第4話 衝撃

「――ここ、お邪魔しても良いかな? 蒔野まきのさん」

「……あの、由良ゆら先生。もう何度も申していますが、別に私に許可を取る必要はないのですよ?」

「ははっ、まあ一応ね」



 それから、二週間ほど経て。

 昼休み、例のごとく屋上にてそんなやり取りを交わす僕ら。もはや恒例のやり取りで、それがなんだか心地好くて。


「――それにしても、よほど私のことがお好きなのですね、先生?」

「……うーん、まあ否定はしないかな」

「……いや、そう返されると困るのですが」


 ――なんて、最近はお互いそんな冗談まで交わせるようになってきて。……まあ、別に冗談でもないんだけどね。実際、好きかどうかと問われれば間違いなく好きだし。



「……ところで、以前まえからお尋ねしようかなとは思っていたのですが……もしかして、いつもご自分で作っていらっしゃるのですか? お弁当」

「えっ? うん、そうだよ。蒔野さんは?」

「……私も、一応は自分で作っています。ですが、凄いですね由良先生」

「……いや、それを言うなら蒔野さんもだよね」

「私は基本的に暇ですから。ですが、先生はお忙しいはずなのに……」

「……うーん、そうでもないけどなぁ。実際、蒔野さんの方がよっぽど凄いと思うけど」



 ともあれ、食事開始から数分後。

 そう、感心した表情で言ってくれる蒔野さんに反論する僕。実際、蒔野さんの方がよっぽど凄いと思う。僕が学生の時は、自分で作ってなんていなかったし。


「……ところで、先生。もし宜しければ、今度……いえ、何でもないです」

「……? そうかい?」


 すると、少し目を逸らしつつ何かを話そうとするも、自身でとどめる蒔野さん。いったい、どうしたのだろ……うん、まあ良いか。言いたくなったら、その時にまた言ってくれるだろうし。





「……ふぅ」


 それから、数日経た休日の朝。

 随所随所に呼吸を整えつつ、ゆっくりゆったりと川沿いを走っていく。ちなみに、すぐ左に見えるは鴨川――京都市の南北を流れ、長さ27kmにもなる淀川水系の一級河川で。


 ところで、休日の朝はこれが――鴨川沿いをジョギングすることが習慣となっている。市街地の賑やかな雰囲気も嫌いじゃないけど……比較的人の少ないところで自然を身近に感じる時間も、やっぱり心身の安定のためにも必要だと思うから。



「……これで、良いのかな」


 それからほどなく、走りを止め歩きつつそんな呟きを零す。何の話かと言うと、蒔野さんに対するこれまでの僕のアプローチについてで。


 僕の思った通りにすれば良い――以前アドバイスを求めた際、なずな先輩はそのように言ってくれた。……でも、本当にこれで良いのかな? 一応、一定の成果が出てる気もしなくはないけど……何かが、足りない気がする。きっと、それはもっと決定的な、根本的な何かで――



「――うわっ」

「……あっ、ごめん! 大丈夫かい!?」


 そんな黙考の最中さなか、ふと胸の当たりに衝撃が走る。見ると、そこには鮮やかな金色の髪が。どうやら、この子とぶつかってしまったらしい。まあ、流石に衝突それは確認せずとも感覚で分かったのだけど……それはともかく、大丈夫かな? 衝撃の程度から判断するに、きっとこの子は走ってきたのだろう。だとしたら、その分この子への衝撃も強く――


「――別に、大丈夫」

「……へっ?」


 すると、ポツリとそう言ってそのまま駆けていく男の子。いや、顔が見えたのは一瞬だったし後ろ姿からも断言はしかねるけど、恐らくは……ただ、いずれにせよ大丈夫そうなら良かった。


 ところで、それはそうと……随分と、綺麗な子だったな。一瞬だったけど、それだけははっきりと分かった。


 彼も、よく鴨川ここに来るのかな? ……いや、どうだろう。僕は休日含めそれなりの頻度でくるので、彼もよく来てるのなら、この長い川沿いと言えど一度くらいは見かけてそうなもの――


 ……うん、よそう。考えても分かることじゃないし、もしまた出会でくわすことが改めて謝ろう。

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