16. いるといない

 それからソルは、トルサと別れて自宅に戻った。セレスに何か言われるのではないかと不安になったが、そのセレスはどこにもいなかった。

 そのことにホッとしながらも、どこに出かけたのか気になり、ソルはソファーで横になっていたカーラに尋ねた。


「なあ、セレスはどうしたんだ?」

「えっ、セレス? さっき鬼の形相で出て行ったけど、ソルは見なかった?」

「セレスが鬼の形相!? そんなまさか! 腹でも壊したとか?」


 セレスは怒ったとしても、鬼の形相と言われるほど怒り狂うタイプではなかった。どちらかというと、静かに怒るイメージだ。だからこそ、カーラに鬼の形相と言わせる程の表情をしたセレスが少し心配になる。

 と、少し離れた所にいたいたレピオスが、大きなため息をついてソルの所にやって来た。


「唇が少し切れていますね。何かあったのですか?」

「へ? あ、ええっと、気付かなかったというか……。多分、塔に行った時、かな?」


 恐らく原因は先程ゼットと言い合った時に殴られたからだろう。けれども流石にそのことは言えず、ソルは咄嗟に誤魔化した。

 そんなソルを見て、レピオスは再び大きなため息を付く。そうしてレピオスがソルの頬に手をかざすと、回復魔法で一瞬のうちに違和感すら消えた。


「あまり、このような怪我をする行為を行わないでください」


 レピオスの言葉に、ソルは首を傾げる。


「いや、これぐらい大袈裟な……。これより酷い怪我だって、戦闘では日常茶飯事で……」

「そういう意味ではありません。はあ、これでは私の胃がいくつあっても足りません」

「胃? なんで?」


 ソルがそう言えば、レピオスは何度目かわからない大きなため息をついた。


「私は止めたんですけどね。はは。まあ、私には関係のない事ですから」

「えっ、マジで何!? 何かあったのか!?」

「別にあなただって私たちに秘密を言ってくれていないでしょう。それに比べたら、可愛い秘密ですよ」

「うっ……」


 確かに数日前、ソルは自分が命をかけた理由を言えないとレピオス達にいったばかりだった。それとこれとは話が別な気もするのだが、そう言われてしまえば何も言えなかった。


 それから暫くして、セレスは鬼の形相とは正反対の、満足そうな笑顔で帰ってきた。ソルが逃げた理由も特別何か聞かれる事もなく、少しだけソルはホッとした。そうしていつものように食事をし、寝る支度をして時が過ぎる。

 結局、レピオスのため息の意味も、セレスが鬼の形相をして出て行った理由も、ソルはわからなかった。けれども、それからの二人はいつも通りだった。

 レピオスに関してはわからないがら少なくともセレスは腹でも痛かっただけだろう。ソルはそんなことを思った。





 塔での事は、サマエルの死体の様子とセレスの考察を国に伝える事となった。国も国で、べへの行方を調査してくれる事となったという。

 けれども、捕まえる事は困難だろう。土に関する魔法が得意なべへは、砂嵐を起こしてすぐに逃げる。だから原作でも、べへと対面するイベントでは毎回逃げられていた。


 そして、ソル達は次の痕跡が残る塔の調査に向かう事となった。支度を終え、ソル達が外に出ようとしたら、丁度ソルの母親が仕事を終え家に帰って来ていた。


「お邪魔しました」


 そう言って、ソル以外の三人は軽く会釈をし、先に外に出る。きっと久々の母親との再開に気を遣ってくれたのだろう。けれどもソルとしては、何も話すことは無かった。

 ソルの母親はソルを見て、優しく微笑みながら口を開く。


「今度はゆっくり帰ってきてもいいのよ。今回は皆さんがいたから私は職場にいたけど、一人の時は、一日ぐらいはなんとか休みを取るから」


 ああ、なんだ。ここまで家にいなかったのは、セレス達に気を遣ったからなのか。

 そう思いながらも、ゆっくり帰ったとして一日だけなのかとソルは内心笑う。


 それでも、本物のソルなら喜んだのかもしれない。けれどもソルの年齢は、この世界では一人立ちしていてもおかしくない年齢だ。そして、母親の帰宅に喜ぶ年齢でもない。


「別にいいよ。母さんのペースで。わざわざ俺に合わせなくても」

「で、でも! せっかくなら旅の話でも聞きたくて!」


 そんなことを言われた記憶は、ソルの記憶の中で一度も無かった。どれだけソルの記憶を覗いても、ソルの事は後回しで動き回る母親の背中だけだった。


「ソル……? 何か怒ってる? それとも何かあった? なんだかソルらしくないよ」


 何も言わないソルに、ソルの母親は不安そうにそう言った。


 遅いよ。遅い。せめて本物のソルの時に少しでもソルを気にする言葉を言ってくれれば。もっと幼い頃に言ってくれれば、ソルはあんなに馬鹿にされても、笑顔で受け入れなくても良かったかもしれないのに。

 もういいだろう。別に母親はストーリーに関係のないただのモブキャラクターだ。きっとソルを演じなくても、ストーリーに影響は無いだろう。


「母さん。寂しいのを我慢して大丈夫って笑うソルは、もうどこにもいないよ」

「あ……」


 ソルの言葉に、ソルの母親は困惑し、傷ついた顔をした。けれども何を言う気も起きず、ソルは黙って扉を開ける。

 そこで真っ先に目が合ったのは、不安そうにソルを見つめるセレスの姿だった。その後ろで、レピオスとカーラも心配そうにソルを見つめる。


「あっ、あはは。悪い、待たせた」


 母親との会話を聞かれてしまっただろうか。そう思ったけれども、ソルは咄嗟に“ソル”を演じてしまった。

 けれどもセレスは、何も言わずソルをぎゅっと抱きしめた。


「私はずっと、ソルの傍にいるわ。幸せな時も、辛い時も、どんな時も」

「……ありがと」


 セレスの言葉は暖かくて、ソルの中の優人まで優しく包まれた気持ちになった。もしどこかに本物のソルの魂がいるのなら、こんなにも愛してくれる人がいるのだと、セレスからの言葉を聞かせてあげたかった。

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