好きな人のプロポーズに協力するためにケーキを作ることになりました
宮永レン
第1話 そのパティシエール鈍感につき
エリカ・リュシーは王都で評判のパティシエールだ。繊細で美しいお菓子を作る腕前に加え、アッシュブロンドの髪を左右に編み込み、胡桃のように大きな瞳と明るい笑顔が人気――そのことに気づいていないのは本人だけ。
彼女が働くケーキ屋には毎日大勢の客が訪れる。だがエリカには一つだけ困ったことがあった――常連客のダリウスだ。
「やあ、エリカ。今日も俺のために最高のケーキを作ってくれたんだな!」
漆黒の髪を後ろで一つに結んでいるダリウスは入店するなり、胸を張ってショーケースの前に立ち、破願する。
「はいはい、違いますよ。ただの新作です」
エリカは淡いピスタチオグリーンの瞳を細め、その高いテンションについていけず、苦笑いを浮かべた。
ダリウスは商業ギルドのトップを務める青年で、その実力と冷静な判断力から「若き天才」と称されている。
だが、エリカの目にはどうしてもそんな風には映らない。たしかにすらりとした長身の体躯は普段から体を鍛えていることが窺えるものの、ギルドに所属している冒険者たちは凶悪なモンスターも相手にすることがあるから、それは当然と言えば当然のことなのだ。
ダリウスはケーキを買いに来たのに財布を忘れてきたり、猫に盗まれたシュークリームを半べそで追いかけたり、時にはショーケースの前で子どものようにいつまでも悩むこともある。
「これとこれと……あぁ、でもこれも食べたい。選べない……」
今日も彼は、キラキラのケーキを繰り返し目で追っている。これでは他のお客さんが買えないではないか。
「じゃあ、全種類買うっていうのはどうですか?」
「それだ! エリカ、君は天才だな!」
ダリウスはぱちんと指を鳴らし、その後、両手いっぱいにケーキの箱を抱え、ご機嫌でギルドへ戻っていく。
「エリカがいると毎日お菓子が売れ残らなくて助かるよ」
店主のおじさんが、冗談めかして笑った。
「まさか本当に買っていくなんて思わなくて」
エリカは、やや呆れた表情で口元に笑みを浮かべる。
「そりゃあ、好きな子に勧められたら買うしかないだろ」
「ケーキ好きな私が勧めるんだから、間違いないって思うんでしょうね」
にっこりと笑って答えたが、なぜか店主は微妙な顔で固まって、無言で厨房に戻っていくのだった。
(何か変なことを言ったかな?)
エリカは首を傾げつつ、別の客に声をかけられ、その対応に頭を切り替える。
それにしても、あんな人が王都一番の商業ギルドの冷徹なリーダーと呼ばれているなんて信じられない。
毎回そう思うけれど、エリカの作ったケーキが一番おいしいと言ってくれるのは嬉しかった。きっと次に来た時には新作の感想が聞けるだろう。
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