第2話 変わる

「……ってことがあって」


 「最近の子は面白いこと考えるねぇ」


 帰宅早々落ち込んでいるところを姉に見られたのでしょうがなく学校での出来事を話したら爆笑された。

 姉さんの反応で僕はさらに憂鬱な気持ちになる。


 「ごめんおもしろくてさ。でもさぁ彰人いい機会じゃない?」


 「いい機会?」


 姉の言ってる意味が分からない。


 「……なんであんたがこんな状況になったか分かる?」


 首を振る。分かる訳がない。


 「あんたは舐められてるんだよその子たちに」


 舐められてる?


 「あんたはその子たちより弱いと思われてるの。 私もあんたが同じクラスにいたらひ弱な冴えないもさい男子だと思うもの」


 姉さんが手鏡を見せてくる。

 鏡に映る僕はもさい髪型に眼鏡、ぽっちゃり体型で肩を小さくしている。

 スポーツも出来るわけじゃなく、勉強もすごく出来るわけじゃない平凡な男。


 「……あんた自信なさそうで特徴ないでしょ?そりゃターゲットにしたくもなる」


 姉さんが笑顔でうなずく。

 自分の弟だぞ、もっと心配してもいいんじゃない?


 「なんで僕がそんな言われなきゃ、何も悪いことしてないじゃん」


 「悪いことはしてないね……努力もしてないけど」


 だからって……怒りで頭がどうにかなりそうだった。


 「彰人……悔しい?」


 「悔しいに決まってるよ!」


 「なら変わりなさいバカにされない為にも」


 姉さんの目は真剣だった。浮かべていた笑顔は消えていた。


 「……変わる?」


 「そうよ、変わって3か月後に見せつけてやったらいいんじゃない? それこそあんたが彼女達を惚れさせる、それくらいの気概で努力したらいいんじゃない?」


 僕が彼女たちを惚れさせる……?

 陽キャでクラスの人気者の彼女たちを僕が?


 「そんなことできるわけ……」


 「すぐに下向かない! その自信のなさが今のあんたの現況を作ってるの、さっきの悔しさを思い出しなさい。……このままやられっぱなしでいいの?」


 「……よくない」


 「彼女たちにネタにされ続けていいの?」


 「よくない!」


 「その子たちにぎゃふんと言わせたいでしょ?」


 「言わせたい!」


 「なら彼女たち全員に告白して振ってやるそれの気概を持ちなさい!」


 「振ってやる!」 


 「うんその意気、相手はゲームをしてるんだものこっちも真剣にやれば勝てるに決まってるわ。私たちは相手の情報も知ってる。じゃあ勝つために必要なことはなに?……まずはあんたが変わらないといけないわよ?血反吐吐くような辛い思いするけどその覚悟はある?」


 覚悟……姉さんはやると言ったらやる人だ。

 僕は本気だった、このままじゃ嫌だった。


 女子に馬鹿にされる人生も、自分に自信を持てないのも。

 だから。


 「うんやってやる」


 「じゃあまず走りに行きましょう」


 この決断が3か月後にあんなことになるなんてこの時の僕は思いもしなかった。



 それからは本当にきつかった。

 身体づくり、とのことでランニングと筋トレが開始された。合わせて食事制限。

 最初ランニングは3キロも走れなかったし、腹筋や腕立て背筋なんて10回もできなかった。

 

 勉強もそう。

 勉強なんてほどほどにと思っていたのを基礎からやり直した。それこそ数学なんて中2の最初からやり直したくらい。


 それで何も無ければいいきっかけだったのかもしれない。

 

 

 でも彼女たちは本当に【告白ゲーム】を始めた。


 ある時の櫻井さんは同じ図書委員なのを利用して……


 「ねぇ井中君、先生に放課後の図書室の整理を頼まれてしまったの。……ちょっとさすがに一人じゃ手が余るし、手伝ってもらえない?こんなこと頼めるの井中君しかいなくて……」


 「えっ……あ、うん。い、いいよ」


 頼む時に上目遣いするのはずるいって、多分これも未来の練習だろう。

 一緒に図書室で共同作業をするうえで、身体が触れ合ったりして、その度に鼓動が高鳴る。

 彼女もその度に頬を赤く染めていい雰囲気を作り出す、何も知らなければすぐに好きになって告白しちゃう気がする。


 また教室では、


 「ねぇ教科書忘れちゃったみたい……一緒に見せてくれないかな?」


 僕の目を見てまっすぐに見つめてくる櫻井さん。

 彼女の大きな瞳に映る僕はなんとも滑稽な顔をしていた。


 さらりとなびく髪からは良い匂いがして魅了されそうになる。

 その後彼女に目を奪われて、先生にあてられたとき答えられなくて赤っ恥を掻いたけど。

 その時も櫻井さんが苦笑いしながら、答えを教えてくれた。


 「ごめんね」


 「いいのよ私も分からないことあったら教えてね」


 彼女の笑顔は完璧だった。

 もっと勉強しなきゃ、そう思った。

 

 

 体育の授業では……

 

 「おー井中君とペアだやった!よろしくねー」


 浜辺さんと同じペアになったりした。明らかに仕組まれてる。柔軟をしたり、1500メートル走のお互いのタイムを計ったり共同作業が続く。


 底抜けに明るい浜辺さんの笑顔にいつも僕はやられそうになる。

 

 「うわぁ井中君身体かったいねぇ!せーのっ!」


 「ちょっ、浜辺さん!そ、そんな足開かないぃいたたっ」


 柔軟でさえまともに出来ず苦悩する僕に、浜辺さんははじける様な笑顔で僕を見て笑ってる。

 でもこの笑顔も全部作り物だ。


 「笑いすぎておなかいたーい、……ねぇもっと押してもいい?」


 「ダメだよ?!」


 浜辺さんが柔軟のために身体を押し付けてくる。膨らみこそ小さいけど背中に感じる身体は確かに女子らしさを感じる。シトラスの制汗剤の匂いも香って女の子ということを否が応でも意識させられる。


 落ち着け僕。

 

 「ほら、じゃ次は走るよ!」


 浜辺さんは陸上部ということもあってタイムはすごく速い。

 それに比べて僕はというと……


 「ぜぇ、はぁぁ、ぜぇ」


 息も絶え絶えで今にも吐きそう。

 クラスの遅い女子より少し速いくらいで男子の中では圧倒的なびり。


 「あはは体力ないねぇ! ま、次があるよ次が!」


 彼女がぱん、と僕の背中を優しくはたく。でも知っている彼女が心の中ではあざ笑っているということを。

 もっと走れるようになろう、そう思った。


 またある日の帰り道。


 「あれ、井中じゃん偶然やっほ」


 「……冬月さん」

 

 公園でばったりと冬月さんと遭遇したりもした。本当に偶然かはさておいて。

 彼女は公園のベンチに腰掛け、まるで誰かを待っているような感じだった。

 何も知らなければ、期待して勘違いしそうになるけどそれもこれもすべて告白ゲームのためと分かっている。


 「今ひまっしょ?一緒帰ろー?」


 「え、あ、うん」


 「井中ってアニメとか好きだよね?」


 「いやまぁ嫌いじゃないけど……」


 「なんかおすすめない? 最近だと『推しの〇』とか『鬼滅』とかはちょっと見たんだけど」


 冬月さんは僕の顔を時折チラ見しながら聞いてくる。

 目が大きくて胸も中学生とは思えないほどに大きい。

 

 やばい目が吸い寄せられるそうになるのを必死で堪える。


 「あ、アニメだと『りぜろ』とかど、どうかな?おもしろいと思うよ」


 「おっけみてみるわ、井中ありがとね!」


 冬月さんは前に友達を見つけたのか笑顔で僕に手を振り走っていく。

 すぐに前の友達と楽しそうに話し出す。



 ……そういう日々が1週間続く。どうやら彼女たちは本気で告白ゲームをする気らしい。

 なんだかんだ舞い上がってしまう僕がいる。


 しかしこれはどこまでも告白ゲームな訳で。

 それを証明するように…


 「進捗はどう?」


 「「ばっちし」」


 「私も」


 そんな彼女らの話をまた聞いてしまったから。


 どこかで浮かれている僕がいた。

 わかってたことなのに彼女達も僕との会話を楽しんでいると思ってしまった。思いたかった。


 そうだよねこれはゲームだから。


 最初に姉さんにいわれたんだった。

 絶対に変わって彼女達を振ってやる、改めてそう決めた。

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