『白骨惑星の記憶』-人類が継ぐ、一兆の魂-
ソコニ
第1話 骨だらけの惑星
「こちらKO-472調査基地。報告します...この惑星の地表は...いいえ、違います。この白い地表は、氷でも塩でもありません。これは、間違いなく...骨です。数兆、いや数京の個体分の骨が、この惑星を覆い尽くしています。そして...動きを検知。これは...骨が...蘇ろうとしている...?」
通信が途絶えた瞬間、早瀬美咲の心臓が大きく跳ねた。モニターに映し出された白い惑星の表面が、まるで呼吸をするように微かに蠢いている。観測データは、それが錯覚ではないことを示していた。
「バイオメモリースキャンの準備を」
早瀬は、緊急対策室に集まったチームメンバーに向かって声を上げた。誰もが緊張した面持ちで頷く。この技術は、早瀬の父が生涯を懸けて研究し、そして早瀬自身が完成させた、生命の痕跡を読み取るための最新鋭システムだった。
「父さん、ついに見つけたわ」
心の中でつぶやく。3年前、難病で父を失った時、その遺伝情報すら保存できなかった自分を責め続けてきた。しかし今、その研究が思いもよらない形で実を結ぼうとしていた。
救助艇の準備が整うまでの30分間、早瀬は観測データを凝視し続けた。地表を覆う白い物質は、確かに有機物だった。しかも、その構造は地球上のいかなる生物種とも異なっていた。
「第一次救助隊、発進準備完了」
アナウンスが響く。早瀬は防護服に身を包み、救助艇に乗り込んだ。数時間前まで、これは単なる失踪した先遣隊の救助ミッションだった。しかし今、人類史上最大の発見への調査ミッションへと変わろうとしていた。
救助艇がKO-472の大気圏に突入する。窓の外に広がる景色に、早瀬は息を呑んだ。地平線まで続く白い荒野。それは確かに、無数の骨で構成された地表だった。
艇が着陸すると、早瀬は真っ先に外に出た。防護服の重力センサーが、地球の0.8倍という重力を示している。足元を照らすと、様々な大きさの骨が積み重なっていた。そのどれもが、同じような構造を持っている。
「スキャン開始します」
早瀬がバイオメモリースキャナーを起動させた瞬間、驚くべきデータが表示された。これらの骨は、すべて同一のDNAパターンを持っていた。しかも、その構造の中に、明確な人工的改変の跡が見られる。
「これは...データストレージ?」
早瀬の声が震えた。骨の構造自体が、巨大なデータベースとして機能するように設計されていたのだ。そして、そのデータの中に、ある種のプログラムが埋め込まれていることが分かった。
突然、地面が振動を始めた。骨の山の中から、何かが目覚めようとしていた。早瀬の父が追い求めていた「死後の生命継続」の可能性が、ここ異星の地で、想像もしなかった形で実現しようとしていたのだ。
「皆さん、歴史が動き始めます」
早瀬は通信機を握りしめた。人類と、骨に記憶を刻んだ未知の文明との出会いが、始まろうとしていた。
第2章:記憶の痕跡
振動は次第に強まっていった。早瀬の足元で、積み重なった骨が微かに輝きはじめる。バイオメモリースキャナーの警告音が鳴り響いた。
「異常なエネルギー反応を検知。これは...」
データを見つめる早瀬の瞳が揺れる。スキャナーは、骨の内部で起きている変化を捉えていた。DNAの構造が、まるでプログラムが実行されるように、秩序だった変容を始めていたのだ。
「早瀬さん!こちらを見てください!」
研究員の叫び声に振り返ると、地平線の彼方で巨大な光の柱が立ち上っていた。青白い光は、まるで生命の鼓動のように脈打っている。
「先遣隊の最後の通信...あれは、この現象を目撃していたんですね」
通信機から聞こえてくる本部との交信も、ノイズで途切れがちだった。しかし、早瀬の心は既に決まっていた。
「私は、あの光の元へ行きます」
「早瀬博士、危険です!」
制止の声を振り切って、早瀬は小型探査車に飛び乗った。父との思い出が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
『美咲、生命というのは、私たちが想像する以上に不思議なものかもしれないんだ』
病床で語った父の最後の言葉。その時は理解できなかった意味が、今、少しずつ明らかになろうとしていた。
探査車は骨の荒野を走り続けた。接近するにつれ、光柱の正体が見えてきた。それは巨大な建造物から放たれる光だった。その形状は、明らかに人工的なものである。
「これは...制御装置?」
建造物の表面には、幾何学的な模様が刻まれていた。その模様は、バイオメモリースキャナーで読み取った骨のDNAパターンと酷似している。
早瀬が装置に近づくと、表面のパネルが反応して開いた。内部には、半透明の結晶でできたコンソールのようなものがあった。
「まるで...私たちの来訪を待っていたかのよう」
おそるおそる手を伸ばすと、結晶が淡く発光した。そして、早瀬の目の前に、ホログラムのような映像が浮かび上がる。
それは、彼女の知らない文字で書かれたメッセージだった。しかし不思議なことに、その意味が直接、早瀬の意識に流れ込んでくる。
『我々は、死を超えて種の記憶を継承する術を見出した。しかし、それは個としての死を選択することでしか実現できなかった。我々の選択は正しかったのか。その答えを、あなたたちに委ねたい』
早瀬は息を呑んだ。この装置は、単なる遺跡ではない。それは、未知の文明からのメッセージであり、そして...テストなのだ。
彼女の防護服に取り付けられたバイオメモリースキャナーが、突然、けたたましい警告音を発し始めた。装置が、スキャナーに反応を示している。
「この反応は...まさか」
早瀬の動揺を尻目に、装置はさらなるメッセージを投影し始めた。人類と、骨に眠る文明との本当の邂逅が、今まさに始まろうとしていた。
第3章:目覚めの時
バイオメモリースキャナーが発する警告音が、次第に和音へと変化していった。それは早瀬の耳には、どこか懐かしい音色に聞こえた。
「この周波数...父の研究データで見た波形と同じ」
突如、装置から放たれた光が早瀬を包み込む。彼女の意識に、まるで記憶を思い出すように、情報が流れ込んでくる。それは、この惑星に眠る文明の記憶だった。
彼らは、集合意識を持つ種族だった。個々の存在は、常に群れ全体と繋がっていた。その特徴的な脳構造は、やがて彼らを驚くべき発見へと導いた。意識そのものを、生物学的なデータとして保存する技術を。
しかし、皮肉なことに、その発見は彼らに究極の選択を迫ることになった。
『個としての生を終えることで、種としての永続的な存続が可能になる』
映像が早瀬の脳裏に浮かぶ。数千、数万の個体が、次々と白い骨となっていく。それは死のようでいて、実は新たな生への変容だった。彼らは、自らのDNAを巨大なデータストレージへと書き換えた。そして、遥か未来の知的生命体との邂逅の時を待ち続けたのだ。
「だから父は...」
早瀬の目に涙が浮かぶ。父の研究は、偶然にも彼らの技術と同じ原理に辿り着いていたのだ。死の直前、父が見せた穏やかな表情の意味が、今になって理解できる。
「早瀬博士!地表の変化が加速しています!」
通信機から研究員の声が響く。スキャナーの画面には、惑星全体に広がる反応が表示されていた。
そして、装置から最後のメッセージが届く。
『あなたの中に、私たちの求めていた答えを見出しました。今こそ、目覚めの時です』
早瀬の携えるバイオメモリースキャナーが、まるで共鳴するように輝き始めた。父の遺志と、異星の文明の記憶が、この瞬間、確かに交差する。
「父さん、私たちは独りじゃなかったのね」
地表を覆う無数の骨が、青白い光を放ち始めた。それは死の海から生命が目覚める瞬間。人類と、記憶を骨に刻んだ文明との新たな物語が、今まさに始まろうとしていた。
かつて父が語った言葉が、再び早瀬の心に響く。
『生命は、私たちの想像をはるかに超えて不思議なものなんだよ』
早瀬は深く頷いた。この発見が人類に突きつける問いと、それがもたらす可能性に、身が震える。彼女は、新たな夜明けを見届ける決意を胸に、光に満ちた地平線を見つめ続けた。
『白骨惑星の記憶』-人類が継ぐ、一兆の魂- ソコニ @mi33x
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