44.小さなお願いと君だけは
トルサのいる部屋を出てからも、ソルはどうしたら良いのかわからなくて呆然としていた。自分と友達になる事がこんなにも誰かを傷付けるなんて、思ってもいなかった。
『お兄ちゃんの時はこんな事なかったのに、どうしてあなたは……』
優人の頃、母親から何度も言われて来た言葉。何かを失敗した時に、怪我をした時すらそんな事を言われていた。
だから誰かの役に立ちたかった。なのに、こうなることすら予想できずに調子に乗って、このザマだ。そう思うと、苦しかった。
部屋に戻ると、既にセレスは起きていて、ベッドの上に座っていた。ソルがセレスを見た瞬間、セレスは優しくソルに笑いかけた。
「どうしたの? 顔色が悪いわ」
その言葉に、ソルはエルヴの言葉を思い出して何かを言おうと口を開いた。けれども同時に、こんな事を言えばセレスにも呆れられてしまうのではないかと思って、言葉が出なかった。前世で何かを言う度に否定されてきた記憶が、ソルの喉を絞めた。
そんなソルをじっと見つめた後、セレスは何かを考えるように俯いた。そして、再びソルを恐る恐る見る。
「……ねえ、ソル。ちょっとお願いがあるの」
「えっ、ど、どうした?」
このタイミングでそんな事を言われるとは思わず、ソルは少し動揺しながらも尋ねた。
「あのね、買い物についてきてほしいの」
そんなお願いを、あまりにも真剣に真面目な顔で言うものだから、ソルは思わず笑ってしまった。もしかしたらセレスからしたら大きなお願いなのかもしれない。けれどもソルにとっては大したお願いではなくて、癒やされてしまった。
自分でも、トルサにあんな事を言われた後でどうかしていると思う。けれども、トルサに拒否されたからこそ、セレスにだけは自分を必要とされた気がして嬉しくなってしまった。
「勿論! 今からか?」
「え? あっ、えっと、ソルの都合の良いタイミングで……」
「俺はいつでも行けるから! だから、セレスが支度できたら行こうぜ!」
ソルがそう言えば、セレスは嬉しそうに笑った。
そうしてソルがセレスに連れられて来たのは、セレニテにあるアクセサリー店だった。どうしてこんな所にと思っていると、セレスは何かを取ってソルに見せた。
「ソ、ソル。あのね? 私、ブレスレットを買おうと思ってたんだけど、どっちが良いか決められなくて……。どっちが良いと思う……?」
その質問に、ソルは固まる。
セレスの手にあるのは、金色の細糸チェーンをベースに、花形をしたのチャームが付いたものと、リボンの形をしたチャームが付いたものの、二つのブレスレット。
あっ、これ、前世にネットで見たやつだとソルは思う。正直どちらでも似合うと思うが、どっちでも良いといってはいけないやつだ。その癖もう答えは決まっているとかなんとかで、どっちかを選んでも駄目なやつだ。
そんな事を思いながら、ソルは必死に最適解を思い出す。
「あっ、えっと、花のは優しい感じがして似合うと思うし、リボンのも可愛い感じが、えっと……」
「あっ、あのね……!」
上手く言葉が出てこないソルに向かって、セレスは少し顔を赤くしながら、真剣な顔をして見つめた。
「ソルに……! 選んで欲しいの……!」
「えっ、あっ……」
セレスの言葉に、ソルも思わず顔が赤くなる。決められないじゃなくて選んで欲しい。その理由に、また自分に都合の良い考えが浮かんできてしまう。
「あっ、えっと……。花、が、似合う気がする。セレスは花とか、自然のものの方が似合う、気がする」
ソルがそう言うと、セレスは嬉しそうに笑った。
「ありがとう! これにするわ……!」
「待って!」
店員に声をかけようとしたセレスを、ソルは慌てて呼び止める。
「それ、もう一度見せて!」
不思議そうにセレスが見せたブレスレットを、ソルは手に取った。そして、チラリと値札を見る。
良かった、これなら買えそうだとソルはホッと息を吐いた。セレスの意図はわからない。自分に都合の良い妄想は消えない。けれども、自分の選んだものを付けたいというセレスに、せっかくならプレゼントをしたくなった。
「あっ、えっと、俺が買う」
「えっ、あっ、そこまで甘えるわけにはいかないわ……!」
「いいの! いつも助けてくれるお礼!」
そう言って、ソルはセレスの返事を待たないまま、店員の所に行きお金を払った。そして店員の手で丁寧に袋に入れられるブレスレットを見ていると、また少し不安になる。
本当にこれで良かったのだろうか。プレゼントまでは望んでいなかったのではないだろうか。強引にプレゼントをして、気持ち悪くなかっただろうか。
そう思いながらも、可愛くラッピングされたブレスレットの入った紙袋を受け取り、セレスの所に向かった。
「あの、これ……!」
そう言って差し出した紙袋を、セレスは黙って受け取った。そして、それをじっと見つめていた。
「……ありがとう」
「うん……」
セレスの感情が読めなくて、ソルもそれ以上何も言えなかった。何か間違えたか、そう思った時だった。
セレスがソルの手を引いて、店を出る。何もわからないまま付いていくと、ソルは一つのベンチに座らされた。
セレスは丁寧に、紙袋の封を開ける。そしてソルに、自分の腕とブレスレットを差し出した。
「その……、付けて……、くれないかしら……」
「へ? あっ、わかった」
セレスの手は何度も握っていたはずだった。なのに今は緊張して、手汗で留具が何度も滑る。それも何とか付けてセレスの方を見ると、セレスは優しくブレスレットに触れながら、幸せそうに笑っていた。
「ありがとう……! 宝物にするわ……!」
その言葉に、ソルの中の何かが溶けて行くのを感じた。自分からのプレゼントを、セレスはこれだけ喜んでくれた。それが自分の存在を認められた気がして、必要とされた気がして、思わず泣きそうになった。
「なあセレス。セレスは俺といて、嫌じゃないのか?」
思わずソルは、そんな事を言っていた。
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