8.前世と夢

「……ソルは、最初から全てを終えたら死ぬつもりだったのね。例えあの時べへがソルを襲わなくても、死ぬつもりだった、と」


 セレスは静かに、けれども確実に怒っている表情で、ソルにそう言った。そもそもべへに襲われる事は確定事項なのだが、死ぬつもりだったということは間違いなかった。流石に誤魔化せないと思いつつも、ソルは必死に言い訳を探す。


「あっ、えっと、ほら! 流石に瘴気の影響残ったまま生き続けるのはしんどいし……」

「ふざけんな!」


 そう叫んでソルの胸ぐらをつかんだのは、カーラだった。


「死ぬつもりだったなんて、ほんとふざけんな! 命をなんだと思ってんだよ! 残される側の気持ちとかわかってる!? それを、そのつもりだったなんて、ほんとふざけんな!」


 泣きながら怒るカーラを見て、ソルは、ああ“ソル”の価値を低く見積もりすぎたと後悔した。

 前世では、ずっと疎まれながら生きてきた。死んだ時も、きっと両親や兄は安心しただろうと優人は思っていた。だから瘴気によって嫌われ者になったソルも同じで、死んだ所で誰も悲しまないと考えていた。

 けれども違った。ソルは仲間にここまで想ってもらえる、そんなキャラなのだ。


「もうしない! 絶対にもうそんな事しないから!」

「絶対、絶対だからな!」

「わかった! わかったから流石に離して! 流石にちょっと苦しい!」


 そう言えば、カーラは手を離してくれた。カーラは女性と言えど、あくまで格闘家だ。流石に力もあり、少し苦しくなっていた。

 隣でそれを見ていたレピオスが、片手で自分の髪をぐしゃりと掻きながら口を開く。


「教えてください。あなたはどうしてここまで私たちにしてくれたのですか? 恩返しとは、この世界に救われたとは何なのですか?」


 ああ、そんな事までローレはレピオス達に伝えてしまったのかとソルは一瞬言葉に詰まった。

 理由を話すということは、優人の存在がバレるという事だった。自分が本物のソルじゃないとわかれば、優人の醜い部分がバレれば、瘴気の影響関係なく嫌われてしまうのではないかと怖かった。


「ごめん。それだけは言えない。ごめん……」


 上手く嘘を紡げなくて、ソルはただそれだけを言った。そんなソルを見て、レピオスは目を閉じ、そして小さく息を吐く。


「わかりました。これ以上は聞きません。私としてもカーラと同じく、二度とこのような真似をしなければとりあえずは良いので」


 レピオスの言葉に、ソルはホッとした。流石に、また同じ事をするつもりはなかった。せっかく瘴気の代償という設定が消えたのだ。ソルとしては、代償が消えた世界を純粋に楽しみたかった。

 そんなソルを、唇を噛みながら見つめるセレスの姿があった。


「やっぱりあなたは、私達に何も言ってくれないのね。それなら……、やっぱり……」

「セレス……?」


 ぶつぶつと何かを言うセレスが気になって、ソルはセレスの顔を覗き込む。けれどもセレスは、パッといつもの表情に戻った。


「別に、なんでもないわ。ソルもちゃんと、二度とこんな事はしないと約束してくれたわけだし、そろそろ話題を変えましょう。レピオス、私に用があるのでしたっけ?」


 そう言ってセレスは、レピオスに向かってニコリと笑いかける。そんなセレスを見て、レピオスは大きなため息をついた。


「そういえば、この集まりはそういう目的でしたね。明日で良いですか? 今はそのような気分になれませんし。それに、セレス、あなたに確認したいこともありますしね」

「奇遇だわ。私もレピオスに、話しておきたいことがあるの」


 そうして、この話は一旦終わりを告げた。それからは、他愛のない話をした。まるで出会った頃のような、記憶にすら残らないような話。そうして一日は終わりを告げた。





 夢を見た。前世の夢だ。

 ソルは優人の体で、前世の自分の両親を見ていた。


 と、優人の母親が口を開く。


「優人には申し訳ないけど、優人が死んで、少しだけホッとしたわ」


 母親の言葉に、父親も頷く。


「そうだな。学校に行けなくなった原因も結局直接は教えてくれなかったし、どう対応すれば良いのかもわからなかったしな……」


 そう言って父親は、優人の部屋だった場所を見つめた。そうして、小さく息を吐く。


「それに、これで明にも手をかけてやれる。ずっと優人を優先せざるを得なくて、我慢させてきたはずだ」

「そうね。これからは、今までできなかった分、明に沢山愛情を注いであげましょう」


 明とは、優人の兄だった。自分がひきこもったせいで、兄にすら迷惑をかけていた事を優人は気付いていた。そして、死んだ方が喜ばれる事もわかっていた。けれども両親の声で改めて言われると、優人の心はズキズキと傷んだ。

 けれども、優人の姿は両親に見えなかった。まるで幽霊になったかのように、誰も優人の存在に気付かなかった。


 と、突然場面が変わった。そこは見慣れた通学路。そこにはクラスメイトが歩いていた。中には優人をいじめた奴もいた。


「なあ、知ってるか? 優人、交通事故で死んだらしいぜ」

「優人って誰だっけ?」

「あの、学校来てない奴」

「ああ」


 興味なさげに、いじめたその張本人は言う。


「まあ、悟みたいに自殺じゃなくて良かったぜ。あの時は、虐めだのなんだの面倒くさかったしな」

「だよな。しかもあの時は、ちゃんと悟と仲良くしてたのに疑われたし」

「ほんとだよな。まあ今回はただの事故だし、俺たちは何も言われねえだろ」


 そんな会話を聞いて、優人は唇を噛み締めた。悟もまた、クラスメイトに虐められていた。それを庇えば、今度は優人が虐められ、悟の虐めは無くなった。

 それでも良かった。悟は友達のいなかった優人に話しかけてくれた、ただ一人の友達だった。けれども何があったのか、優人に虐めのターゲットが移って暫く経った頃、悟は自ら命を絶った。悟を守り切れていなかったことを知った優人も、そのまま学校に行けなくなって引きこもった。


 これが、優人の人生だった。ソルになって、色んな人に愛を貰えるようになって、けれども、これが本当のおまえだと優人は言われたような気がした。

 ソルの皮を被っているから愛されているだけ。本当のおまえは両親に疎まれ、友人一人守れず、最初からいなかったかのように忘れ去られる、そんな人間。そう言われたような気がした。


「いいなあ、ソルは。あんなにも色んな人に愛されて」


 優人の言葉は、誰に聞かれる事もなく溶けて消えた。

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