『i』の話
もも
その① 三夜連続
生まれてこの方、幽霊など視たことがなければ金縛りにすら遭ったことのない私ですが、ひとつだけ、今でも不思議に思う出来事があります。大学四年生の冬、日本史好きな友人と卒業旅行で鹿児島県の知覧へ行った時のことです。
知覧は言わずとしれた特攻隊の基地があった場所で、多くの若者が死ぬことを承知で国のために戦った、言うなれば特攻隊員の最期の地です。幕末から明治維新、更にそこから第二次世界大戦までの激動の時代が最も好きだった私たちは、夜行バスで十二時間かけて鹿児島県へ向かいました。
市内から更にバスに乗ること、一時間。ようやく知覧に到着し、その日の夜は特攻の母と呼ばれる方がかつて営んでおられた宿へ泊まり、翌日に特攻平和会館へ足を運びました。
自分よりも年下の十代の若者たちが、誰ひとりその身を嘆くことなく「お国のために」と二度と帰れないことを覚悟の上で出撃し、空の下で散っていったその事実と、そうしなければならないところまで追い詰められていた当時の日本の情勢を思うと、友人と二人、自然と涙がこぼれました。
様々な想いが去来する中、行きと同じく帰りも夜行バスで戻ってきたのですが、おかしなことはその次の日から起きました。
妙に身体がだるいのです。
背中から首にかけては熱いのに、背骨のあたりは隙間が空いているようにぽっかりと寒く、全体的に重い感じがします。慣れないバスの座席で長時間同じ体勢で過ごしていたからきっと姿勢を悪くしたのだろうと思っていましたが、翌日もその翌日もずっと重いまま。三日も続くとただの肩こり・首こりじゃないのではと思うようになりました。
また、自分の身体と心が分離するような感覚にも襲われてぼんやりする時間も増え、頭では「何か変」と思っていてもどうにも身体が言うことをきいてくれません。
それに加えて、三夜連続で悪夢としか言いようのない、気持ちの悪い夢を見る始末です。
全ての夢で、おびただしい血が流れるのです。
特に十年以上経った今も覚えているのが、薄暗い個室に置かれた真っ白な洋式便器から、ごぼごぼととめどなく鮮血があふれだしてきて止まらないというものです。白かった便器は血で真っ赤に染まり、床も何もかもが赤くて、あまりの怖さに目が覚めました。
さすがにこれだけ連続で怖い夢を見続けるのはおかしい、もしかするとあの旅行で誰かを連れて帰って来てしまったのかもしれないと思い始めた私は、とりあえず近くの護国神社へ急いで行き、必死で「ついてきちゃった人、ここは鹿児島ではないですが、貴方のいた場所に近いところです。こちらで眠りについてください」と祈りました。
その夜以降今日に至るまで、あの時のような悪夢は見ていません。私についてきてしまった人は、あの護国神社で穏やかに眠ってくれたのでしょうか。
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