第45話 船原友希哉

「どうぞ、恭一きょういちくん、蒔野まきのさん。お口に合うと良いんだけどね」

「あ、ありがとうございます! あっ、こちら心ばかりのものですが……」

「おや、わざわざありがとう恭一くん。それじゃあ、後で皆で頂こうか。その時はまたお茶を淹れるよ」

「……へっ? あっ、そんなわざわざ……その、ありがとうございます」



 その後、ほどなくして。

 和の雰囲気が心地の好い畳の居間にて、見るからに上質そうなお茶と和菓子を用意してくださるご両親。そんなお二人に蒔野さん共々感謝を告げ、心ばかりの手土産をお渡しする。一応、由緒ある老舗のどら焼きなのだけど……どうか、お二人のお口に合いますように。



「それで、恭一くんは今教師を務めているんだよね? すごいね、僕にはとても出来そうにないから」

「あっ、いえそんな! その、僕はまだまだ未熟で、力及ばないことばかりで……それでも、こんな僕を支えてくれる人達がいて、どうにか続けられている次第です」

「まあ、それは仕方がないよ。まだ教師になって月日も浅いんだから。でも、支えてくれる人がいるのは、きっと君自身がその人のために何か行動したからだと僕は思う」

「ええ、私も。こうして話しているだけでも、恭一さんの誠実なお人柄が窺えるし……何より、貴方の大切な生徒さんを見れば一目瞭然……ねえ、蒔野さん?」

「はい。何の誇張もなく、今の私があるのは由良ゆら先生のお陰……彼が、私を救ってくれたんです」

「……お父さま、お母さま……蒔野さん」



 そう、優しい声音で告げてくれるご両親と蒔野さん。僕を見る皆の目は、声音こえに違わぬ暖かな優しさに溢れていて。本当に申し訳なく……そして、それ以上にありがたく思う。


 ……だけど、だからこそ甘えていてはいけない。高鳴る鼓動を抑えるように、自身の左胸に手を当てつつ呼吸を整える。そして、喉から押し出すようどうにか声を振り絞り――



「……あの、お父さま、お母さま。友希哉ゆきやくんが……お二人の大切なご子息がその尊い生涯に幕を閉じたのは、他でもない僕の責任です。本当に……本当に、申し訳ありません」



 そう、ゆっくりと言葉を紡ぐ。暫し、沈黙が場を支配する。その間、僕はじっと俯いて……いや、分かっている。逃げちゃいけないって。……それでも、怖い。どんなを……どんな言葉を向けられるか――



「……良かったら、これを読んでくれないかい。恭一くん」

「……へっ?」


 卒然、すっと届いた柔らかな声。顔を上げると、視界には真っ白な封筒が一つ。……えっと、僕に、だよね? 一応ご了承を頂き、ゆっくりと封をあける。すると、現れたのは三つ折りになった一枚の用紙。これが何か……流石に、確認するまでもない。お二人のご子息――そして、僕の大切な友人たる友希哉の手紙。きっと、最期に僕に宛てた手紙だろう。


 ……うん、分かってる。ただ、この紙を開くだけ……ただ、それだけのこと。……なのに、開かない。先ほど以上にいっそう震える手が、開くのを……内容なかを目にするのを拒むように――



「…………蒔野さん」



 ふと、ポツリと呟く。隣にいる彼女が、そっと僕の手を取ったから。大丈夫です――言葉にせずとも、その優しい手が……その暖かな微笑みが伝えてくれる。そんな彼女に、僕も微笑みそっと頷く。



 ……うん、ありがとう。もう、大丈夫。すっかり震えの止まった手で、ゆっくりと手紙を開く。すると、そこには――






【――こんばんは、きょうさん。恭さんと俺の仲ですし、堅苦しい挨拶とかはなしにしますね。



 まさか、自分がこんな台詞を言うことになるなんて夢にも思いませんでしたけど……きっと、恭さんがこれを読む頃には俺はこの世にいないっす。



 ……さて、何から話しましょうか。正直、話したいことがありすぎて、全部詰め込んじゃったらとんでもない量になるっす。控えめに言っても、文庫本一冊くらいの量にはなるかと(笑)



 けど、そこまでお付き合いさせるつもりもないのでなるべく手短に済ませますね。やっぱり、まずは出会いから。入社初日、緊張しっぱなしで右も左も分からずあたふたしていた俺を優しく和ませてくれて本当に嬉しかったです。いつもですけど、あの時の優しい笑顔は特に印象に残ってます。



 それと……恭さん、あの日盛大なミスをやらかしてましたけど……あれって、俺のためっすよね? 不安と緊張でつぶれそうになってた俺を安心させるために、上司である恭さんが自ら大きなミスをしてみせてくれたんですよね? その時は分かりませんでしたが、後になって流石に分かりましたよ。どんなにうっかりしてても、恭さんがあんなミスをするはずないって。全く、お人好しにもほどがありますね。俺、知ってるんですからね。その件で、恭さんが大目玉を食らってたの。



 それからも、恭さんはずっと優しかった。上手く出来た時は褒めてくれて、失敗した時は励ましてくれて、それでも挑戦したことを褒めてくれて。今だからぶっちゃけますけど……正直、ここが自分に向いてるとは今でも思ってないっす。でも、それでも続けてこれたのは……他でもない貴方がいたからです、恭さん。だから、改めてありがとうございます。



 そして、これが一番言いたかった……と言うか、言わなきゃ駄目なことなんすけど……どうか、自分を責めないでください。俺が死んだのは、俺が弱かったから――だから、自分のせいで俺が死んだなんて、絶対に思わないでください。……まあ、だったら死ぬなって話ではあるんすけどね。



 それから、最期に――俺の恋心きもちに、真っ直ぐ真剣に向き合ってくれて、本当に嬉しかったっす。恭さんと出逢えて……恭さんを好きになって、本当に良かった。本当に、幸せでした。だから、どうか――




 ――どうか、幸せになってくださいね。恭さん】

 



 

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