第41話 誓い

 ほどなく、ゆっくり扉を閉め教室を後にする僕。そして、少し歩みを進め角を曲がったところで――



「……お待たせ、蒔野まきのさん」

「……いや、お待たせも何も……私が、勝手に聞き耳立ててただけですし」

「……まあ、それでもだよ」


 そう伝えると、少し面映ゆそうに答える清麗な少女。きっとさっきまでは扉の近くにいたんだろうけど、ここまで移動してきたのは……まあ、僕と同じ理由だろう。そして、そもそも彼女が来ていた理由も――



「……もう、大丈夫ですね。あのお二人も」

「……うん、そうだね」


 そう、柔らかな微笑で告げる蒔野さん。そんな彼女に、僕も微笑み頷いた。




「……それにしても、ちょっぴり妬いちゃいますね」

「……どうしたの? 蒔野さん」

「……分かりませんか? 貴方が、音咲おとさきくんになさっていたお話のことですよ。彼には、随分と詳細に話していらっしゃいましたよね? 私にはほとんどお話してくださらなかったのに」

「……あっ、えっと……」



 そう、ジトッとした目で告げる蒔野さん。……うん、そうだったかも。でも、それは決して彼女には言いたくなかったというわけでなく――



「……ふふっ、冗談ですよ」

「……へっ?」

「……ですが、いつかお話ししてほしいとは思っていますが。私も、貴方の苦痛いたみを共にしたい……貴方が、私にそうしてくれたように」

「……蒔野さん」


 すると、優しく微笑みそう口にする蒔野さん。そんな彼女に、僕も笑って頷いた。



 

「……それにしても、我ながらよくバレなかったなと」

「……ん? 何のこと?」

「……いや、決まっているでしょう。あまりの衝撃的光景に、思わず扉にぶつかってしまったあの瞬間ときですよ」

「……ああ、そのことね。それでも、声を出さなかったのは流石だね、蒔野さん」

「……衝撃のあまり、声も出なかっただけですよ」

「……ああ、なるほど」


 そんな蒔野さんの説明に、なるほどと納得を示す僕。恐らく、本当のことと見ていいだろう。あの瞬発的な出来事に咄嗟に声を出さないようにするのは相当に至難の業だし、そもそもここで嘘を言う理由も別にな――



「……なんで、避けなかったんですか?」


「…………へっ?」


 すると、ふと呟くように尋ねる蒔野さん。だけど……心做しか、その声はどこか――



「……確かに、突発的なことだったかもしれません。それでも……あの時の彼の心理状態であれば、衝動的に近くにある物を放ることくらい、想定出来たのではありませんか? ……いえ、貴方は実際に想定していたように思います。なのに……どうして、避けなかったんですか?」

「……それは」


 そう、続けて問う蒔野さん。気のせいじゃない……明確に、ひどく震えた声で。


「……お忘れかもしれませんが、私は貴方に生かされたのですよ? 貴方がいるから、私も今生きているんです。だから、もし……万が一にも、貴方に何かあったら……今度こそ、私は死んでしまいますよ?」

「……蒔野さん」


 刹那、ぐっと胸が詰まる。……そうだ、僕だ。死のうとしていた彼女に、生きることを望んだのは……生きることを強いたのは、他でもない僕――この命で脅迫して、彼女に生きる以外の選択を与えなかったのはこの僕だ。だから、僕は――



「……うん、分かった。ごめんね、蒔野さん。本当に……本当に、ごめんね」

「……由良ゆら先生」


 そう、絞るように告げる。声と同様、震える彼女の身体をぎゅっと抱き締めながら。すると、ややあって――



「……次は、許しませんよ? 次、約束を破ったら……今度こそ、許しませんから」


 そう、絞るように告げる。言葉に込めた想いを体現するように、僕をぎゅっと抱き締めながら。そんな彼女をいっそう強く抱き締めながら、心の中で改めて誓う。――この約束は、決して違えないと。



 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る