第13話 視線

 その後、彼女が頭をぶつけた音を聞きつけてか、俄に生徒が集まり始めた。いや、生徒だけでなく教師も……だけど、その中の誰一人として顔を識別できなかった。ただ、霞んだ視界の中に大人と子どもがいるのが漠然と分かるだけ。どうやら、何やら騒がしい雰囲気ではあるけれど……その声の一切が、私の脳は認識できなかったようで。



 ただ、ほぼ感覚のないそんな状態でも分かったことがあるとすれば……ほどなく、そこにいる全ての人の視線が――見えなくとも明瞭に感じられるほどの恐怖を孕んだ視線が、ただ独り階段の途中に立ち尽くす私へと向けられているということで。



 そして、当然というべきか――午後からは、臨時休校となった。警察の捜査が入り、生徒は全員帰宅――そして、翌日以降の登校については学校側からの連絡を待つという形になった。


 ――その中で、唯一の例外は私。これも当然というべきか、今件――藤本ふじもとさんの死の件にて、唯一現場にいた私は重要参考人として事情聴取を受けることとなった。


 だけど、私への嫌疑はほどなく晴れることに。と言うのも――あの現場には監視カメラが設置されていて、警察がその映像を確認し不慮の事故だと判断したためで。





 ――そして、翌朝のこと。



『――昨日の事故について、皆さんもう知っていると思います。中には、現場を見た方も少なからずいることでしょう。ですが、警察の方々の捜査により不慮の事故ということが判明しました。なので、特定の生徒を非難するようなことは控えて――』



 体育館にて、壇上から厳かな表情で語り掛ける学校長。結局、授業は通常通り――だけど、この朝礼は急遽開かれることとなったもので。理由はもちろん、昨日さくじつの事故についての説明――そして、生徒達に注意喚起をするためで。


 ……まあ、恐らくは私のためというよりは学校のため――間違っても、当校で殺人事件が起きたなんて噂を拡散されないようにするためだろう。

 でも、別に悪いとは思わない。事実、警察は事故として処理したわけだから嘘は言っていないし、私としては学校に迷惑を掛けて申し訳ない気持ちもある。なのに、理由はどうあれ結果的に私を擁護しようとしてくれているのだから、感謝こそすれ文句を言う筋合いなどないわけで。



 ともあれ、学園長の説明のお陰で皆が事故だと信じてくれた……なんて、そんな都合の良い展開があるはずもなく――



『………………』



 教室の至るところから刺さる、私に対するクラスメイトの視線。そして、そのほぼすべてが嫌悪、恐怖といった負の感情を孕んでいて。


 だったら、教室から出ればひとまず解放される――なんて、もちろんそんな都合の良い展開もあるはずなく。



(……ねえ、あの子だよね……)

(……うん、恵子けいこに聞いたんだけどさ、なんかクラスメイトの男の子を巡って対立してたとか)

(うわっ、痴情のもつれってやつ? でも、それで殺しちゃうとか……こわっ)


 廊下を歩くと、少し遠くから届く他クラスの生徒の会話。一応、ひそひそ話の体をとってはいるが、別に聞こえたとて問題ない……いや、むしろ聞こえるように言っている可能性が高いか。


 ともあれ、教室のみならず校内の至るところで刺すような視線はとどまることなく――いや、むしろ日に日に強く感じるようになって。それは、藤本ふじもとさんからやっかみを受けていた時期が何だったのかと思うほどに酷く神経をすり減らす日々で。そして――



 ――卒業までおよそ半年を残し、私は中学から姿を消した。

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