第13話 初のスキルレベルアップと千波咲


「ふぅ、落ち着いてきたな」


 少し目をつぶってゆっくりしたおかげで、震えと興奮はだいぶ治まった。


「さて、ステータスは成長したかなー?」


 ステータスカードを取り出して見る。


――――――――――――――――――――

 椎名凪斗 27歳 Dランク

173センチ 痩せ型


Lv.38

HP 21553/21553

MP 10776/10776


スキル

・透明化  Lv.5 ・危機察知 Lv.1

・昼夜逆転 Lv.8 ・弱点特効 Lv.2

・スライムキラーLv.1

・ネズミキラー Lv.3

――――――――――――――――――――


「うへっ!? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん!?」


 レベルが上がり、ステータスが大幅上昇。

 HPとMP両方とも倍以上伸びた。


「まじか……あはっ、MPにかなり余裕ができたな。しかもスキルもレベルアップしてるし、敵なしじゃないかコレ」


 【透明化】と【弱点特効】どっちもレベル1アップ。


 効果がどれほど伸びるのかは分からないが、なんせLv.10が最大だからな。1上がるだけでも相当違うのだろう。きっと。

 期待大。


「でもまぁ、新しいスキルが手に入らなかったのは残念だよなぁー」


 頑張ったご褒美に1個くらいくれてもいいじゃん。

 異常個体キラーとか回避の達人とか。そんなスキルあるか知らんけど。


「強いて言えば、一番のご褒美はこれだね」


 巨大蜘蛛の魔石を手に取る。

 子犬くらいはある大きな濃い紫色の魔石だ。


「こんなん絶対高いでしょ」


 スライムやチビヒキコウモリの魔石が、小石くらいの大きさで数円から数十円ってのを踏まえると。


 これは数千円から数万円くらいはしそう。


「うへっ、楽しみだなぁ」


 想像するだけでニヤニヤが止まらない。

 早く換金がしたい。


 が、ここは一旦落ち着いて。


 まだ探索は全然始まったばかり。

 疲労も溜まってないし、探索を再開しようと思う。


「とりま魔石はポーチに入れて――あれ、入らない……」


 魔石の方が大きすぎてウエストポーチに入らない。


 ウエストポーチくんは頑張って吸い込もうとしてくれてるんだけどね。


「だめだ入らん」


 諦めてリュックに押し込んで入れる。


「これでよし」


 ダガーを右手に、探索再開。


 ――スキル【透明化】



――とある女性探索者の視点



 超大型ダンジョン、2階層。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸をしながら、血で滲んだ震える手を壁に添えてゆっくりと歩く女性がひとり、そこにいた。


 千波咲せんばさき

 最近探索者になったばかりの、ソロの女性探索者だ。


 彼女は全身血だらけの状態で、壁に体重を預けるようにして前へ進んでいく。


 うしろを振り返ることはせず、ただ前だけを見て……彼女は必死に逃げていた。


 自身にここまでの傷を負わせた、化物から。


「なっ……んで、あんな奴が……ここに……」


 彼女は化物――巨大蜘蛛の事を思い返す。


 ……それは、理不尽そのものだった。


 ――少し前。


 彼女は持ち前のスキルと魔剣を使い、スライムやチビヒキコウモリを倒して順調に探索をしていた。


 そんな時、突然スキル【危機察知】が反応した。


 そのスキルが発動するのは初めての事だったので、彼女は驚いて回避行動をとる。


 訳も分からず無意識に。


 しかしすぐに気づく。その選択は正解であったと。


 振り返ると、自分がいた場所が酸によって溶けていたのだ。ジュウゥっと嫌な音を立てながら。


 しかも、天井には巨大な蜘蛛のモンスターがいた。


(蜘蛛……気配感知に反応はなかったのにこんなすぐそばに……つまり、コイツは格上)


 彼女は冷静に状況を分析する。

 探索初心者ではあるが、彼女には知識と才能、自信が人の何倍もあった。

 だから並大抵のことで動じはしない。


(2階層の情報にこんな奴はいない……ケツマッカチビスパイダーに似てはいるけれど、逃げた方が無難ね)


 探索での無理は禁物。

 これは探索者の鉄則で、ソロであれば尚更。


(様子を伺ってる今がチャンス)


 彼女は逃げるために、巨大蜘蛛に背中を向けて走ろうとした。


「っ」


 逃げる選択は間違っていなかった。

 が、背中を向けたのは判断ミスであった。


 巨大蜘蛛は背中を見せた彼女に一瞬で飛び掛かる。


 動物界の鉄則。背中を見せたら終わり。


 彼女の中で無意識にあった動揺が、その当たり前な情報を一瞬だけ忘れさせ、結果失敗を招いた。


 そこからは必死の攻防。

 彼女の攻撃は効いてるようには見えなかったが、それでもなんとか巨大蜘蛛の攻撃を防ぎつつ、何度も反撃を繰り返した。


 センスだけで、格上相手に命懸けで食らいついた。


 ――時間は現在に戻る


「ここまで……来れば……もう、大丈夫か……」


 彼女は深くその場に座り込む。

 壁に寄り掛かって、全身の力を抜いていく。


(運が良かった……)


 巨大蜘蛛が何か、後方に気を逸らしたおかげで彼女は逃げ切る事ができた。


 理由は分からないが、それ以上巨大蜘蛛が追ってくることはなかった。


(……逃げられたけど、これからどうすれば……)


 彼女は一時逃げ延びただけで、助かった訳ではない。

 巨大蜘蛛は帰り道にいるのだ。 


(私が助かる方法は……)


 1、またアイツに挑んで倒す。

 2、どうにか横を通って逃げ切る。

 3、誰か、他の探索者が倒してくれる。


(無理……)


 どれも可能性が低い。絶望的。


(あんな足が速い化物から逃げ切れる訳ないし、こんな浅い階層にいる探索者がアレを倒せる訳がない。それに)


「私も……勝てない……」


 彼女は血まみれの手でステータスカードを取り出し、見る。


――――――――――――――――――――

 千波咲 24歳 Eランク

162センチ 痩せ型


Lv.15

HP 12/995

MP 300/498


スキル

・逆張り  Lv.3 ・剣技   Lv.2

・危機察知 Lv.1 ・気配感知 Lv.3

・オールラウンダー Lv.2

――――――――――――――――――――


「絶対無理ね……」


 巨大蜘蛛にもう一度挑戦するには、残りHPが少なすぎた。


(こうなるって分かってたら、回復ポーション買ったのに……)


 浅い階層だからと、HPを回復させるアイテムを買っていなかった。

 今の彼女に、HPを回復させる手段はない。


「悔しいなぁ……なんでこうなったかな……」


 ――セクハラだぁ? ったく、君は愛想が無いよな。美人が勿体ないぞw


 ――もっと付き合いを大事にしないと、彼氏もできんぞ。


 ――企画書? ハハッ、自主的に動くのは素晴らしいが、まず君は愛想良くしたらどうだ。


 走馬灯のように、会社の上司の言葉が頭に浮かぶ。


(こんな時にまで……しつこい……)


 彼女は会社の上司から日常的にパワハラを受けていた。

 それが本当に苦痛であった。


 辞めたい。でも生活する為のお金が必要。

 転職の余裕も心の余裕もない。


 資本主義と恵まれた時代に産まれたの者の宿命。

 失う事が何よりも怖い。


 そんな中、彼女の住む宮崎市に超大型ダンジョンが出現。


 これだ。そう思った。

 彼女は探索者になって、会社を辞めても問題ないくらいお金を稼ごうとした。


 普通の人なら、無謀だとか、いや無理でしょ、そう考える。


 しかし彼女は、神に愛されてるかのように昔から才能に溢れ、人間関係以外はなにをやっても上手くいく人生を過ごしてきた。


 だから、探索者になって稼ぐ。それに不安も疑問もなかった。


 自分の身ひとつで、1人で何かをする事に圧倒的自信があった彼女は探索者になり。

 結果、案の定順調に進んでいた。


 スキルに恵まれ、モンスターとの戦闘もなんの問題もない。

 そして過信することなく、慎重にダンジョンを探索していた。


 なのに、理不尽が襲ってきた。


「うっ……うう……頑張ったのに……頑張ってるのに……なんで、こんな……」


 涙が頬を伝い、ぽたぽたと地面に落ちる。

 彼女はそれを拭おうとはしない。いや拭えない。

 体に力が入らないのだ。


 ただ肩を震わせ、声を震わせて泣く。


 彼女が最後に涙を流したのは子供の頃。

 家で飼っていた愛犬が死んだ時だった。


 それ以来彼女は、どんなに悔しいことがあっても、悲しいことがあっても、泣く事だけはしなかった。


 私なら、なんとかできる。なんとかなる。


 そう信じて行動してきた。


「……でもっ、これは……無理だってぇ……」


 薄暗い洞窟に小さな弱音が響く。

 彼女の心は折れ、やがて泣き疲れたのか――意識を失った。



――椎名凪斗の視点


「……えーっと、これは……死んでるのか……?」


 俺はケツマッカチビスパイダーの異常個体を倒した後、探索を続けていたら人を発見した。

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