第14話 ニートと社会人――千波咲の決断


「これまずくないか……?」


 黒髪ロングの超美人な女性が血だらけで倒れている。

 壁にもたれかかって、ぐったりと。


「ヤバいヤバいどうしたらいい。人を発見した時の対処聞いてないって!」


 焦って取り乱してしまう。


「落ち着け、落ち着け俺。まずは生きてるかの確認……」


 女性をじっと見てみる。

 体が一定の間隔で少しだけ動く。息はしているみたい。


「大丈夫ですかー! 生きてますかー?」


 声をかけてみたが反応はない。


 とそこで、女性の手に握られたステータスカードに気付く。


 それを拾いあげて確認してみる。


――――――――――――――――――――

 千波咲 24歳 Eランク

162センチ 痩せ型


Lv.15

HP 12/995

MP 300/498


スキル

・逆張り  Lv.3 ・剣技   Lv.2

・危機察知 Lv.1 ・気配感知 Lv.3

・オールラウンダー Lv.2

――――――――――――――――――――


「HPは……ある。よかった、やっぱりまだ生きてるっぽいね」


 ギリギリだがHP0ではない。ひとまず安心。

 でもここからどうすればいいのか。


「休憩エリアに戻って職員に伝える……はないか」


 呼びに戻ってる間、ここに放置する訳にはいかない。

 モンスターにやられる可能性があるからね。


「じゃあ俺が運ぶ……?」


 それはそれでまずくないか?

 目が覚めた後に、俺が運んだって知ったら多分死にたくなるはず。

 俺キモいし。


 それどころか訴えられる可能性だってあるんじゃないか?

 倒れた女性の心臓マッサージを男がしたら訴えられたって話、聞いた事あるし。


「目が覚めるのを待つか」


 ……それだと失血死とかありそう……。


「もういいや、運ぶか」


 訴えられたらその時はその時で。

 ここで死なれる方が寝覚めが悪い。


「運びますからねー」


 念の為そう伝えて、リュックを前にしてから女性を背負う。

 あまり動かさないように、慎重に。


 あれ……めっちゃ軽い。

 俺力強くなった……?


 ほぼ背負ってないかのように軽い。

 あっ俺がどうこうってより、この女性が軽いだけか。


「そろーりそろーり」


 女性の怪我が広がらないようにゆっくり歩いて移動する。


「まじでモンスター来ませんように」


 ここで来られたらだるすぎるからな。

 頼むよモンスター。空気読んでくれ。


「――あさん」

「っ」


 急に、女性が小さな声で何かをつぶやいた。


「あ、起きました?」

「……んー」


 まだ意識がハッキリしてないようだ。


 が、俺は念の為に話しておく。


「今休憩エリアに向かってますからね」

「…………ん? ここは……?」


 だんだん女性の目が覚めてきたみたい。


「ここはダンジョンの2階層です。あなたが倒れてたので、今こうして運んでいます」

「……えっ。あ、えっ。これはどういうっ!?」


 女性は俺の背中であたふたしている。


「お、落ち着いてください。あなたが死にかけてたから、俺は休憩エリアに運んでるだけです!」


 つられて俺も少し焦って、早口でそう説明した。


「そ、そうだったんですね。なんか、すみません……」

「大丈夫です」


 これはキモがられたやつだな……。

 はぁ、イケメンじゃないと人助けすら嫌悪の対象か。


「――っそうだ! あの、今すぐ引き返してください!!! この先に化物がいるんです!!」

「っビックリしたぁ」


 急に耳元で大声をだす女性。

 俺は思わず驚いて肩をびくっと震わせつつ、すぐに訊き返す。


「化物って?」

「巨大な蜘蛛のモンスターです! アイツはヤバいです。私たちじゃ絶対に勝てない相手です! なので今すぐ引き返してください!」


 巨大な蜘蛛のモンスター?

 さっき倒した奴の事であってるのかな?


「そのモンスターの見た目って、ケツマッカチビスパイダーの大きいバージョン?」

「はいその通りです。もしかして貴方も遭遇したんですか?」

「遭遇もなにも、もう倒したよ」

「え?」

「え?」

「巨大な蜘蛛、ですよ? ケツマッカチビスパイダーじゃないですからね?」


 なんか信用されてないっぽい。


「分かってますよ、巨大な蜘蛛をちゃんと倒しましたよ」


 厳密にはケツマッカチビスパイダーなんだけどね。

 異常個体ってだけで。


「ええ……信じられない」

「……(俺そんな弱そうに見えるの? なんかショック)」

「あなたも探索者を最近始めた方ですよね?」

「……? どこかで会いました?」

「昨日ダンジョンに入ってすぐの場所で吐かれたりしませんでしたか?」

「あ」


 この女性あれか。

 俺と同じタイミングで吐いてた人だ。

 まさかこんな再会をするとは。


「吐いてたって事は、探索を最近始めた初心者ですよね? あの化物は初心者に到底倒せる相手じゃないんです。私が勝てなかったんですから! だからとにかく引き返してください!」


 え?

 この人も吐いてたし初心者って事だよね?

 す、すごい自信だな。


「本当に倒しましたから安心してくだいよ。ほらこれ、信用になるか分からないですけど、ステータスカード見てください」


 俺のステータスカードを渡す。


「あの蜘蛛を倒してレベルが一気に10以上上がったしスキルもレベルアップしました。どうです?」

「!? なにこのステータス……それにスキルも……(レベルの割にステータスが高すぎる。見たことないスキルも持ってるし、何者?)」

「え?」


 え、もしかして弱いの?

 その冷たい言い方じゃ悪い意味にしか聞こえない。


「納得しました。すみません、取り乱してしまって」

「いいですけど……(なにを納得したんだか……)」


 俺はステータスカードを返してもらう。


「……というかDランクなら言ってくださいよ。てっきり私あなたの事Eランクだと思ってたから」

「え? D?」


 ステータスカードを確認。

 ほんとだ。Dランクになってる。

 気付かなかった。一体いつの間に。


「……そういえば、もう下ろしていただいて大丈夫ですよ。私歩けます」

「あ、はい」


 女性を背中から下ろして、リュックを前から後ろに戻す。


「じゃあここからはひとりで戻るので」

「いや、付いて行きますよ」

「いえ心配なさらず。ここまで連れてきてくれただけでも嬉しいです。ありがとうございます」


 そう言って女性はひとりで帰ろうする。

 がしかし、かなりおぼつかない足取りで、フラフラ歩いていた。


 さすがにこれで付いて行かない選択肢はないだろ。


 俺は黙って女性の隣を歩く。


「……? 付いてこなくて大丈夫ですよ。一人で帰れるので」

「勝手に付いて行ってるだけだから俺の事は無視してください」


 こういう遠慮してくるタイプはああだこうだ言っても聞かないからな。

 我を通すのが正解。


「そう……ですか……」

「……」


 しばらく無言が続く。

 俺の足音と、女性の引きずる足音だけが聞こえる。


 そして、その沈黙を先に破ったのは女性だった。


「少し気になってたんですけど、なんでジャージなんですか?」

「え? あ、いや装備買うお金が無くて……」

「それで高校のジャージ?」

「自分が持ってる中だと一番動きやすいんですよ」

「ふふっそうなんですね」


 ふと、女性の顔を見る。

 否、見てしまった。


 可愛い。


 さっきまで凛とした雰囲気だったのに、急にそんな笑顔をされたら意識してしまう。


 ミスった。できるだけ顔を見ないようにしてたのに。

 まずい。もうこれ緊張して喋れないかも。


「……お名前聞いても?」

「えっ、あつ、え、いや、あ、ナギトです……」

「ナギト……私はサキって言います。この度は助けていただき、ありがとうございます」

「いや、自分はなにも……」


 そっぽ向いて話していると、


「これって……」


 サキさんが立ち止まってそうつぶやく。


「ん?」


 サキさんが指差した方をみる。

 穴ぼこだ。


 俺が異常個体と戦っていた時にできた、大量の穴。


「ああ、これがなによりの証拠ですよ。巨大蜘蛛を倒した」

「……手強かったですか?」

「そりゃもちろん。めちゃくちゃに強かったです」

「怖くはなかったんですか?」

「怖かったですよ普通に。戦った後足震えてたし」

「……凄いですね」


 なんか褒められた。

 なんでか分かんないけど嬉しいからヨシ。


「……私、探索者向いてないんですかね」

「?」


 急にしんみりした様子で訊いてくる。


「え、どうしたんですか急に」

「なんとなく、訊いてみました。ごめんなさい、忘れてください」

「……」


 サキさんはそう言った後に歩き出す。


 これ世間でよくいう察してくれ的なやつか。

 うーん、なんて答えたらいいんだ。


 少し考えこみながら黙って付いていく。


 そして、俺は足りない知識の中で一個だけ思いついたことを訊いてみる。


「楽しいですか?」

「はい?」

「ダンジョン探索は楽しいですか?」

「…………まぁ、本職よりかは」

「だったら向いてるんじゃないですか?」

「?」

「楽しいと感じる事が少しでもあるなら、向いてると思いますよ。人生楽しんだもん勝ちっていうし」

「は、はぁ……」


 あれ納得いってなさそう。

 難しいな。


「ほんと個人的に思ってる事なんですけどね。向いてる向いてないって、楽しめてるかどうかだと思うんですよ」

「……」


 サキさんは黙って相槌をうつ。


「極端な話、Sランクの探索者でも、ダンジョン探索を楽しいと感じてないんだったら、苦痛だと感じているなら、個人的に向いてないと思っちゃうんですよ。何を指標にするかって話でもあるんですけど、結局人生って一度きりだし、楽しい方を選択した方が絶対いいじゃないですか」

「……はい」

「だから、楽しいと感じてるサキさんは、探索者に向いてると思います。あっ、強要とかじゃないから負担に思わないでください」

「大丈夫です」

「とにかく伝えたいのは、楽しい方を選んだらいいかもって話です。すみません、自分ごときが出過ぎた事を言って」

「いえそんな……。少し考えてみますね。聞いてくれてありがとうございます」


 つい喋りすぎた。

 オタク早口きついって思われちゃっただろうか。

 ごめん、ニートが社会人に偉そうに話して。


 その後、休憩エリアまでサキさんに付いて行き、探索者協会職員のところまで送り届ける。

 

 命に別状はないとの事だったので、サキさんとは分かれた。


「さて、イレギュラーが起きたけど、気を取り直して探索再開といきますか」



――千波咲の視点


「はぁ……」


 その日、探索者協会で治療を終えた彼女は、自宅に帰宅。

 居間でじっと一点を見つめ、今日の出来事を思い返す。


(ナギト……不思議な人だった……)


 あの化物を1人で討伐できる強さがあるのに、なぜあんな弱弱しい態度なのか、なぜ彼から自信を感じられないのか。


 彼女は疑問だった。


 自信があって負けた自分と、自信がなくとも勝った彼。

 彼女とは真逆の存在に、少しの興味が湧く。


「……楽しいと感じているか」


 彼から言われた言葉引っかかる。


 ――楽しいですか?


 これを訊かれて、彼女が真っ先に思い浮かんだのは探索者の事ではなく本職の方だった。


(……楽しくない)


 会社の上司からは散々嫌味を言われ、同僚同士は常に足の引っ張り合い。


 何か自分から行動をした分だけ損する会社。

 でしゃばらず、いかにサボって給料を貰うかに特化した人たちとの仕事は苦痛でしかない。


 それに比べて探索者は、動いた分だけ、働いた分だけ結果がついてくる。

 今日みたいな危険が伴う仕事ではあるが、努力が裏切られる場面は少ない。


 彼女は深く、深く考えて。

 決断する。


「よし、やめよっ!」


 肩の荷が下りた彼女は、ここ数年で一番清々しい表情を見せた。



――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

ニートが社会人に説法とは……。


***********************

突然ですが、新作を始めました。


内容はこちらと同じく現代ダンジョンもので、

主人公は平凡な高校生。


高校生をやりながら、

仲間と楽しくダンジョン探索する作品となっています。


今日、第1話を投稿したのでよかったら読んでみてください。


この作品と比べると序盤のテンポが、

1.5倍くらいはやいですw

――――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る