——きっとそのせいだろう。俺は彼女達が遠い存在になってしまうことへの覚悟を、忘れてしまっていた。


「ルナリア……お前、アイツらに…」

「マスター、貴方がおとなしく指示に従ってくれるのなら、まだ私は貴方のアレスでいられます。…どうか抵抗しないで」


これは彼女の意思か?それとも無理矢理そうさせられているのか?…いや、きっとその両方だ。複雑な感情だ。まだそこにルナリアがいることが嬉しくもあり、もう俺の知っているルナリアじゃないことが悲しい。


「ッ……!そうかい。はぁ………そいつは無理な相談だなッ!」


腰からゆっくりとスモークグレネードを抜き取り、ピンを抜いて地面に投げつけた。面倒くさがって武器を預けるのを後回しにしていてよかった。


そして能力を発動——何もないところから大型の銃…レールガンを取り出す。人によってエーテル能力は異なるが、これが俺の能力の一つ。


「チャージ開始…レールガン最大出力…!」


——この際修繕費なんて誰も気にしない。


「…少しは頭冷やせ」


音速を超えた弾丸が放たれた。直撃はしなくても、衝撃はかなりのものなはずだ。


「…どうやら、第7世代の演算能力を見くびったようですね」


ルナリアが煙の中から姿を現した。足底の拡張パーツに備えられた噴射装置が点灯している。いつでも距離を詰められる。


——しかしそこに俺はいない。狙ったのは彼女ではなく壁だ。


「クソ…」


何かの破片が皮膚を切り裂いて小さな傷を作った。能力者は体内のエーテルを活性化させることで通常よりも速く傷を治せるが…今はさっきの一撃で余裕がない。


「遠くに…少しでもっ…!」


これからどうする?目の前の光景を受け入れたくないがために強行突破したが、もしかしたら本当に、オラクルに引き渡されるのが最善の選択なのかもしれない。


…いや、考えるのはやめよう。人類を根絶しようとしてる奴らだ、マトモなわけがない。


「うっ…なんて酷い…」


アストラ社の装甲車を見つけたが、どうやら逃げ出そうとした者は殺されてしまったらしい。


「すまんな…これが落ち着いたらしっかり弔ってやる……」


動かない仲間を車から引きずり下ろし、エンジンをかける。


「エーテルバッテリーかよ…!あんまり残ってねぇ…!」


アストラ社の兵器類はほとんどが動力にエーテルを使っている。互換性のあるアレスなら、エーテルを簡単に抜き取れてしまう。


「動いてくれよ…」


銃声、爆音、悲鳴…後ろの音は全て無視して、今は生き残ることを優先しなければ…


「自動運転は使えないのか…」


永遠にも思えたが、ようやく動き出した。訓練で何度か運転したことはあるが、正直得意とは言えない。


「クソ…どこに行けば…」


とりあえず旧国道に出た。しばらく直線が続くので、この間に誰かに連絡を取らねば。誰でもいい、とにかく状況を伝えなければならない。


「もしもしィ!?こちらエーデルワイス!至急応援を求める!」

『落ち着け、状況は?』

「その声…ラプラスか!一番頼りになる奴にかかるなんてラッキーだよまったく」


疲労を隠せないような気怠げな女の声が電話越しに聞こえた。…アストラ所属のエーテル技術研究者ラプラス。研究者だが、実質的に小隊のオペレーターでもある。かなり長い付き合いだ。


『あの声明はこちらにも届いている。奴らの狙いは君だ。周囲の安全は確保できているのか?』

「今は、な!一秒後にタイヤを撃ち抜かれてもおかしくない状況だ。既にアレスが暴走して無茶苦茶になってるんだ」

『そのようだな。確認できているだけでも、ペンティメント、シノノメ重工、AGE、アルカルクス製のアレスが暴走している。アストラの保有するアレスは全て奴らの手の中だと思え』

「んなことは言われなくても分かってる!」


しかし妙だ。違う会社の違う研究所が開発し、違う工場で製造されたアレスが、こうも同時に操られるものか?


『…合流地点を設定した。事故で吹き飛んだあの研究所だ。あの場所に…この一連の騒動の鍵があるかもしれない』

「遠いなまったく…!この調子じゃ燃料がもたんが…まぁいい、何がなんでも向かうぜ。お前も気をつけろよ!」

『言われなくても』


通話を切り、運転に集中する。どこかで別の移動手段を見つけなければならないが、果たしてどうするか…基地はどこも無茶苦茶だろうし、歩いていては見つからずに行くなど不可能だ。


「いや…そうか、一時凌ぎなら———」


その瞬間、遠くの崖上で何かが光った。一瞬でアレが何なのかを理解することはできた。マズルフラッシュ——既に俺の位置はバレていた。


そして、その射手が誰なのかも検討がついている。…俺の仲間…いや、元仲間、PN-455『クラーラ』…狙撃特化型アレスだ。彼女の放った大口径の弾丸は動く車のタイヤに正確に命中し、前輪左を抉り取った。


「うおッ…!?くっ……!」


操作を失う前にブレーキをかけ、急いで車から降りる。反撃のレールガンを一発ぶっ放してやったが、おそらく当たっていないだろう。だがいい、威嚇に過ぎない。クラーラなら、きっと次の狙撃ポジションまで移動を開始している。その間に射線から外れるまでだ。


「アイツらに使われたら敵わん——ド派手に吹き飛んでくれよ」


出力を抑えながら乗り捨てた車のエンジン部分を撃ち抜き、爆発で目眩しを試みる。アレスには効果は薄いかもしれないが、逆に利用されるよりはいい。


このまま目の前のトンネルを抜けるしかない。出待ちされている可能性があるが、今になって退くことはできない。全力で駆け抜け、包囲される前に突破を———


「———これは…詰みかぁ?」


トンネル内の薄い灯に照らされて見えたのは、またしてもアレスだった。


「クロード。ここで捕まってくれ」


AR-37『リーリャ』は第5世代の白兵戦特化型アレス。旧型とは言え、改修を重ねているのに加えて、元が少数精鋭のアルカルクス製だ。逃げ場のないトンネルに入った時点でかなり不利だ…


「本当にお前の…お前らの意思なのか?なぁ、これがお前らのやりたいことなのか?」

「…どちらでもあり、どちらでもない」


リーリャが噴射装置に火を点け、右手のブレードを展開した。アルカルクスのアレスは拡張デッキに武装を盛り込むオールインワンな設計だが、リーリャはそのほとんどをブースターに使用している。機動力は折り紙付きだ


「っ…!」


流石の速さ…あと一瞬遅ければ、右腕が吹き飛んでいた。


「テメェら…好きで人を殺そうってのか!」

「そうするべきだと判断すれば、皆そうするだろう」

「じゃあ俺達の戦いは何だったんだ?少しでも皆が安心して暮らせるようにって願ってた日々は何だったんだ!」

「やめろクロード!」


どうしようもない怒りが湧いて、腹の底から喉を通って吐き出た。仲間だったから…いや、今でも仲間だと思っているからこそ、この炎は鎮まらないのだ。


「理由も言わずにクソみたいな茶番に巻き込んで———!」


近接戦闘でアレスに勝てる道理は無いが、彼女の目的があくまで捕縛なら、対人間用に設計されていない以上本気は出せないはず。そこを突くことができればあるいは…


「抵抗しないでくれ!お前の協力次第で粛清計画は停止するかもしれないんだぞ!」

「そんな美味い話があるか!もう死人が出てんだよッ!今更止めたって許せるか!」


行動パターンを分析されているのだろう、こっちの攻撃はほとんど当たらない。だが読み通り、リーリャも本気じゃない。


「このっ…少しは話を聞け!」


腰部の射出装置から丸い金属片が飛び出したかと思えば、空中で爆発して凄まじい音と光を放った。


「うっ……!」


閃光弾をモロに喰らった俺はよろめき、リーリャを視界から外してしまった。その一瞬の隙に背後から一撃をもらい、そのまま押し倒された。


「悪いがおとなしくしてもらうぞ」


口元で何かの薬品を嗅がされ、意識が朦朧とし始めてきた。結局こうなるのか……


「…こちらAR-37、対象を確保。このまま輸送に移る。……すまない、クロード。こうするしかないんだ…」





————————————————————


Profile:PN-496

コードネーム:ルナリア

製造:ペンティメント・インダストリー

所属:オラクル?

実戦経験:2年

備考:ルナリアは近〜中距離での戦闘を得意とするペンティメント社の第7世代万能型アレスであり、多様な局面での運用が可能。アサルトライフルでの制圧行動や各部に備えられた改良型噴射装置による近接戦闘、高性能演算システムによる電子戦など幅広い場面で活躍していた。


オラクルに掌握されてからも明確な自我を残すなど、メンタル回路は非常に強固な作りとなっている。

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