第30話 卒然の来訪者
「……さて、これでひとまず話は終わりだけど……どう? 軽蔑した? 先生」
「……
そう、ニコッと微笑み尋ねる久谷さん。そんな彼女の笑顔に、胸の痛む音がする。その太陽のような笑顔の裏に、どれほどの苦悩を隠しているかと思うと、ズキリと胸の痛む音がして――
軽蔑なんてしていない――そう、言葉を掛けることは簡単だ。実際、軽蔑なんて一切してないし。
だけど……だけど、それを言って何になる? 僕なんかがそう言って、いったい何になる? そんなことで、彼女が何ら癒されることはない。僕一人が出来ることなんて、皆無と言って差し支えない。
――そう、僕一人なら。
「――突然の無礼、どうかお許しください、久谷さん」
「…………え?」
卒然、ゆっくりと扉が開く。すると、茫然とした様子の久谷さんが、少しの間があった後ゆっくりと口を開いて――
「…………
「はい、ご無沙汰です久谷さん。体調のほどはいかがですか?」
「……あ、うん、大丈夫……」
「そうですか、それは何よりです」
卒然の――きっと、相当に思い掛けない来訪者にポカンとした様子の久谷さん。……まあ、それもご尤も。彼女からすれば、よもや蒔野さんが――あのメールにて久谷さん自身が不登校にまで追い込んだ生徒が、よもや自分からこうして姿を見せるとは予想だにしなかっただろうし。
……まあ、かく言う僕も未だに少し驚いてるんだけども。本当にすごい子だと、改めて思う……ほんと、僕なんかよりずっと。
「……あの、蒔野さん。どうして……」
「おや、大切なクラスメイトだから、という理由だけでは足りませんか?」
「……いや、そんなことはないけど……でも、知ってるよね? 私が、貴女に何をしたのか」
すると、唖然としたまま尋ねる久谷さん。一方、そんな彼女に悠然と微笑み答える蒔野さん。そして、改めてだけど……やっぱり、分かってたんだね久谷さん。例のメールの送り主が久谷さん自身だと、蒔野さんが気が付いていたことに。
そんな久谷さんの問いに、やはり悠然と微笑を湛えたままの蒔野さん。そして――
「ええ、もちろん。ですが、ご心配なく。私は全く以て貴女を恨んでいませんし……どころか、感謝を申し上げたいくらいですので」
「…………かん、しゃ?」
そう、目を丸くして呟く久谷さん。まあ、そうなるよね。彼女を責める気は全くないけど……流石に、お世辞にも褒められた行為とは言えないからね、あれは。そして、そんな彼女の疑念に答えるように――
「……まあ、その反応もご尤もでしょう。客観的に判断すれば、私は貴女を恨みこそすれ感謝する覚えなどまるでないでしょうし。あの件が、私自身の罪であることを差し引いても」
「……だったら、どうして」
そう、微笑み告げる蒔野さん。それから、呆然と尋ねる久谷さんに対し、彼女は再び口を開いて――
「……だって……貴女のお陰で、私は先生と一線を越えられましたし」
「蒔野さん!?」
思いも掛けない蒔野さんの発言に、思わず声を上げたのは久谷さんでなく僕。いや、流石にそれは予想外にも程が――
「……あの、先生……いったい、それは」
「いや違うよ久谷さん! ……いや、違わないかもしれないけど……あの、蒔野さん? なんで、このタイミングでそれを?」
「へっ? ああ、私が久谷さんに感謝しているのは、あの件のお陰で
「そんなキャラだっけ君!?」
すると、最後の方に片目を閉じちょっと舌を出す蒔野さん。いやそんなキャラだっけ君!? あと、先走りというかそれはもはや――
「…………ふふっ、ふふふっ……そっか、最低だね、先生?」
すると、ふと前方から届いた声。見ると、何とも
「それで、確認だけど……じゃあ、こういうことで良いのかな? 由良先生は、
「いや違うよ!? 最後に関しては明確に違うよ!?」
「……えっ? でも、さっき蒔野さんが一線を越えたって――」
「ほら蒔野さん! あんな言い方するから、久谷さんが壮大な誤解を――」
「……ええ、あの溶けるほどに熱い夜のことは二度と忘れな――」
「意外とノリいいね君!!」
それから、間もなくのこと。
何とも楽しそうに尋ねる久谷さんに、すぐさまツッコみを入れる僕。更には、朱に染まった頬に手を添えうっとりしたような微笑で話す蒔野さんにもツッコんで……うん、意外と似た者同士なのかな? 君達。
……まあ、それはともあれ。
「……あの、久谷さん。その、一応言っておくけど……その、キスだけだからね?」
「……いや、何の弁解にもなってないけど」
一応、そんな説明をしておくも呆れたように微笑み答える久谷さん。……うん、だよね。僕も自分で言いながら思ったよ。
「……それにしても、あの由良先生がねぇ。一応聞くけど……蒔野さんに弱みを握られて、とかじゃないんだよね?」
「うん、違うよ。そもそも、蒔野さんはそんなことしないしね。あれは……僕の意思だよ」
「……ふぅん、そっか……やっぱり、最低だね?」
僕の
「そう、僕は最低だ。それでも、こうして図々しくも前向きに生きている。だから……君が、自分を嫌いになる必要なんてないんだよ、久谷さん」
「…………へっ?」
そう告げると、ポカンと呆気に取られた
「ええ、そうですよ久谷さん。私だって、恋人がいると知りながら彼に迫ったわけですし。それも、傷心につけ込む形で」
「……傷心って……もしかして、先生……」
「……まあ、想像に任せるよ」
そう、柔和に微笑み告げる蒔野さん。そして、そんな彼女に申し訳なく思う僕。……まあ、こんな気持ちこそ最も失礼なのかもしれないけど。
……ただ、それはそうと……果たして、伝わっただろうか? 僕だけなら、きっと駄目だった。でも、蒔野さんなら伝わるものもあると思う。……でも、それでも足りないかもしれない。だから――
――トントントン。
ふと、控えめに届くノックの音。……良かった、来てくれたんだ。……いや、まだ分からないか。ともあれ、音の方向へと向かいゆっくりと扉を開く。すると、そこには栗色のロングヘアーを纏う綺麗な女性。柔らかく微笑み感謝を告げる彼女に、僕も感謝を告げ――
「…………え?」
直後、後方から届いた声。振り返ると……果たして、目を見開き唖然とした
「…………おねえ、ちゃん……?」
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