第7話 チュートリアルのあいつ
「ナギト、あそこを見ろ。少し奥にいる水色の物体、あれがスライムだ」
オサムの兄貴が指差す方を見やると、そこには地面を這う様にしてゆっくり移動するスライムがいた。
そいつは俺たちに気付いていないのか、奥の方へ少しずつ進んでいる。
「あれがスライム……。ブルーハワイって感じで、なんだか美味しそうな見た目ですね」
「いやぁそうでもないぞ」
「へえ(食べたことあるんだ……)」
「それよりナギト、試したいことがあるんだろ?」
「です。じゃちょっと行ってきます」
「おう行ってこい」
俺はスキル【透明化】を発動し、スライムに歩いて近づく。
ただの散歩の様に、早過ぎず遅過ぎず、追いつくレベルのスピードで。
「……」
地味に緊張する。
オサムの兄貴がいうには、スライムは人間に気付いたら、窒息死させるために真っ先に顔へ飛びついてくるらしい。
ただそれは、簡単に回避できるようで。
横に避けて、スライムが地面に着地したタイミングを狙い、体内の核に向かってダガーを突き刺す。
これが初心者の俺でもできる楽な攻略法だとか。
だがしかし、俺の予想が正しければ、俺はそもそも気付かれることなく倒す事ができる。
スキル【透明化】の力でな!
え?
気付かれるに決まってる?
少し薄くなる程度のスキルなのに、バレないわけがないって?
まぁまぁ、みてなって(ちょっと強がり)。
「……っ」
スライムとの距離がかなり近くなってきたので、俺は万が一に備え、飛びつき攻撃を警戒しながらゆっくり前へ進む。
そろりっそろりっ。
だいぶスライムに近づいた。
誇張抜きに、目と鼻の先。
もう普通に殺せる距離にいる。
でもスライムは俺に気付かず呑気に徘徊している。
やっぱりこれ透明化の能力が効いてるよね?
と、言いたいところだが、まぁまだ背中側だからね。
スライムが鈍感な可能性もある。
本当に透明化のスキルのおかげかどうか確かめるには、前側に回り込むしかない。
……よし、いくか。
チュートリアル(雑魚)といっても、相手はモンスター。
俺は少しばかりの覚悟を決めて、スライムの前側、進行方向に立つ。
すると。
「――おお!」
スライムは俺の存在を完全に無視して、何事もなかったかのように股の間を通って止まらず進んでいく。
試しに、再度前に立ってみるが、結果は同じく股の下素通り。
声を出しても俺に気付かない。
足で進行を邪魔してみても、スライムは迂回して進むだけで、俺を一切攻撃してこない。
予想的中。
俺のスキル【透明化】は機能していた。
きたぁーーー!!!
これやっぱり透明化強いじゃん使えるじゃん!
俺の時代きてるじゃん!
ということで、確認は終わったのでスライムくんを倒します。
手伝いありがとな。
「えいっ」
スライムの半透明な体の中に浮いていた球体――核をダガーで破壊。
瞬間、スライムは一気に溶けてなくなり、その場には小さな紫色の魔石と光る粒子が残る。
そのすぐ後に、光る粒子は俺の体に吸い寄せられて消えた。
「おお、なんだこの感覚」
粒子が入って来たと同時に、なんだか落ち着くような、心地の良い感覚がきた。
これがゲームにもある経験値なのかな?
実際はこんな感じになるんだ。すげぇ。
そこでオサムの兄貴がきた。
「お~いナギト! さっきのは一体どういう……?」
「オサムの兄貴! あれは、えっとですね――」
スライムの一連の行動を不思議に思ったオサムの兄貴に、俺は興奮気味に事情を説明する。
「~ってな感じです」
「はぁ~いやまさか透明化が機能してるなんてな、驚いたよ! ちゃんとしたスキルで良かったなナギト!」
にこやかな表情でそう言って肩を軽く叩いてくるオサムの兄貴。
おっふ地味に痛い。
流石二つ名がメロン肩@破壊神さん。名前の伏線回収ですね。俺の肩破壊されそうです。
「でもまぁ、俺から見たらまだ薄くなってるだけなんだが……モンスターから見たら完全に透明って事なんだよな? 不思議なスキルだな」
「それについては多分、俺よりオサムの兄貴が何倍も強いからかもしれないです」
「ああ、レベル差ってやつか。確かにその可能性はありそうだな」
俺が薄くなってるようにしか見えない理由は、多分オサムの兄貴とのレベル差。
レベルってのは、ステータスカードのレベルじゃなく、単純な強さのこと。
シンプルに格上すぎる相手には、透明化が通用しないって事なんじゃなかろうか。
ゲーム的に考えるとって感じではあるが。
ここは検証が必須だな。
「じゃあ魔石回収をした後は引き続き探索といこうか」
「はい!」
それから俺とオサムの兄貴は約1時間、ダンジョンを休憩なしで探索し続けた。
2階層に続く階段のチェックをしたら探索は終わりの予定だったが、オサムの兄貴的に俺は見込みアリとの事で、階段チェック後に、引き続き1階層を回ることになったのだ。
その結果、1階層に出現するモンスターは全員スキル【透明化】が通用する事が分かった。
これはかなりデカい。やっぱまじで強いよこのスキル。
1階層はもう敵なし。かかってこいや出てこいやー!
とそんなところで、ダンジョンから出て公園に帰還。
「うっっぷ、あぶないあぶない」
ギリギリでダンジョンゲボ現象を耐えた。
あ、ダンジョンゲロ現象だっけ?
まぁどっちでもいいや。
「新鮮で非常に楽しかったぞナギト」
オサムの兄貴が朗らかな表情でそう言ってきた。
「こちらこそオサムの兄貴と探索できて楽しかったです! ほんとありがとうございます」
「全然構わんさ。それでな、ナギト。本題の、探索者として認めるかどうかの話なんだが」
「あっ」
そういえば認められないと1人で探索できないんだったな。すっかり忘れてた。
「正直俺は最初、認めないことが、諦めてもらう事がベストだと思ってた。探索者なんて一時の感情で、ノリで始めてもロクな事にならないし、ガチな話兄ちゃんみたいに1人が好きそうなタイプはとてもやっていける仕事じゃない。探索者の8割はパーティー組んでやってる事実もあるしな」
「え……あ、で、ですよね……」
マジか……あの流れ絶対に認めてくれるやつだと思ったのに。
見込みアリって話も、気を遣ったお世辞だったってわけね。
いやそれとも、その後に見込み無しって判断されたのかな……。
ちょっとショック。
「だが途中な、ケツマッカチビスパイダーを俺が倒した後、兄ちゃんが『試したいことがある』、『モンスターを探しに行こう』って言って俺に見せた表情。あれを見て俺は考えを改めたんだ」
「はい、まぁそうですよね……(頭に入ってない)」
――てか待ってくれ。これちゃんとした探索者になるには、また誰かDランク以上の人と探索して認めて貰わないといけないんでしょ。
自分から話しかけて付いてきてもらうって、超絶受け身の俺からしたらめちゃくちゃハードル高いんだが。
慣れると話せるんだけどね。初手自分からいくのは絶対無理。
「兄ちゃんには面白いスキルがある! 探索のいろはの飲み込みも早い! そして何より、ダンジョン探索を心から楽しむことができる! それだけあれば、探索者として認める理由には十分だろう」
ってなるとダンジョン探索者を諦めないといけないのか。
面白くなってきたと思ったんだけどなぁ。
なんかこう、人生が動いてる音が聞こえた気がしたしさぁー。はぁー。
「ですよね、ん? え、今なんて……」
「ナギトを探索者として認めるって言ったんだ」
「え、諦めてもらうって話じゃ?」
「おいおい、結構イイコト言ったつもりなんだが聞いてなかったのか?」
「すみません……」
「まぁ簡潔に言うとだな、ナギトを探索者として認める。兄ちゃんなら1人でもやっていけると、俺は確信した」
「……っ、ほんとですか!」
「ああ。しかも俺は人を見る目がかなりあるぞ? つまり、お墨付きってやつだ」
「あっ、ありがとうございます!!」
――現在の日時は0時をとっくに過ぎた、
12月25日。
簡単な手続きを済ませ、俺は正式に探索者となった。
「これで俺も本物の探索者だ……」
……あんまり実感はないな。
さっきの仮免許状態と違いはほとんどないし当たり前か。
「よーし次はお楽しみの魔石換金だ」
「わーい」
「あそこの受付で魔石を金に換えるんだ」
「わーい」
俺は受付にステータスカードを見せた後、今回集めた魔石を全部預け、少し待つ。
――数分後
「こちらでよろしいですか?」
「はい」
受付のモニターに換金額が表示され、それに同意するとお金が貰えた。
――――――――――――
換金額 1,200円
――――――――――――
かなりの量の魔石を集めたが、やはり1階層のモンスターの魔石となると安いらしい。
全部小さかったし仕方ないね。
しょうみ、探索者としてお金が貰えるだけでなんか感動するしオッケー。
「お疲れさん。これで探索者の基本は全てだ」
「オサムの兄貴、本当にこんな時間までありがとうございます……っ」
「俺も楽しませてもらったし、いいってことよ。それに、初心に帰れたしな」
「兄貴……っ。あ、そういえば」
借りたダガーを持ったままだった事を思い出した俺は、オサムの兄貴に返そうとする。
が、兄貴は俺の手を押し返し言ってくる。
「いいよやるよそれは。プレゼントだ」
「え、でも流石に!」
「ははっ、遠慮すんな。探索者になった記念って事で、受け取ってくれ」
「兄貴……何から何まで、ほんとありがとうございます」
「まっ、いつかナギトが出世した時、お返しを期待してるよ。てことでじゃあな、頑張れよ」
定番でありがちなセリフを残して、オサムの兄貴は去っていく。
「はいっ必ず!!!」
しかし俺にとってはそんな定番でありがちなセリフでも、深く心に、他者との約束が確かに刻まれた。
「ハックしょんッッッ!!!!」
うう寒過ぎ。
やっぱヒー〇テック着てくればよかった。
……今度は絶対に着て来る。
そんな決意も刻まれた。
――――――――――――――――――――
椎名凪斗 27歳 Eランク
173センチ 痩せ型
Lv.9
HP 843/843
MP 421/421
スキル
・透明化 Lv.4 ・危機察知 Lv.1
・昼夜逆転 Lv.8
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