思い出と花火の魔法少女

及川稜夏

「私ね、ほんの少しだけ魔法を使えるの」

 沙夜と初めて話した時、千花はいかにもなキラキラとした目でそう伝えてきた。柔らかそうな髪を肩で切りそろえて、リボンやレースのついた服を着ていたものだから沙夜も思わず少し、反応してしまった。

「じゃあ、見せてよ」

「ううん、今は見せられないよ」

千花は言っておきながら、適当な理由をつけて魔法をみせることを断っていた。きっと、そういうのに憧れているんだろうなとぼんやりと思ったことだけを、沙夜は覚えている。


 実を言えば、沙夜と千花は同じ小学校だった。何組もあって人数も多かったものだから二人が初めて話したのは小学5年生の時である。沙夜から見た千花はどうにも周りとは少し変わった存在であった。沙夜は決して千花の言葉を信じ切ってはなかったが、空想に入り浸ったおかしな子と切り捨てることもなかった。

 千花は沙夜に卒業まで一度も魔法を見せてくれることはなかったけれど、優しくてふわふわとした人間で、面白いことを考えるのが得意。一方沙夜はと言えば口調は強いけれどお節介焼きでしっかり者であったのでなにかと千花に頼られている。気がつけば二人は仲良くなっていた。使える魔法について、「使ったら消える」だのと設定を並べ立てるのもいつものこととして、放課後はごっこ遊びをしたり描いた絵を見せあったりして日々を過ごしていた。けれど別々の中学校に入ってから、二人の接点は段々と薄れていく。気がつけば、沙夜は数年単位で千花と連絡を取り合わなくなっていた。


「……懐かしいな」

 高校生になっていた沙夜は呟いた。室内は白の絨毯の上に木目調の円形テーブルが置かれ、部屋の壁に沿ってプラスチック製の収納ケースが置かれている、シンプルで整った部屋という印象だ。沙夜は古い写真をテーブルに並べ、眺めていた。沙夜ともう一人の少女が、公園の遊具で遊んでいたり、ふざけ合っていたり。家の掃除中に偶然出てきた写真とは思えないほど綺麗なままの写真である。

「千花と、しばらくあってないや」

 沙夜は人知れずため息をついた。

 千花に初めて会ったのは一体いつであったのか、正確には沙夜も覚えていない。それほどに二人が出会ったのはずっと前の出来事であった。小学校の5年生の時に初めて話したのだから、出会ってから7年は経っている。千花は、沙夜にとって手のかかる友人であった。なんでも沙夜に質問にやってくる。沙夜が通ったとなれば信号なんてろくに見ずに道路を渡ってきてしまう。その度に沙夜はお節介だと思いながらも世話を焼いていた日々であった。

 千花は底抜けに優しかったから、なんだかんだ言って二人の相性は良かったのかもしれない。今思い返せば、千花が「魔法が使える」と言い張ってみせてくれなかった思い出もなんだか微笑ましく思えてきていた。

 二人が疎遠になってしまった時期もこれまた曖昧ではあるのだが、二人が別の中学校に進学した時から沙夜はなんとなく察してもいた。初めは大量にやりとりしていたメッセージアプリも一週間、一ヶ月、一年と離れていって、ついには数年開いていない。それは千花も同じようであった。

「久しぶりに会いたいな。今何しているんだろう」


 沙夜のスマホの通知音が鳴ったのはその時である。スマホの画面を覗き込んでみれば、千花からのメッセージであった。

『沙夜ちゃん、久しぶり。元気ですか?』

『千花、久しぶり!元気だよ』

『しばらく連絡してなくてごめんね』

『こちらこそ』

その後、二人が再会を喜ぶメッセージがしばらく続く。

『沙夜ちゃん、お祭りに一緒に行かない?』

 やがて沙夜に送られてきたメッセージ。どうやらこれが彼女の本題であるようだった。

『お祭り?』

『うん、ほんの少しだけ魔法が使える人たちの集まり』

『夏祭りね。行くよ』

 送られてきたチラシの写真はなんの変哲もない祭りの写真であった。沙夜は千花の変わらなさに安堵しながらも、千花の考えは年相応ではないと考えるようにもなっていた。


 数日後の夜。数年ぶりにあった千花はやはりというべきか対して変わりはしていなかった。背こそ伸びていて服の色もパステルカラーから暗めの色に変わっているものの、相変わらず柔らかそうな髪を肩で切りそろえて、リボンやレースのたっぷりとついた服を着ている。

「変わらないね」

「そういう沙夜は変わったね」

沙夜は小学校の時には短くしていた髪を伸ばしていたし、服の好みはシンプルなものへと大きく変わっていた。

「とりあえず合流できたし、屋台でも見てみよ」

「私、かき氷食べたい。千花は何食べる?」

 二人は祭りの屋台へと向かっていく。


 住む街の祭りであったからあまり大きな祭りではなかった。けれども屋台は4列に渡っていてわたあめ、かき氷、いちご飴と並び、くじ引きや射的も出店している。

「あっ、あったよ、かき氷」

「沙夜ちゃん。お店、こっちにもあるよ。こっちの方が安いね」

「ありがとう。千花もなんか買ってきたら?」

千花の言うような『ほんの少しだけ魔法が使える人たちの集まり』ではないのはいつものことだ。二人は祭りを存分に楽しんだ。


 二人がすっかり屋台を周り終えた頃、辺りはすっかり暗くなっていた。時計を見れば夜の8時を回るところ。程なくしてドンっと色とりどりの花火が打ち上がり始める。桃色、薄緑、橙。花火が空を鮮やかに彩っていく。

「ねぇ、沙夜ちゃん。私、魔法をみせる決心が着いたんだ」

 千花が話しかけてきた。

「少しだけ、時間をちょうだい。沙夜ちゃん」


 花火の音は、聞こえなくなっていた。辺りを見回せば、沙夜たちはどうやら祭りの会場ではなく、公園にいるようであった。空を見上げれば見ていた花火の色のような夕焼け。滑り台、ブランコ、鉄棒、そして公園の広さ。どれも記憶の中にあるものよりもずっと小さいけれど、紛れもなく沙夜と千花がたくさん遊んだ公園であった。

「どうして?千花、何が起きているの?」

「ずっと言ってたでしょ?私は魔法が使えるって」

 千花は柔らかく微笑みかける。そしてあれ見て、と沙夜に何かを指し示してみせた。

 滑り台の上、わずかなスペースに少女が二人、何やら話している。沙夜には、二人が誰なのか、何を話しているのかはっきりとわかった。

『私ね、ほんの少しだけ魔法を使えるの』

『じゃあ、見せてよ』

『ううん、今は見せられないよ。でもいつか、見せてあげる』

 滑り台の上の少女たちはまだ話し続けている。

「懐かしいね」

 沙夜が横にいる千花を向き直せば、ほんの少しだけ千花は悲しそうな顔をした。

「次は、もう少しだけ長くここに居られたらいいな」


 突然、ドンっと音がして、辺りが真っ暗になった。沙夜が次に目を開けた時、もう千花はいなかった。代わりに季節外れの桜の花びらが無数に舞っている。空を見ればまだ、花火が打ち上げられて花を開いていた。

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思い出と花火の魔法少女 及川稜夏 @ryk-kkym

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