その④ 十五粒のグミの実

 私の実家はよく言えば自然豊かな、悪く言えばド田舎という、山間やまあいの小さな集落にありました。近所には遊び相手になりそうな同性の友達もいなかったのですが、五月の連休の間だけ隣の家に遊びに来る女の子がいたんです。年が同じだったので自然と仲良くなって、その子がここにいる間は地面に蝋石ろうせきで絵を描いたり、泥団子を作ったりして楽しく遊んでいました。


 私たちは、好きなものが似ていました。

 犬、絵本、リボン。

 特に好きだったのがグミの実です。


 グミの実、食べたことありますか?


 サクランボの実を縦に細長くしたような見た目をしていて、赤く熟すととろりとしていて甘いんです。うちのすぐそばにグミの木が植えられていたのですが、女の子がこちらを訪れる時期と、グミの実が食べ頃を迎える時期が重なっていたこともあり、ザルいっぱいに収穫したグミの実をささやかなお喋りと共に食べる時間を私たちは心待ちにしていました。

 

 一年のうちわずかな間しか会わないのに、私はその子のことが大好きでした。

 それでも子供というのは残酷なもので、会う機会の少ない人のことなど簡単に忘れてしまうのです。ましてや小学校に上がってしまえば、遠い場所に住むその子よりも学校で会う友達の方が心を占める割合が多くなります。

 向こうも小学校へ通うようになり、色々と忙しくなったのかもしれません。こちらへ来る頻度は次第に少なくなっていき、中学に上がる頃には連休になっても姿を見ることはなくなりました。自然とグミを食べる機会も少なくなり、は収穫されることなく鳥たちのエサとして放置されていましたが、その時の私はグミの実よりも甘いお菓子に夢中になっていたので、特に気に留めることもありませんでした。


 大学二年生の冬、我が家にグミの木をどうするかという話が持ち上がりました。家の建替えに伴い曖昧だった隣家との境界線を調べたところ、グミの木の枝が隣の敷地にかかっていたことが分かったのです。お隣さんは「付き合いも長いし、別に気にせぇへんで」と言ってくれたそうなのですが、この先ずっと良好な関係であるとは限らない、揉め事の種になりそうなものはこの際全て撤去しようという話になり、グミの木は最後の実がなくなり次第、ることが決まりました。


 その年の春、グミの木は心なしか例年より多く実をつけたような気がしました。赤い実をつつく鳥たちの様子をぼんやりと眺めていたその時、なぜか分からないのですが「私も食べなくちゃ」という強い衝動が唐突に湧き起こりました。私は脚立を持ち出してグミの木に立て掛けて上ると、腕を伸ばして一粒もぎとり、洗うこともせずそのまま口に入れました。


 数年ぶりに食べたグミの実はとろとろと口の中に広がり、爽やかな甘さが、ここで女の子と笑いながらグミを食べた日々の記憶を一瞬にして蘇らせたのです。


 私は届く範囲の実をすべて取ると、脚立から降りてひたすら食べ続けましたが、十五粒食べたところで不意に目から涙が零れ落ちました。服の袖で何度拭ってもすぐに涙が溢れてきて止まりません。涙腺が壊れたのかと思うぐらい泣いているのに、それでも私は「食べないといけない」という想いに駆られてグミの実を口に入れ続けました。


 気の済むまで食べたところで、ようやく涙がおさまりました。「昔のことを思い出したせいでノスタルジックな気分になったのかな」と思い、家の中にいた母にそのことを話すと、母が「▼▼ちゃん、グミ好きやったもんねぇ。今年で最後やし、もしかしたらアンタの身体借りて食べに来たんかもしれんね」と言ったのです。


 どういうことなのかと母に尋ねると、女の子は中学三年生、十五歳の時に病気で亡くなったのだと聞かされました。ここへは静養を兼ねて来ていたそうで、「小さい時から病院と家を出たり入ったりしてたからなかなか友達も出来ひんかったんやけど、一緒に遊んでくれてほんまありがとうなぁ」と亡くなった報せと共にお隣さんに言われたそうです。


 母からは「あんた、▼▼ちゃんと仲良かったからよう言えへんかったんよ。ごめんな」と謝られましたが、母の言ったことが本当なのだとしたら、私は「薄情でごめんなさい」と申し訳ない気持ちになるのと同時に、最後のグミの実をあの子と一緒に食べることが出来て良かったと思いました。


 それ以来、グミの実は食べていません。

 きっとこれから先も、食べることはないと思います。

 泣きながら食べたあのグミの実の味を、忘れたくないので。

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