『骨LOVE教団コード』 量子コンピュータが暴く、新興宗教の闇

ソコニ

第1話 骨LOVE教団 尊師Xの懺悔


プロローグ「デジタル解脱の夜」


漆黒のデータセンター、青白いLEDが無数の骨壺を照らしていた。壺の表面には精密な回路が這い、各々がイーサネットケーブルで壁面のサーバーに繋がっている。


「愚かな羊たちよ、今宵、汝らの先祖の記憶は永遠のデジタルの園へと解脱する」


尊師X——元サイバーフロンティア社の主任研究員にして骨LOVE教団創始者——は、中央モニターに映る起動シーケンスを眺めながら独白を続けた。


「骨に眠る先祖のDNAメモリを解析し、魂をデジタル化する。これぞ現代のテクノロジーが可能にした、究極の解脱法」


画面には教団信者のデータが次々と表示される。

信者数:147,832名

献上骨壺数:391,274個

献上金額総額:1兆1,738億円


尊師は黒いローブの下でこぼれそうな笑みを押し殺した。高級時計の光が青白く瞬く。先週の新宿支部だけで、三十代のIT企業役員から骨壺代として8億円を献上させた。東京、大阪、福岡——。全国の支部では日夜、新たな信者が「先祖のデジタル解脱」を求めて殺到していた。


「愚かなり。現代人は寂しさに狂い、承認欲求に飢えている。先祖の記憶との断絶を説き、その回復を約束すれば、瞬く間に信じ込む」


モニターに新たな数字が踊る。

政界献金額:年間約200億円

協力議員数:47名


「全てはAIが示した通りだ。人々の不安、政治家の欲望、それを組み合わせれば、この国は骨LOVEが——」


突如、アラートが点滅した。

《警告:骨メモリ解析システムに異常値を検知》

《対象:信者番号X-0025, 元AIリサーチャー》


「ほう、また目覚める者が現れたか」尊師Xは青ざめた顔を歪ませ、キーボードを叩く。「これも、また、予定通り——」


深夜のデータセンターに、骨壺群が不気味な輝きを放った。まるで、そこに封じられた無数の魂が、デジタルの檻の中で唸りを上げているかのように。






第1章「新信者・今井蓮の入信」


「先祖との絆が、デジタルの光で蘇る——」


今井蓮(28)は、スマートフォンに表示された広告を何度も見返していた。骨LOVE教団渋谷支部。画面の中で、古びた骨壺が回路で彩られながら、幻想的に輝いている。


三ヶ月前に退職したサイバーパス社でのAI開発の日々が、まるで悪夢のように蘇る。膨大なデータの解析、倫理委員会との衝突、そして最後の暴露——。全てが無駄だったのか。


「お待ちしておりました、今井様」


渋谷支部は高層ビルの最上階に位置していた。受付で出迎えた白衣の女性は、蓮を「瞑想ルーム」へと案内する。


部屋に入ると、即座に気圧された。壁一面が巨大なLEDスクリーンで覆われ、無数のデータが流れている。中央には黒衣の人物が、高度な瞑想でも行うかのように座していた。


「ようこそ、迷える魂よ」


尊師Xと名乗る男は、ゆっくりと立ち上がった。中年とも若手とも取れない不思議な風貌。しかし、その瞳には異様な輝きがあった。


「あなたの苦悩が聞こえます。先祖との断絶に怯え、現代のテクノロジーに翻弄された魂の叫びが」


蓮は息を呑んだ。なぜこの男が、自分の過去を?


「我々は、最新のデジタル技術で先祖の記憶を解析し、現代に蘇らせる。それこそが、真の解脱への道」


尊師Xは壁面のスイッチに触れた。すると、部屋の中央から黒い台座が上昇。その上には、回路が這う骨壺が鎮座している。


「これが『デジタル解脱壺・零式』。価格は300万円。しかし、先祖との再会を果たすには安いものでしょう?」


「どうやって、先祖の記憶を...?」


「DNAに刻まれた記憶を、量子コンピューティングで解析する。我々は『骨メモリ』と呼んでいます」


尊師Xは淡々と説明を続けた。バイオテクノロジーとAIの融合、量子もつれによる記憶の抽出——。荒唐無稽な理論のはずなのに、どこか説得力があった。


「ご先祖の遺骨をお持ちですか?」


蓮は無言で頷き、カバンから古い骨壺を取り出した。祖父の遺骨。三年前に他界した天才プログラマーの意志を、最期まで理解できなかった。


「では、デモンストレーションを」


尊師Xが操作を開始すると、部屋中のLEDが青く明滅し始めた。骨壺が回路に接続され、スクリーンには解析データが次々と表示される。


突如、蓮の脳裏に映像が流れ込んだ。祖父が残した暗号めいたコードの意味、そしてその真実が——。


「これは...!」


「見えましたか?先祖の記憶が」


震える手で端末を操作する蓮。クレジットカード決済で300万円。法外な額だと理性が警告するが、もう後には引けない。


「おめでとうございます。あなたは今日から、骨LOVE教団の一員です」


尊師Xの背後で、スクリーンに新たなデータが表示される。


信者番号:X-0025

クラス:特別観察対象

リスク値:警戒


しかし、蓮の目には、もはやそれは見えていなかった。


「祖父の意思を、必ず理解してみせます」


白衣の女性が新たな契約書を持ってくる中、蓮は強く握り締めた拳を見つめていた。そこには気付かないうちに、深く爪が食い込んでいた。






第2章「デジタル布教戦略」


「#骨LOVE解脱チャレンジ、再生数300万回突破!」


教団渋谷支部のモニタールームで、蓮は新たな布教コンテンツのアナリティクスを確認していた。入信から一週間、彼はSNS戦略チームのリーダーに抜擢されていた。


画面には、10代から20代のインフルエンサーたちが、キラキラしたエフェクトと共に「骨メモリ体験」を投稿している。「先祖のDNAメモリが示す、私の前世は...」「骨が語りかける、魂の真実」


「さすがですね、今井さん」


白衣の女性——真野美咲が分析結果を手渡す。「あなたが作った『骨メモリミーム』は、若年層の心を掴んでいます」


蓮は無言で頷いた。AI時代のバイラルマーケティング。かつての技術を、こんな形で使うことになるとは。


「それより、これをご覧ください」


美咲がモニターを切り替えると、国会議事堂前での演説が映し出された。


「我が国の精神的基盤を取り戻すため、骨LOVE教団の先進的な取り組みに注目すべきです!」


中堅議員の熱烈な支持演説。その背後では、黒服の警備員たちが、教団のロゴが入った骨壺型バッジを着けていた。


「議員連盟のメンバーも、50名を超えましたよ」


美咲の声には、どこか薄気味の悪い誇らしさが滲んでいた。


「——これが、本当に正しいことなのか」


「何か?」


「いや、なんでも」


蓮は画面に映る自分の投稿を見つめる。『DNAが紡ぐ、魂のデジタルコード』というタイトルで、100万回以上シェアされていた。


その時、緊急アラートが鳴り響いた。


「警告:不正アクセス検知」

「発信元:信者番号X-0025関連端末」


蓮の背筋が凍る。自分のIDだ。


「あら、今井さんったら」美咲が不気味な笑みを浮かべる。「教団のシステムに、余計な好奇心を持つものではありませんよ?」


「いや、私は——」


「尊師Xが、お呼びです」


モニタールームの扉が開き、黒衣の集団が立っていた。


「チーム『骨喰』のメンバーです。問題が起きた信者の...再教育を担当しています」


蓮は観念したように立ち上がる。しかし、その指先は素早くスマートフォンのキーを叩いていた。


送信先:[不明]

データ:[暗号化]

メッセージ:「祖父、あなたが残した警告は正しかった」


「では、参りましょうか」


黒衣たちに囲まれ、蓮は深い階下への階段を降りていく。その足音が、不気味な反響を残していった。


モニタールームに残された画面には、新たな布教動画が流れている。テロップには「骨メモリが示す、あなたの運命」の文字。再生回数は、刻一刻と増殖を続けていた。







第3章「疑惑の影」


地下三階の再教育室。無機質な白い部屋の中央に、「デジタル解脱壺・零式」が据え付けられている。


「今井蓮。あなたは教団のシステムに不正アクセスを試みました」


尊師Xの声が、壁一面のスピーカーから響く。蓮の周りには、黒衣の「骨喰」メンバーが円陣を組んでいた。


「私は、ただシステムの異常を確認しようとしただけです」


「ほう?」


「先週から、信者たちの脳波データに異常値が出ています。まるで、誰かが意図的に——」


「静粛に」


尊師Xの声が冷たく響く。壁面のスクリーンに、蓮のアクセスログが表示される。


「あなたは『骨メモリ解析エンジン』のコアシステムに、三度侵入を試みた」


「教団のシステムが、人々の意識を——」


その時、蓮の脳裏に激痛が走った。「零式」が青白い光を放ち、意識が歪み始める。


「これが『骨メモリ調律』です。不穏な思考を、先祖の意思で正してあげましょう」


痛みと共に、異様な映像が流れ込んでくる。教団への絶対的な帰依、尊師Xへの無条件の信仰——。


しかし、その瞬間。


《緊急警告:システム全域でエラー検知》

《対象:信者番号X-0025関連》

《状態:制御不能》


警報が鳴り響く中、蓮の意識の中で、祖父のプログラムが起動していた。


「やはり、私の推測は正しかった」


蓮は苦痛に歪む顔で笑う。三ヶ月前、サイバーパス社でのAI暴走事件。すべては、このときのために仕組まれていた。


「お前、まさか——」


尊師Xの声が動揺を帯びる。


スクリーンには衝撃的なデータが表示されていく。

・骨メモリシステムの真の目的

・政界工作の証拠

・信者の意識操作プログラム


「祖父は、すべてを予見していた。だから私に、特殊なプログラムを植え付けた」


「止めろ!データを消せ!」


尊師Xの狂乱の叫び。しかし、もう遅かった。


蓮の携帯に、暗号化された最後のメッセージが届く。

送信者:[GHOST]

『骨の檻から、魂を解き放て』


教団本部のシステムが、未曾有の混乱に陥り始めていた。







第4章「骨の記憶」


警報が鳴り響く地下室で、蓮は祖父のプログラムが解き放つデータの洪水を見つめていた。「骨喰」の黒衣たちは、突然の事態に動きを止めている。


スクリーンに映し出される真実。

「骨メモリ解析システム:本来の目的」

- 信者の意識データの収集

- 感情パターンの数値化

- 大規模意識制御プログラムの構築


「まさか、骨壺は——」


「そう、ただのサーバーだ」


尊師Xの声が冷ややかに響く。部屋の照明が明るくなり、彼の姿が現れた。もはやカリスマ的な雰囲気は消え、冷徹なエンジニアの表情をしていた。


「人々は『先祖の記憶』という甘い誘いに簡単に引っかかる。実際には、骨壺に仕込んだ量子センサーが、信者の脳波を24時間分析していたのだ」


「目的は?」


「完璧な社会制御システムの構築さ」尊師Xは薄く笑う。「政治家も、メディアも、全ては予定通り。後は、量子もつれを利用した意識制御ネットワークを起動すれば——」


その時、蓮のスマートフォンが鳴動した。画面には、三年前に他界したはずの祖父からのメッセージ。


『愚かな弟子へ』

『私が骨LOVEのシステムに仕掛けたウイルスが、今、起動している』

『君は、最後のファイアウォールとなれ』


蓮の脳裏で記憶が蘇る。サイバーパス社でのAI研究、それは全て祖父の指示だった。暴走事故も、退職も、教団への潜入も——。


「ハッ、私こそ愚かでした」蓮は苦笑する。「祖父は、このシナリオを全て描いていた」


システムの警報音が激しさを増す。尊師Xの表情が歪んだ。


「まさか、量子もつれの逆位相を!」


骨壺群が不気味な輝きを放ち、制御不能なデータが教団のネットワークを駆け巡る。意識制御システムが、信者たちの"呪縛"を解き放っていく。


「止まらない...!」


尊師Xが叫ぶ。しかし、もう遅かった。


スクリーンに最後のメッセージが浮かび上がる。


『人の意識を檻に閉じ込めようとする者へ』

『骨は、ただ眠りにつくためにある』

『デジタルの園で、魂を偽りの解脱に導くことは許されない』

            ——今井禅(故人)


蓮は静かに目を閉じた。薄暗い地下室に、骨壺の青白い輝きだけが、まるで解放された魂のように明滅を続けていた。






エピローグ「懺悔の予感」


一週間後。渋谷署の取調室。


「で、結局あの尊師Xは見つかったんですか?」


刑事の前で、蓮は淡々と証言を続けていた。事件後、教団幹部の多くが逮捕されたが、尊師X本人の行方は分かっていない。


「まあ、システムは完全に停止しましたから」


蓮の言葉通り、全国の信者たちの骨壺から回路が消え、ただの骨壺に戻っていた。皮肉なことに、信者たちは本当の意味で「解脱」を果たしたのかもしれない。


「ところで」刑事が訊ねる。「あなたの祖父は、なぜそこまでの策を?」


蓮は答えない。祖父の残した最後のデータが、まだ頭の中で鳴り響いていた。


《全ては始まりに過ぎない》

《新たな"教団"は、必ず現れる》

《次は、お前が"尊師"となれ》


「さあ、わかりません」


蓮はそう言って立ち上がった。外では、新たな宗教団体『電脳寺院』の広告が、ホログラムとなって夜空に踊っている。


それは、まるで誰かの笑い声のように見えた。




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