第16話 久方ぶりの
「…………ふぅ」
ある平日の朝の頃。
深く呼吸を整え、どうにか緊張に対処する。そんな私がいるのは、教室の扉の前――もう随分と久しい気のする、一年二組の教室の扉の前で。
『――無理はしないで良いからね、
あの日――文字通り命を救ってもらった日の帰り道にて、あの暖かな微笑で
とは言え……意を決したとは言うものの、いざ学校に――
『――僕は、いつでも待ってるから』
刹那、彼の言葉が蘇る。……うん、駄目だ。ここまで来て逃げちゃったら、きっとこれからもずっと逃げる。そして、そうなってしまったら……うん、流石にもう顔向け出来ないし。なので――
「…………ふぅ」
再度、深く呼吸を整える。そして――
「…………失礼、します。遅くなって、申し訳ありません」
控えめに扉を開き、控えめに謝意を告げる。……ところで、扉の前に――いや、そもそも廊下に誰もいなかったのは、もう授業が始まっているから。もう、一限目が半分ほど過ぎてしまっているわけで。
久方ぶりの登校で、時間を間違えた――なんて
……だけど、今は反省なんてしている余裕はない。そもそも、つい昨日までずっと欠席だったのに遅刻で反省したところで……まあ、開き直りだとは自分でも分かってるけど。
ところで、この空白の一ヶ月についてだけど――これまた由良先生のお陰で、無断欠席にはなっていない。更には、足踏みする――あるいは、怖気づく私に代わって彼が私の父と話をしてくれた。恐らくは父と私の双方のため、例の件について詳しい事情は話さず父と話をしてくれた。なので、初日のようにあちらこちらをうろつくことなく、普通に欠席できて……いや、この言い方もどうかとは思うけども。思うけども……まあ、それはともあれ……ほんと、感謝してもしきれないなぁ。
ともあれ、そろそろ現実に――目の前の光景に向き合わなければ。卒然……それも、随分と久方ぶりに姿を現した私に対し――
「――おはよう、蒔野さん! ううん、気にしないで。どうせ僕の授業だし」
「……いや、どうせって」
そう、真っ先に声を掛けてくれたのは――やはりと言うか、教科書を片手に壇上から微笑みかける担任教師たる由良先生で。……いや、どうせって。
ともあれ、そんな彼の自虐に――決して暗い雰囲気にならない和やかな微笑での自虐に、室内のところどころから笑い声が起こる。……ほんと、流石だなあ先生。
あと、ついでに白状すると……再登校の日を今日に選んだのは、一限目が古文――即ち、由良先生の授業だと分かっていたからで。うん、意を決してなんて言ったけど……まあ、何とも情けない打算があったわけで。
…………ただ、それはそれとして――
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