13話 竜を放牧する者達の戦い方
地竜の固く分厚い鱗に矢が何本も弾かれている。
正門が融解して歪な形に穴が開いていた。
そこにソラリス兵がバリケードの影から必死に投石や矢を放っていた。
竜騎士20騎を壁にするようにラナルク族の歩兵部隊がジリジリとにじり寄る。
意外なことに門の守りが手薄だった。
飛竜が怖いのだろう。
砦の円形になった防壁の上に多くの弓兵が配置され、空にはソラリスご自慢のユニコーン騎士が警戒を続けていた。
対空戦闘に気をつかわねばならない分、地上の守りは薄くなる。
その隙にラナルク族は一気呵成に攻めかかっていた。当然ウルヒガ族はそれに参加しない。督戦の名の下、観戦のみしていた。
野太い男達の雄たけびと土煙が荒野に響く。
当初牽制だけのつもりだったが、想像よりも遥かに楽に砦攻めを行えており、欲が出たのか、ウルヒガ族から砦内部への侵入を命じられていた。
「若が壊した門から侵入しろ! 地竜で突っ込め! 前傾姿勢を取れ! 絶対に竜の腹を見せるなよ!」
シグの指揮のもと竜人族が砦へと突っ込んでいく。ジェルマら歴戦の精兵が竜の上から投槍を放つ。竜人族は赤子の頃から竜に乗せられ、睡眠も騎乗しながらこなせる生粋の戦闘民族だ。手綱から両手を放して、弓を放ったり、両手槍で戦ったりも楽にこなせる。戦場を飛ぶように駆ける竜騎士は縦横無尽に正門の前を横切り、攻撃をしかけては後退し、また攻撃を仕掛けるいつもの作戦に出ていた。
その後ろからラナルク族の多くの歩兵が矢を放ち、投槍を行って援護していた。
「若様がこんだけお膳立てしてくれてよぉ! これで勝てなきゃ情けないぞてめぇら!」
「おお!」
砦の上から矢がたまに降ってくるが、数は少ない。
先のブレスのおかげで人間のほぼ半数の兵が使い物にならなくなり、弓兵はいつ襲ってくるか知れない飛竜への対処で方々へ散っている。
時折、巨大な火焔の球が高速で飛来し、数人の竜人族が焼け死んだ。
魔人族ほどではないが、人間にも強力な魔法使いがいる。
地竜の防御力を上回る威力で飛来する巨大な矢もラナルク族を苦しめた。しかし、やはり人間共の手数は少なく、竜人族が徐々に門への距離を詰め始めた。
「もう少しだ! 削りとれ!」
シグは地竜で駆けまわり、門の周りにいる騎士達に弓を放つ。それに続くように仲間達が矢を放っていった。大部分はバリケードや鎧に弾かれるが、数本は人間を射抜いていく。矢を放っては逃げ、放っては逃げる戦法に督戦をしているウルヒガ族から「臆病者ども」とヤジが飛んできたが無視する。
(勝てばいい。そうだろう、若様?)
シグは陰口を気にもせず、地竜から矢を放ちまくった。
そのうち、焦れた人間の中で愚か者が現れはじめる。
「見ろ、敵の弱腰ぶりを! 奴らは寡兵! ここで一気に討ち滅ぼしてくれる!」
バリケードの中から騎士達が馬に乗って、50騎ほどこちらへ向かってきた。
馬上で槍を構え、決死の覚悟で突っ込んでくる。
対してこちらの地竜は20騎。
竜と馬なので、乗りものの優劣は明らかだったが、人間の馬には鎧が装着されている。足が遅くなる分、突撃における攻撃力は互角だとも言えた。
「散開!」
シグの命令で、ラナルク族の竜騎士達はバラバラに逃げていく。装甲の厚い人間の騎士と討ち合いをするのは避ける、それがクルーゴの決めた方針だった。
鱗が鎧のような竜に乗っているとはいえ、竜騎士は軽装騎兵と同じ。重装騎兵は馬がすぐ疲れる。最初散り散りになって逃げるが、相手の動きが止まった頃合いで、包囲し切り刻むのだ。
「た、隊長! 敵が横から! 囲まれています!」
「落ち着け! 隊列を整えるんだ! 砦へと退却する!」
騎馬兵の利点は機動力だ。敵を薙ぎ払い、隊列をグチャグチャに引き裂くことが出来る。しかし、突撃が空振りに終わった後は隙だらけとなる。
そこを竜騎士達が矢を放ち、投槍で騎士達を葬っていく。また、馬は竜を捕食者として本能的に恐怖を抱いている。竜が咆えるだけで、恐慌をきたす馬までいた。落馬し倒れる騎士達を体重1トルン近くある地竜が踏みつぶす。
無謀な突撃をしてきた人間共は容赦なく皆殺しにした。
そして、また地竜を駆り、門へと突っ込んでいく。
「戦士長、若様より信号が———」
若い衆が遥か後方の本陣からの赤い旗が振られているのを知らせに来た。
シグの片方しかない目が、縦長に細くなり、薄っすら赤く染まる。竜の血を強く引く者に現れる竜眼と呼ばれるものであった。クルーゴほどではないが、シグも竜眼を顕現させることが出来る。ぼんやり見えていた景色が途端クリアになった。遠くで赤い旗をクルーゴが翻しているのが見えた。
「ありゃ確か、『飛竜で攻撃する』って合図だったか」
「はい。でも、左右と上下に三回振ってますので、『飛竜の援護はいるか?』という合図です」
「ちっ、覚えきれねぇよ。おっさん、近頃物忘れが激しくてね」
「戦士長に頭の良さは期待してないと思いますよ。で、どうします?」
「あ? 決まってんだろうが。『いらねぇ』って返事しとけ。このまま攻め落とすぞ」
ガキに心配されるほど耄碌しちゃいない、とシグは吐き捨てる。
それに、昨日あれだけブレスを吐いたのだ。ヨシュアの疲労は抜けきっていないはず。このまま大将に手柄を全部持っていかれるのはプライドが許さなかった。
「この砦の連中は俺らの村を襲った奴らも大勢いるそうじゃねぇか! ここで会えたが百年目ってやつだぜ! なあ、お前ら! 暴れ足りないよな?」
『おお!』
ラナルク族の戦士達が血走った竜眼を見せ、砦に向けて剣を掲げた。
地竜が一斉に門目掛けて走りだし、バリケードに向けて突貫していく。
ごつごつした茶色の竜頭が矢を弾き、盾を構えた兵を吹き飛ばした。荷車が派手な音を立て粉々の木片へと変わっていく。
バリケードを破った———今が突貫の時。シグの命令で後続の歩兵や、略奪を期待したウルヒガ族達が遅れて突撃してくる。
砦の中に陣を築いて、そこを起点に全体を攻略していくのだ。
「若様のおかげってのが気に食わねぇが……。こりゃ案外楽に終わるかもな」
シグが黒煙を上げる砦を見上げながら、悪い笑みを浮かべる。
ウルヒガ族が「ヒャッハー!」と歓声を上げるのが聞こえた。ヴォーダイン砦の中には町がある。しかも商人が店を多く構えており、女達も大勢いた。略奪の狼煙が上がろうとしている。猿同然の蛮族とも言える風貌のウルヒガ族の中にはもう股間を膨らませている者もいた。
油断した彼らに人間の槍兵が突きかかっていく。まだ、防壁の中には敵兵がうようよいるのだ。ウルヒガ族が蛮声を上げ乱闘が始まる。石造りの町は瓦礫と血に染まっていく。
「さて、俺もご褒美にありつきてぇくらいだが……。町は奴らにくれてやるって約束だからな」
その代わりに砦にいる人間の生殺与奪の権利はもらう約束だった。
その時、ラナルク族の若い戦士が、伝令として地竜に乗ってやってきた。
「若様がヨシュアで砦の中に乗りつけるようです。邪魔な空戦部隊は排除しておくように、と」
「へいへい。まずはお掃除を終わらすか」
「戦闘が終わるまで女は我慢してくださいよ、頼みますから」
「わかってらぁ!」
乗っていた地竜を降り、その世話を伝令に任せ、シグは剣を抜いて砦の中に踏み込んでいく。地下にいるであろう奴隷達の救出に10名ほどを向かわせ、精兵とも言える者達を選び、階段を駆け上がっていく。狙うはこの砦の主である王女。クルーゴは捕らえるよう指示していたが、最終的に生かすのか殺すのか不明であった。竜人族は基本奪った女を戦利品として所有することにしている。
(あのガキ確か童貞じゃなかったよな? かなりのムッツリだからその辺顔には出ねぇけど。あいつも竜人族だから性欲は強いはず。まさか王女を自分の奴隷にするつもりか……。俺は別に割り切れるが、恨んでいる奴らも多い。はてさて……どっちにしろ王女様はろくな目には合わんだろうな)
階段には何人もの騎士達と司祭の姿があった。斬り殺した人間の死体が窓から転がり落ちていく。いくつもの断末魔が聞こえる中、シグ達は怨敵目指して歩を進めるのであった。
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