13.ひとりぼっちと気付かなかった愛
それからソル達は食事を済ませて、眠りに付くために横になった。けれどもソルは眠れずにいた。どうしても、セレスが自分の事が好きかもしれないという期待が、セレスの事を意識してしまって胸の中のざわつきが止まらなかった。
同時に、本当の自分がバレた時の恐怖もあった。セレスの事を騙している罪悪感が、セレスの事を本当に好きになりそうな心を必死に静止した。
その当の本人であるセレスは、ソルの隣でソルの手を握りながら眠っている。盗賊団の元アジトでのあの日から、セレスは毎回ソルの手を握りながら眠っていた。
もしかしたらこんな行動も、セレスがソルを好きだからかもしれない。そう思った瞬間、嬉しさと、あくまで本当の自分ではなくあくまでソルというキャラが好きなのだという切なさとで、頭がぐちゃぐちゃになる。
ソルはセレスから少し離れたくなって、セレスから手を離した。そして、水でも飲もうかと起き上がる。
「……ソル?」
けれどもその行動がセレスを起こしてしまったようで、セレスはソルの名前を呼んだ。
「あっ、悪い。起こしちまったな。水でも飲もうかと思って」
「……そう」
ソルが水を飲んですぐに戻れば、またセレスはソルの手を握り始めた。そして、すぐに寝息が聞こえ始めた。
ああ、そんな事をされたら、本気で好きになってしまう。本当の自分を愛してくれているのだと、勘違いしてしまう。
そう思いながら、ソルはセレスのそばに寄った。そして、あの日のようにセレスの頭を優しく撫でる。そうすれば、セレスは幸せそうに笑った。
「ごめんな。ほんと、ごめん」
もし本当に、セレスがソルの事を好きなのだとしたら。セレスのために、可能な限り“ソル”になろう。けれども、本当の自分がバレた日には……。
ちゃんと離れよう。ソルはそう思った。どれだけ自分がセレスの事を好きになっていたとしても、ちゃんと離れよう。
だからそれまでは、“ソル”として一緒にいさせてください。
ソルはそんな事を思いながら眠りについた。
◆
その次の日の朝、ソルは物音で目を覚ました。
ああ、これは母親が帰って来た音だ。
ソルは直感的にそう思った。ソルの記憶では、何度も聞いた音だった。
流石に挨拶ぐらいはするか。
そう思って、ソルはセレスを起こさないように慎重に手を離し、静かに寝室を出た。
「母さん」
「あっ、ソル! 帰って来てたのね。暫くいるの?」
「うん。数日はいるかな」
「そう。あっ、お母さんもう出なくっちゃ。家は好きに使ってくれていいから、お友達と一緒に自由に過ごしてね」
そう言って母親は、慌ただしく出て行った。恐らく、何か荷物を取りに来ただけなのだろう。宿屋勤務である母親は、宿屋で寝泊まりする事も珍しくなかった。
別にソルの家が貧しいわけでは無かった。ただ父親も母親も、純粋に仕事が好きだった。
だからソルがまだ幼い頃、父親がもっと大きな街で仕事をする事になった時、ソルの子育てをどちらがするかで両親は揉めたという。
結局、ソルの父親は一人別の街に出て行った。それからは殆ど会っていないから、いくらソルの記憶を辿っても父親の顔はおぼろげだ。そして母親も、近所に住んでいた祖母にソルを預けて働いた。
『一人で大丈夫?』
その祖母が亡くなった後、母親はソルにそう言った。
ソルに拒否権は無かった。大丈夫じゃないと言っても、ただ母親は困った顔をするのだ。
『大丈夫!』
ソルは笑顔でそう返す。そうして次第に、何も聞かれなくなった。
そんなソルの記憶に触れた瞬間、またソルの事が少しだけわからなくなった。どうしてソルは寂しかった癖に笑っていたのか、優人には理解ができなかった。
ソルは外の空気が吸いたくなって、家の外に出る。早朝で、人は誰も歩いていなかった。そんな街を、ソルは一人眺めた。
この街でソルは育った。“大切な友達”に囲まれながら。けれども“大切な友達”は、どう考えてもソルを見下していた。
ふと、また別の記憶が蘇る。幼い頃、黒い犬に追いかけられた時の記憶だ。今から思えばその犬はソルにじゃれようとしただけだったが、当時のソルからすれば魔物に追いかけられた気分だった。
頼れる大人がいない中、笑いながら犬を追っ払ってくれたのがゼットとラクトだった。その時二人がソルに言った台詞はどれもソルを馬鹿にするような事ばかりだった。けれども初めてソルが誰かに構ってもらえた瞬間だった。
ああ、それで大切な人。
ソルの中の優人は少し納得する。記憶の中のソルは、何を言われても笑っていた。どれだけ馬鹿にされても、どれだけ酷いことを言われても。
そうしてソルの周りには、面白がって人が集まった。
そんなの本当の友達じゃないじゃん。
優人は思う。けれども前世では誰かを馬鹿にするやり取りが大嫌いで距離を取れば、気付けば優人の周りには人がいなかった。受け入れたソルの周りには人が集まり、優人はひとりぼっちだった。
ソルの事が、どんどんわからなくなっていく。ソルの事が羨ましかったのに、誰かに疎まれる自分が大嫌いだったのに、ソルのように無理してまで誰かに好かれたいと思えなかった。
原作でも、ゼットやラクトがもうソルとは関わりたくないと言って去って行った時、ソルはわかっていたことだと最初は無理して笑った。
けれども、四つ目のコア浄化の前の喧嘩イベントでは、まだ瘴気を取り込んでいないセレスにソルは苛立って言うのだ。
『ひとりぼっちになった俺の気持ちなんて、セレスにはわかんないだろ!?』
その台詞を見た時、ソルの性格ならどうせまたすぐに友達ができるはずなのにと、優人は不思議だった。けれども、もしかしたらソルは、ずっと寂しかったのかもしれない。だって本当の友達なんて、最初からいなかったのだから。
「ソル!」
と、セレスのやけに焦った声にソルは振り向いた。どうしてか、セレスは顔を真っ青にしてこちらに駆け寄って来た。
「どうした!? 何かあったのか!?」
「ソル……! あっ、えっと、違うの……」
セレスは力が抜けたように、その場にしゃがみこむ。
「セレス……?」
「ほんとに、何もないの……。ただ、朝起きてソルがいなかったから……。あの日の事を思い出して……。その、怖くなって……。ごめんなさい……」
セレスの言葉に、ソルの胸の奥がぎゅっと痛む。
馬鹿だなあ、ソルは。
優人は思う。ソルはこんなにも思ってくれている人と、ちゃんと出会っていたのに。それを知らずにひとりぼっちなんて。
優人と違って、ソルはちゃんと愛されていたのに。
「俺こそごめん。もう二度と勝手にどこにも行かないから。ほんとごめん」
そう言って、ソルはセレスを抱きしめる。するとセレスはホッと息を吐いた。そんなセレスの姿が嬉しくて、けれども切なくて、ソルの胸の奥はずっとズキズキと傷んでいた。
優人の部分まで愛してくれたらいいのに。駄目な部分まで愛してくれたらいいのに。そんな我儘過ぎる欲望を抱いてしまう自分が、大嫌いだ。
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