第40話 伝えたかった言葉
「…………
音咲くんの話を聞き終え、呟くように彼の名を口にする。音咲くんが、
「……俺の、せいで……俺が、考えなしに告白なんかしたせいで、
そう、絞るように呟く音咲くん。聞いているだけで胸が塞がる、甚く痛ましい声で。そんな彼に、僕は――
「……君は、すごいね……音咲くん」
「…………へ?」
僕の言葉に、ポカンと目を丸くする音咲くん。まあ、そうなるよね。全く以て何の脈絡もなさそうな発言だし、それ以上に――
「……ふざけてんの?」
そう、じっと僕を見つめ尋ねる。息を呑むほどに綺麗なその
「ううん、ふざけてなんかいない。僕は、本当に君を――」
「――それがふざけてるって言ってんだよ!!」
直後、後方から衝撃が響く。きっと、黒板に直撃したのだろう。直前、音咲くんが放ったスパナが黒板に――
「……あ、その……ごめん……」
すると、ややあって謝意を口にする音咲くん。僅かに掠り血の零れた、僕の左の頬を真っ青な
だけど、謝る必要なんてない。それほどの衝動を彼の中に生じさせてしまったのは、この僕。気にしないでと伝え、そのまま彼をじっと見つめる。そして――
「……僕は、人を死なせてしまったんだ。その尊い想いを僕に告げてくれた、大切な友人を」
「…………へっ?」
「……いや、なに言って……」
僕の言葉に、茫然と呟く音咲くん。……まあ、そうなるよね。死なせてしまった、なんて物々しい言葉、そうそう耳にすることもないだろうし。それも、よもや自身の担任教師の口から。だけど――
「……事情は、似たような感じだよ。皆が皆というわけでもなかったし、理解を示してくれた人達もいたと思うけど……それでも、きっと似たような感じかな。僕に告白してくれたその友人は、ほどなく社内でそういう目に晒され、心ない言葉や根も葉もないことまであれこれ言われ……」
「…………
「……だけど、僕は何も出来なかった……いや、何もしなかった。僕に対してもなくはなかったけど、主に被害を受けていたのは彼……だから、巻き込まれないよう卑怯にも逃げて、大切な部下を……友人を見殺しにしたんだ」
そう話す僕を、口を一文字に結び見つめる音咲くん。軽蔑、したかな? うん、それも当然。
「……ねえ、音咲くん。僕の友人は……
「……いや、そんなことは……」
そう、じっと目を見て告げる。……全く、我ながら意地が悪いと思う。何も間違っていないし、罪なんて何一つない――そんな分かりきった答えを、敢えて彼の口から引き出そうとしているのだから。
「……でも、それでも……」
そう、少し顔を附せ呟く音咲くん。きっと、頭では分かっている。だけど、
……うん、きっとここまで。僕じゃ、きっと彼の心は動かせない。だから――
「……ねえ、音咲くん。今だったら、信じてくれると思うんだけど……さっき言ったこと、ほんとだよ。僕は君のことを本当にすごいと思うし、心から尊敬している。だって……君はそんなにも辛く苦しい思いをしたのに、大切な友人のことを一番に心配して、必死で護ろうとして……そして、今もずっと助けようと頑張っているんだから」
「…………由良」
「……でも、僕じゃ君の心は動かせない。だから――」
「……? どうしたん……っ!!」
刹那、弾かれたように目を見開く音咲くん。僕が移した視線の先――扉の方をじっと見ながら。そこには――
「……その、久しぶりだね……
そう、仄かに微笑み告げる端整な少年。そんな彼に、茫然とした
「…………いつ、き……」
「……なんで、お前が……てか、いつから……」
「……うん、ついさっきかな。その、先生に……ってどうしたの先生!? なんか、血が出てるけど!!」
「……あ、いや……うん、ちょっと階段で転んじゃってね」
「そうなの!? ……えっと、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう杉崎くん。だけど、それよりも……」
「あっ、うん!」
そんなやりとりの後、再び音咲くんへと視線を移す杉崎くん。……ふぅ、あぶないあぶない。良かった、あの
ともあれ、再び音咲くんをじっと見つめる杉崎くん。そして――
「……その、成海くん。ほんとに……本当に今更なんだけど……その、ほんとにごめん!」
「…………なんで、お前が謝って……」
そう、茫然と呟く音咲くん。そんな彼を、じっと見つめたまま口を開いて――
「……成海くんは、ずっと僕を護ろうとしてくれてた。自分が一番辛かったはずなのに、それでも僕を一番に護ろうとしてくれてた。それも、君の大切な想いに応えられなかった僕を」
「……唯月」
「……なのに、僕は逃げた。僕は、弱くて臆病で……そんな自分が嫌で、君に顔を合わせられなくて、ずっと……昨日も、僕に会いに来てくれていたのに、ずっと逃げたままで……だから、ごめん。それから……少しびっくりしたけど、嬉しかった。だから……こんな僕を好きになってくれて本当にありがとう、成海くん」
「……っ!! ……いつ、き……っ」
そう、真摯な
「……俺こそ、俺の方こそごめん……そして、俺の方こそ、本当にありがとう……唯月」
そう、絞るように告げる音咲くん。その綺麗な頬に伝うのは、一滴の雫。そして、それは瞬く間に数を増していって……うん、邪魔者はそろそろお暇しなきゃね。
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